第百十六話 ユリアとマックスの現在
現在メルセデスは二つのダンジョンを所有している。
一つは、六年前に攻略したシュタルクダンジョン。
普段はアクセサリとしてポケットの中に入れている物であり、戦闘時にはハルバード『ブルートアイゼン』となって猛威を振るうメインウェポンだ。
メルセデスが使う魔物の中でも最も信用しているアシュラオーガのベンケイや、シュヴァルツ・ヴォルファングのクロも、元々はここで捕獲した魔物である。
次に、かつて裏からオルクスにちょっかいをかけていたベアトリクス帝国が所有していたダンジョン。
こちらは女帝ベアトリクスが用いていた事もあって、『帝国ダンジョン』と呼んでいる。
植物系の魔物をメインとするダンジョンだが、ベーゼデーモンのシュフや、アシュタールのピーコなどの出身ダンジョンでもあるので、植物系しかいないというわけではない。
この二つが現在メルセデスが所有しているダンジョンであり、他に所在が判明しているのはベルンハルトが(多分)所有しているプラクティスダンジョン。ジークリンデが所有している王剣。そして複雑なお家問題の末に兄フェリックスの手に渡った『真の王派』が所有していたダンジョンの三つだ。
この『真の王』問題の際にメルセデスが事の成り行きで預かる事になってしまったのが、他でもない真の王として祭り上げられていた哀れな少年マックス・ファイトと、腕は確かだが頭が残念な隠密のユリアという女である。
メルセデスはこの二人の教育をベンケイに任せ、今まで放置していた。
だが、そろそろ少しはマシになっている頃かと考え、様子を見る事にしたのだ。
自らのダンジョンの中に自分自身を収納し、ダンジョン内を歩く。
二十四階層を丸ごと改造したトレーニングジムではゴブリンゲネラールに指導されながらゴブリン達が訓練を積んでおり、いずれもなかなか逞しい肉体を手に入れていた。
ジムの端で一際存在感を放つのはワルイ・ゼリーというゼリー状の魔物で、1トンのバーベルを高速でベンチプレスしていた。
昔はゼリーらしくプルプルしていたのだが、今はもうカッチカチだ。全然プルプルしていない。
「フンフンフンフンフンフンフンフン! 僕悪いゼリーだよッッ!! いつかマスターの役に立つ為に頑張るんだッッ!!」
汗(?)を流しながら己を追い込み続けるゼリーをシカトし、メルセデスは下へと降りていく。
最下層は居住空間になっており、メルセデス好みの三階建ての家が建っている。
以前は二階建てだったのだが、住民が増えたので少し前に三階建てに増築しておいた。
現在、その家ではベンケイがマックスとユリアの教育をしているはずである。
家に近付くとまず、家の外でくつろいでいたクロが尻尾を振りながら歩いてきたので頭を撫でてやった。
そのまま自分の家なので一切遠慮せずにドアを開けて居間へ向かう。
そこではテーブルを挟んでベンケイ、マックス、ユリア、それから教師役としてベンケイのサポートを頼んでおいたゴブリンヘクサーが座っていた。
他にメルセデスが所有(?)している魔物以外の存在としては女帝ベアトリクスがいるが、アレは教育によくなさそうなので帝国ダンジョンの方に屋敷を建てて、そちらに住ませている。なのでこっちにはいない。
「!」
メルセデスが居間に入ると、マックスは慌てて脱兎のように逃げて部屋の隅に蹲ってしまった。
まあ、マックスから見ればメルセデスは一度は本気で殺されそうになった相手だし、現在進行形で自分を幽閉している相手だ。いい感情は抱けまい。
「ベンケイ、マックスとユリアの教育の方はどうだ?」
「はっ、マックスの方は順調であります。元々利用されていただけであり、頭は悪くなかったのでしょう」
マックスはかつて、エルフェのバジル・サーモンという男に祭り上げられて自分が正当な王の血筋であり、国を救うのだと本気で信じていた。
そこに悪意は一切なく、彼は本心から自分の行動が国と民の為のものだと思い込んでいたのだ。
しかし傀儡であるが故に余計な知識を一切与えられず、それ故に彼は何も知らぬ裸の王様であった。
どうやら、ベンケイの教育のおかげで無事に少しはその状態が改善されたらしい。
「おおぉおおぉぉぉ……! み、見るな……! 後生だから歩く生き恥の私を見ないでくれ……。わ、私は何と恥ずかしい言動を繰り返していたのだああああ……」
……改善された結果、どうやら自分がどれだけ恥ずかしい事をしていたかも自覚してしまったらしい。
彼はバジルに祭り上げられていた時にマックス・フォン・オルクス・ファイトと名乗っていた。
オルクスの貴族のフルネームは名前・接続詞・治めている土地・家名によって構成される。
しかし彼は治めてもいないオルクスを勝手に名前に加え、反逆者なのに民を想う王様気取りで「私が民を守る! キリッ!」なんてやってしまっていたのだ。
これは恥ずかしい。
当時は何とも思っていなかったのだろうが、真実を知り正しい教育を受けた今は話が別だ。
自らがどれだけ馬鹿を晒していたかを知ってしまった今となっては、過去は彼にとって癒えない傷でしかない。
「あー……まあ、なんだ……強く生きろ」
「うおおおぉぉぉぉおおおおおう!!」
メルセデスの不慣れな優しさが逆に傷口を抉るのだろう。マックスは泣いた。
とりあえずこちらは無事に改善しているようだ。
しかし今回ダンジョンの中に来たのは、マックスの傷に塩を塗り込む為ではない。
ユリアが使えるかどうかを確認する為である。
「久しぶりだな、ユリア」
「あ、ああ……」
ユリアとメルセデスが言葉を交わすのは、以前に交戦して尋問した時以来の事である。
