第百七話 エルフェの少女
メルセデスがハルバードを振るう度にシーカー達が面白いほど落ちていく。
こんな浅い階層で苦戦しているような連中など今のメルセデスの敵ではない。
しかし数だけは多く、加えて落とされたシーカーも一階層でリスポーンしてすぐにこちらに戻って来るのであまりのんびりはしていられない。
遠巻きに見ているシーカーは放置して、とりあえず先に邪魔になる連中を排除して武具を奪った。
現在メルセデスが持っているのは剣、小手、盾の三つだ。
これ以上は流石に持ちきれないので一度扉へ向かい、それぞれの窪みへ嵌めこむ。
すると最後の鎧を持っていたエルフェの女が慌てて鎧を嵌め込み、それと同時に扉が開いた。
すぐにメルセデスは扉の中へ飛び込み、続いてエルフェの女性も扉へ入る。
その後を追って他のシーカー達も殺到するが、見えない壁に阻まれて進む事が出来ていなかった。
やはりツヴェルフの読み通り、数に関係なく武具を嵌めこんだ者しか通行出来ない仕組みだったらしい。
本来は四人ずつ通る事を想定した造りだったのだろうが、ああして足を引っ張り合っていてはいつまでもあの扉を潜れないだろう。
「あはははは! いい気味よ、雑魚共!
そこで一生互いの邪魔をし合ってるといいわ! ざまあ、ざまあー!」
メルセデスのオマケのような形で扉を突破してみせたエルフェが、扉の向こうで今も醜く争っているだろう他のシーカー達に向けてドヤ顔を決めながら両手でモザイクを立てた。今日も一日がんばるぞい。
エルフェというのは上品なイメージがあったのだが、案外そうでもないらしい。
見た目は美少女である。茶色の髪を首の後ろで束ね、服装は半袖半ズボンの軽装。
緑色の服の材質は少し特殊で、布とも革とも違う。
触ってみないと分からないが、遠目で見た感じでは質感は葉っぱに似ているかもしれない。
彼女はメルセデスの視線に気付くと、咄嗟に身構えた。
「な、何よ! やる気!? く、来るってのなら相手になるわよ!
けどここで落ちるとまた一階層からやり直しよ! だから私としては戦わない方がいいと思うわ!」
強気なのか弱気なのかいまいち分からない事を言いながら、エルフェの少女は手を前に突き出すような構えを取った。
恐らくは近接戦闘ではなく、魔法をいつでも撃てるように備えた構えなのだろう。
しかしメルセデスが気になっているのは、エルフェ自身ではなくその飛行方法であった。
エルフェの少女は飛行出来る魔物を連れておらず、自らの魔法で浮遊している。
それはいいのだが、その浮遊方法が今まで見た事もない方法だった。
彼女は背中にリュックサック大のランドセルのような物を背負い、そのランドセルからは二門の砲身が生えている。
砲身は下を向き、常に高圧の水を発射し続けていた。
驚くべき事に、その水の圧力でエルフェの少女は飛んでいたのだ。
動力は水の魔石か、それとも本人の魔力か……どちらにせよ、なかなか面白い飛び方をする。
魔法をそのまま放つのではなく、それを補助する道具と合わせるというのは単純ながら効果的だ。
例えば水を発射する魔法を使うとして、それをそのまま撃てば高圧の水で相手を押し流すだけだろう。
しかしそこに、ホースのように先端が細い道具を用意してその道具を通せば一点の威力は高まる。
勿論ホースが壊れないほど頑丈である事前提だが、いくらでも工夫のしようはあるわけだ。
「いや……いい道具だなと思ってな」
「んっ? そ、そう? そんなにいい?」
「ああ。動力は魔石か本人の魔力かは分からんが、魔法で作った水を高圧で発射する為の補助器具だろう、それは。いいアイデアだと思う」
魔法に指向性を与えて威力を増加する事が出来るならば、普通に考えてそれは優秀な道具だ。
仮に水魔法の使い手が道具なしで飛ぼうとすれば両手は塞がってしまうし、飛行できるだけの出力を出さなければならないのだから魔力もどんどん減っていく。
その点、彼女が使っているアレならば両手はフリーだ。
しかも砲門の向きを変えればそのまま攻撃に転じる事も可能だろう。
エルフェというのはあんな道具を造れる種族なのか、と思うと少しばかり警戒度が増した。
「ふふん、あんた吸血鬼のくせに分かってるじゃない。
いやー、私の時代来ちゃいます? この大天才レスリーちゃんの時代来ちゃいますー?」
「レスラー?」
「レスリー! よく分からないけど、その響きは嫌だわ!」
メルセデスは一瞬、彼女の背後にベアークローの超人レスラーの姿を思い浮かべたが、すぐに思考から消した。
どうやら彼女の名はレスリーというらしい。
「それは自分で造ったのか?」
「そうよ。一つ一つは何でもないようなものを組み合わせて加工し、一つの優秀な道具にする。それこそ神の御業であり、神の道具である『キカイ』!
