第百五話 ダンジョンの中の空
突然だが、ダンジョンと聞いてどんなものを思い浮かべるだろうか。
人によっては動く死体が蔓延る恐ろしい場所を想像するかもしれない。
また、別の誰かはゴブリンなどが登場するポピュラーなものを思い浮かべるだろう。
あるいは植物系か、動物系か……どちらにせよ、基本的には出て来る魔物が違えどその内装はあまり考えないのではないだろうか。
『ダンジョンはこう』という決まりがあるわけではないが、それでも恐らく大抵は迷宮のようなものを思い浮かべるだろう。
壁に囲まれていて道が入り組んでいて、場所によっては所々に罠だの休憩スポットだのがあって……そうしたものを想像する者が半数以上を占めると思われる。
「これは凄いな」
グレンツェダンジョンに入り、思わず発したメルセデスの第一声がそれであった。
そこに広がる空間は凡そ、メルセデスの想像するダンジョンとは異なるものだったからだ。
一言で言えば……そこは、見渡す限りの大空であった。
足場として道が空中に作られているが、所々途切れている。
跳躍していけとでもいうのか、僅かな足場があちこちに浮遊しており、とても不親切だ。
そして道は上へと続くようになっており、今までのダンジョンと異なり下ではなく上を目指す形になっているらしい。
「なるほど、飛べる魔物の捕獲依頼がやけに多かったわけだ」
このような形になっているのならば、ここは飛行出来る者が圧倒的に有利に立てる。
一応飛べなくても足場から足場へ跳ぶことで移動出来るようにはなっているが、そんな事をするならば飛んで一直線に上に行く方が遥かに速いし確実だ。
気になるのは、落ちたらどうなるかだが……まさかそのまま死亡だろうか?
「あああぁぁぁああぁあぁ~~~……!」
そんな事を考えていると、同業者の吸血鬼が上から、情けない悲鳴をあげて落ちてきた。
そのまま彼はメルセデスの前を通過し、目が合った瞬間に助けを求めるように見てきたがメルセデスはそれを無視した。
ピーコを出していれば間に合ったかもしれないが、このタイミングでは助ける暇などない。
それに落ちたらどうなるかにも興味があった。
そのままシーカーの悲鳴が遠ざかっていき、聞こえなくなる。
どうやら下はかなり深いらしい。
更に少し待つと、今落ちて行ったはずの男が突然メルセデスの隣に出現した。
なるほど、落ちればスタート地点からやり直しか。実に分かりやすい。
「かっ……かっ……コヒュ……ぐえ……っ」
無事に助かった男だったが、地面に倒れこんで痙攣していた。
呼吸は乱れ、しばらくは立ち直れそうにない。
まあ、あれだけの高度から落下したのだから死を覚悟しただろうし相当な恐怖も味わっただろう。
メルセデスは痙攣する男を掴み、ダンジョンの外にいた見張りの前に置いた。
これでとりあえず保護してもらえるだろう。後は知らない。
「さて……」
落ちても平気だとこれで分かった。
しかし全員がそうなるかはまだ分からない。
もしかしたら一定確率で助かるだけで基本的にはそのまま死亡、という事もあり得る。
なのでメルセデスは他のシーカーが見ていないのを確認してからゴブリンニートを九体出し、全員を蹴り落とした。
ゴブリンニートは三体出しても1Pで済むのでお得でいい。使い捨てにはもってこいだ。
「ゴブゥゥゥゥゥ!?」
ニート達は悲鳴を上げながら落下し、それからしばらくして九体全員がリポップした。
確認終了。落ちても問題はないらしい。
ならばやる事は一つだ。
メルセデスはニート達をダンジョンキーに戻し、何の気負いもなくスタート地点から飛び降り、下へと向かった。
このダンジョンで目指すべきは上だという事くらい分かっている。
だが、だからこそまずは下だ。
落ちればスタート地点に戻されるというのなら、ある程度進んだ段階ではもう落ちる事が出来ない。
だがまだスタートしていないこの段階ならば落ちてもノーリスクである。
つまり下を調査するタイミングは今しかない。
それに、メルセデスは下にこそ何かあるのではないかと予感していた。
心理的に、どこまで落ちるかも分からない下になど大半の者は行きたくないだろう。
(4……5……6……7……8……)
まずは落ちながら、頭の中で秒数をカウントする。
そしてカウントが10になった所でメルセデスはスタート地点へと戻されていた。