ユリアはかつてフォーゲラの国で修行を積んだという凄腕の隠密なのだが、とにかく頭が残念すぎた。
何が味方の利になり何が味方の足を引っ張るかも理解せずに、よかれと思って場を引っ掻き回した挙句に最後にはバジルによって幽閉されてしまったのだ。
それを拾ってやったのがメルセデスなのだが、実は今日まで言葉を交わしていないし顔も合わせていなかった。
「……何を言えばいいのか。とりあえず、アンタには礼を言っておくべきなんだろうね。アンタが拾ってくんなきゃ、多分アタシは死んでただろうし……」
「別に礼はいらん。使えると思ったから拾っただけだ」
使えるならば使う。そうでないならばダンジョンの中から出さないまま飼い殺しにする。
最悪の場合はポイントが勿体ないが、複製を作ってオリジナルは処分するという手もある。
だからこれは、ある意味ユリアにとって分岐点であった。
一度見切りをつけてしまえばメルセデスは一切の情なく相手を捨ててしまえる。
逆に言えば、利用価値さえ知らしめることが出来れば優遇されるという事だ。
そこまで理解しているわけではないだろうが、ユリアは恭しくひざを折り、メルセデスに頭を垂れた。
「命を救われた『義』は命で返すべし。これを『ブシドー』という。アタシが修行したフォーゲラの国で教えられた事だ。アタシの命はアンタが拾った……ならば、アンタの好きに使ってくれ」
ブシドー……武士道か。これまた、ファンタジーらしくない言葉が出て来たものだ、とメルセデスは思った。
ユリアの事だからどうせ、何か履き違えているのだろうが現状では確かめる術もない。
ともかく、彼女がこちらに従う意思がある事だけは分かった。
だが問題はユリアが役に立つかどうかだ。
以前までの彼女はよかれと思って味方の足を引っ張る、所謂『無能な働き者』であった。
無能はどうしようもないにしても、せめてこちらの命令に従順かつ余計な事を一切しない『無能な怠け者』になってくれていれば、十分使い道がある。
少なくとも、技量だけは間違いなく本物なのだから。
「……一つ、任務の際に心がける事は?」
「与えられた命令のみを忠実に守る事」
メルセデスの問いに、ユリアは迷いなく答えた。
実際は命令のみを守るのでは一流に決して届かないし、咄嗟の判断力というものは求められる。
だがそれは、その判断を下すに足る頭があればこその話。
自分で考えた所で余計な結果しか生み出さないならば、指示待ちの道具に徹して貰った方が余程有用となる。
ベンケイもそう考え、こう教えたのだろう。
「二つ、お前がしてはならない事は?」
「自分で考える事。アタシはただ、アンタに従う剣であればいい」
ユリアのようなタイプにやらせてはならない事。
それはとにかく、「勝手な判断をさせない」の一言に尽きる。
前の戦いの時だってそうだった。
ユリアの判断は悉く、裏目にしか出ていなかった。
「そして三つ、誰も信じるな、だ。分かっているな?」
「ああ、分かっている。アタシは馬鹿だからね……きっと簡単に騙されちまう。だから、アンタとその配下の者以外は決して信じない」
ユリアはとにかく騙されやすい。
以前もハンナにいいように騙され、情報を面白いほどに吐いてしまった。
だがあれはバジルの使い方が悪かったのだ。
最初に『自分が話した事以外は何も信じるな』とインプットしておけばいい。
どうせ真偽の判断が出来ないならば、全てをシャットアウトして最初の指令のみを遂行する放たれた矢であればいいのだ。
それを守る事が出来ればユリアは優秀な『影』になれるだろう。
「ではお前に命じる。私の指定する『レスリー』というエルフェの少女を影から見守り、監視しろ。
そして彼女の身に危険が迫れば『速やかにレスリーを連れて離脱し、戻ってこい』。
それ以外の時は待機し、『何があっても、誰の前にも姿を見せるな』。
それ以外は『何もするな』」
「はっ! 命令承りました、我が殿!」
メルセデスの命令に、ユリアは快く返事をしたが何か変な言葉も聞こえた気がする。
多分聞き間違いではないだろうが、念のために確認をしておく事にした。
「殿?」
「あ、いや。フォーゲラの国だと主の事をそう言うんでつい……。他には王様の事はオヤカタ様とか。だ、駄目だったかな?」
殿、というとメルセデスが想像してしまうのは偏見かもしれないが、チョンマゲで馬に乗って、『余の顔を見忘れたか!』と言いながら刀を振り回して暴れているような姿だ。
正直なところ殿なんてガラではないし、そもそも女で殿様というのはどうなんだと思わないでもない。
しかしそれでユリアが満足するなら別にいいだろう。
「いや、別に構わない」
呼び方くらいは好きにさせていいだろう。
ともかく、これで賽は投げた。
一応ピーコに、上空からユリアを見張らせておくが、これでユリアが今後も使えるかどうかが決まる。
ユリアの能力は捨てるには惜しいもので、これで上手く機能してくれれば今後も密偵として使っていく事が出来る。
これだけの技量の持ち主など探してもいないし、ダンジョンで複製しようものならばかなりのポイントを喰われてしまうだろう。
それほどにユリアは能力だけは本当に優秀で勿体ないのだ。
メルセデス「…………。
私はマックス・フォン・オルクス・ファイトだ。正当なる王の血筋である私が反逆者などであるはずがない」ボソッ
マックス「ぐああああああああ!」
メルセデス「民達よ、今まで姿を見せずにいてすまなかった。
だが大丈夫だ、これからは私が国を守ってみせる。
これからは手を取り合い、共によき未来を目指そうではないか」
マックス「ぐふおああああああ!!」
マックス は たおれた。