それを真似る事は即ち、神に近付く道なのよ。
つまり私は世界で最も神に近いエルフェよ!」
レスリーというエルフェはドヤ顔で言っているが、実際大したものだとメルセデスは素直に感心した。
この世界に機械という概念はまだない。
似たような物があっても、それはどちらかといえばカラクリと呼ぶべきレベルだ。
この世界は地球の中世レベルで止まっているが、機械に関してはその限りではない。
例えば中世といえど、地球では機械式時計くらいはあったが、この世界にそんなものはない。
以前、本に絵が付いていないという事があったが、それと同じで特定の分野だけ意図的に道を塞がれているような違和感がこの世界にはある。
ならばこのレスリーという少女は、本人の言う様に本当に人間に近付いているのかもしれない。
「ふむ……ところで、それは攻撃に転用しても便利そうだな」
「あ、わかる? 貴女の言う通り、これだけの出力の水で攻撃すれば普通に水魔法を撃つより遥かに強力よ。
こうして水の出る向きをちょっと変えれば……」
メルセデスに褒められ、気をよくしたらしいレスリーは砲門を前へと向けた。
そして後ろに向かって吹き飛んだ。
当たり前である。水を下に向けて発射し続ける事で飛んでいたのだから、それを前に向ければ後ろに吹き飛ぶのは必然だ。
「あああぁぁぁぁぁ~~~……!」
レスリーは叫びながら飛んでいき、やがて体勢を崩したのか錐揉みしながら下へと落ちて行ってしまった。
しばらくレスリーの落ちた方向を見ていたメルセデスだが、戻って来ないのを見るにレスリーは無事に一階層にリスポーンしてしまったらしい。
これでまた、あの面倒な扉を攻略し直さなければいけないわけだ。
……少し、悪い事をしてしまったかもしれない。
「…………さ、行くか」
哀れだとは思ったが、落ちてしまったものは仕方ない。
別に死ぬわけではないし、彼女なら頑張ればまたここまで戻って来れるだろう。
気を取り直してメルセデスが先に進もうとすると、光る台座のようなものがある事に気が付いた。
「ピー?」
これ見よがしに触ってくれといわんばかりに自己主張するそれをしげしげと眺めていると、焦れたらしいピーコが勝手に触ってしまった。
すると台座が唸り、アナウンスが響く。
『中継点に貴方のデータを記録しました。次からはこの地点から再スタート出来ます。
また、落ちてしまった時もここからやり直す事が出来ます。
このまま続けますか? それとも地上へと戻りますか?』
「……ピィ?」
聞こえてきたアナウンスにピーコは首をかしげ、メルセデスを見る。
どうやらこれはゲームでいう所のセーブポイントのようだ。
触れておけば次回からはここからスタート出来る上にリスポーン地点も上書きされるらしい。
つまりレスリーはこれを目の前にして落ちてしまったわけだ。
メルセデスも台座に触れ、それからピーコの頭を軽く叩く。
「お手柄だが、次からは勝手に触らないように」
「ピィ……」
とりあえずこれで、一区切りはついた。
まだ体力的には問題ないが、まあ無理に進んでもいい事はないだろう。
受けた依頼の達成報告もしなければならないし、ここは一度戻っておくべきかもしれない。
そう判断し、メルセデスは台座の質問に返答を返した。
「地上に戻してくれ」
『かしこまりました』
台座が答えると同時に浮遊感がメルセデスを包み、次の瞬間にはスタート地点に立っていた。
落ちた時の命の保証といい、今回のダンジョンは随分と良心的な設計だ。
ピーコを手持ちのダンジョンへと戻し、メルセデスは外へと出て行った。
~スタート地点~
シーカーA「うわー! 水が何が凄い勢いで湧いて来る!」
シーカーB「誰かが下に向けて水魔法使ってやがるな!? 止めろおい! 下に落ちたモンは全部ここにリスポーンするんだよ!」
シーカーC「ぎゃー!」
死屍累々……