(10秒か……となると……)
落下にかかった時間から、地面までの距離を軽く計算する。
重力加速度は地球と同じ9.8m/s2と仮定すれば……いや、暗算は無理だ。
メルセデスは羊皮紙とペンを出して計算を始めようとするが、それより先にツヴェルフが答えを言った。
『490.3325mです、マスター』
「……そうか、お前がいたな」
あっさりとツヴェルフが距離を出してしまったので、羊皮紙とペンを仕舞った。
とりあえずこれで距離は分かった。
スタート地点に戻った際に衝撃は無かったので何らかの力で緩和されているのだろうが、それでも東京タワーよりも高い場所から自由落下させられる……となれば何の気構えもなしで落ちれば相当な精神的ダメージを負うだろう。
まあいい、重要なのはここからだ。
「ツヴェルフ、カウントを頼む。私よりお前の方が正確そうだ」
『それは構いませんが……どうするのですか?』
「9秒……いや、8秒の時点でストップをかけてくれ」
メルセデスは再びスタート地点から飛び降り、自由落下に身を任せた。
一応自分でもカウントしているが、正確に測ってくれるツヴェルフの存在は有難い。
『ストップ!』
ツヴェルフの制止が入り、それと同時にメルセデスは重力魔法で浮遊した。
それから周囲を見つつ、ツヴェルフへ問いかける。
「現在の距離は?」
『351m地点です、マスター』
やはりストップを聞いてから浮遊するまで若干のラグがあったらしい。
8秒地点を微妙に過ぎ去っているが、それも計算に入れてあえて8秒でストップをかけさせたのだ。
そして調査はここからだ。
一度目の落下で490mまで降りると強制的にスタート地点に戻される事が分かった。
だから、490mの手前を中心に探索をする。
『マスター、何故ここを調べようと思ったのですか?』
「興味本位と違和感だな。ただ落ちればスタート地点に戻るなら、下にこれほどの空間を用意する必要はない。
10m程度落ちたら戻る、とかでいいだろう。
しかしわざわざ490mも空間を用意している……それが引っかかってな。
それに誰も調べてなさそうな場所の方が興味をそそられる」
メルセデスが思うに、上はともかく下を調べている者はそう多くないだろうと考えられる。
まずこのダンジョンの大前提として上を目指す構造になっており、浮遊している道も上へ進むように出来ている。
それでいて落ちればスタート地点行きなので下を目指すメリットがない。
普段ならばそれでも、『こっち何があるんだろう』くらいの気持ちで下の調査に乗り出すシーカーがいるだろうが……今回は吸血鬼とエルフェのどちらが先に攻略するかの競争の形になっているのが不味かった。
いつ相手側がダンジョンをクリアしてしまうか分からないという不安がある以上、心理的に回り道などしている余裕がないのだ。
それでもこちらの調査に乗り出している者がいるとすれば、それはメルセデス同様に競争に意味を見出していない者だ。
ダンジョンはそう簡単にクリア出来ないし、大抵は守護者に返り討ちに遭ってしまうので慌てる必要がない、とメルセデスは考えている。
あるいは、そもそもクリア自体出来ない者もこちらを調べている可能性がある。
「ん?」
しばらく辺りをウロウロしていると、不自然に浮いている小さな足場を発見した。
着地してみると、地面に窪みがあるのが分かる。
その窪みは盾の形状をしていたが、肝心の盾がない。
何処かからか、この形に合う盾を持って来てはめ込めばいいのか……あるいは、元々ここにあったのを誰かが持ち去ったか。
(出遅れたか)
もしも持ち去られたとしたら、既にメルセデスと同じく下が怪しいと踏んで調べた者がいたという事になる。
そうだった場合、吸血鬼かエルフェかは分からないが、今回の競争相手の中になかなか勘のいい奴がいるという事になる
もし敵対する事になったら厄介かもしれない……そう思いながらメルセデスは下の調査を切り上げ、上を目指す事にした。
Q、本当に見渡す限りの大空なの?
A、実は見えない壁や天井があり、そこに近付くとスタート地点に戻される仕組み。
そして壁や天井の向こうに広がる空はスクリーンに映った映像のようなものであって、本当に空がどこまでも続いているわけではない。せこい。




