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第13話 「揺らぎゆらゆら」

 「ほほお。ペンダントがご所望ですかな?」


 得意げにヒゲを摘まむバルトロの言葉に、エヴァはコクコクと何度も頷いた。


 「シドゥさんはどう思いますか?」

 「俺も良いと思うよ。エヴァにもよく似合いそうだし」

 「えへへ。あ、ありがとうございます」


 頬をわずかに染めるエヴァ。

 

 だが、エヴァは俺とお揃いのアクセサリーを作って嬉しいのだろうか?

 本当なら、彼女の想い人と作りたいだろうに。


 正直に言うと、俺は彼女に惹かれつつある。

 それが恋なのかと問われれば、女性に対して抱く初めての感情に心の整理が追いつかないのが正直な答えだ。


 だから、この想いは胸の内にしまっておこうと思っている。

 今の俺は、昔とは比べものにならないくらい幸せなのだから。


 これ以上の幸せを望めば、それはきっと俺には出過ぎた願いで。

 エヴァのこの笑顔を守ることこそが、俺の成すべきことなのだろう。


 「ではペンダントに加工いたします。お前たち!」

 「ここに、バルトロ様」


 パンパンと軽快にバルトロが手を叩くと、一瞬にして数人のメイドが奥から姿を現した。そのメイドの1人にバルトロが魔石の欠片を渡す。


 「完成に2、3日のお時間を頂いてよろしいでしょうか? なにせ魔石の加工となると、こちらも慎重にならざるをえないので」

 「勿論です! 宜しくお願いします!」


 ペコリとエヴァが頭を下げた。


 2、3日でも相当早い。

 さすがはメリィーサ博士の紹介してくれた店、腕前は確からしい。


 その後せっかく来店したという事で、俺とエヴァは店内の商品を見て回っていたのだが、そんな俺の元にスススッとバルトロが寄って来た。


 「お客様、失礼ですがお客様はフルジール人ですよね?」

 「あ、ああ。やっぱりマズかったか? フルジール人からの仕事を受けるのは。でも、あの魔石は彼女が命がけで――」

 「ああいえ! その点に関しては心配しないで頂きたい。吾輩の店、お代さえ頂けるのであれば客の選り好みはしないのがモットーなので」


 なるほど、バルトロが何を言いたいのか分かったぞ。


 「お、お金の話か……?」

 「それも違います。お金など結構です! メリィーサお嬢様のお役に立ち笑顔を守ることこそが、吾輩の成すべきことなので」

 

 キランと、バルトロが目を輝かせる。

 数分前に俺がエヴァに対して思っていた気持ちを、そのままバルトロが言ってきた。

 自分の鏡を見せ付けられている様で、妙に恥ずかしい。


 「じゃあ、フルジール人って聞いて来た理由は?」

 「ええ。当店、服の取り扱いも行っているのですが、フルジール人の民族衣装では何かと不都合も多いでしょう。これを機に着替えてみるつもりは無いですかな?」


 フルジール人として差別されるのは、特徴的な紋様が刺繍された衣装を身にまとっているからだ。

 その衣装を身に着けていなければ、ハッキリ言って俺がフルジール人だと気づく人間はいないだろう。


 何か身体的な特徴がある訳では無い。

 ただフルジール人として振る舞う、たったそれだけの事がこの世界では悪とみなされ迫害の対象となる。

 

 だが、俺がそれでもこの衣装を脱がないのには理由がある。


 「バルトロさんの心遣いはありがたいけど、俺はフルジール人であることを隠すつもりは無いんだ。この衣装は大事な形見でもあるし……」


 俺はそっとマフラーに手を触れた。

 まだ幼い記憶、母が手編みで編んでくれた大切なマフラーだ。


 物心ついたすぐ両親は2人とも他界してしまい大した思い出も残っていないが、2人ともフルジール人としての誇りを大切にしていた。


 そんな父と母を見ていたからこそ、クラウディオからフルジール人を理由に虐められたとしても我慢できたのだ。

 俺にとってフルジール人とは、差別される要因であると同時に、両親と繋がれる心の拠所でもある。


 「……なるほど。そういう事でしたらお客様は、ヴィエトリア渓谷に向かわれると良いかもしれませんな」

 「ヴィエトリア渓谷?」

 「ええ。私もウワサ程度にしか聞き覚えが無いので真偽の程は定かではありませんが、ヴィエトリア渓谷を越えた先には名も無き大地が広がっており、そこにはフルジール人たけが集まった街があると」


 フルジール人だけが集まった街だって?

 それが本当なら、洞窟でリンドウから教えてもらった『フルジール叙事詩』について何か分かるかも知れないな。


 思いもよらぬ手がかりを教えてくれたバルトロは、なおも話を続ける。


 「彼等はその街を、『フルジール人の故郷』と呼んでいるそうです」

 「故郷……か。本当にあったらいいな、そんな場所が。でも、ヴィエトリア渓谷の先にあるって分かってるなら、誰かしら調べに行きそうじゃないか?」


 「あの渓谷近辺は強力な魔物の巣窟ですから。それに、『フルジール人の故郷』に迷い込んだ冒険者は捕らえられ、誰1人生きては帰ってこれない……なんてウワサもありますゆえ。おお、なんと恐ろしい」


 ブルブルッと、バルトロが顔を青ざめ体を震わす。


 誰1人生きては帰ってこれない云々はともかくとして、実在するかどうかも分からない街を探しに、危険な魔物が生息する地域に好き好んで向かう人間はいないって事か。


 だがもしバルトロの話が本当だとすれば、俺は俺の知らないフルジール人の歴史や秘密を知ることが出来る可能性が高い。


 それに個人的にも、フルジール人と出会って色々と話してみたいという気持ちもある。


 旅人と名乗ったリンドウのように、フルジール人は世界各地で散り散りに暮らしているうえ、その多くはフルジール人であることを隠して生活している。


 今時、俺やリンドウのようにフルジール人の民族衣装を着ている者は珍しいだろう。

 ゆえに、俺は両親以外のフルジール人をあまり見た事も無ければ、会話をした経験も無い。


 魔喰種のカースドスパイダーを討伐した直後にリンドウが姿を消してしまったのは、非常に残念だった。出来る事なら、彼から色々とフルジール人について詳しく聞いてみたかったんだが……。


 「貴重な情報ありがとう、バルトロさん」

 「滅相もございません! 客商売ゆえあらゆる情報が入ってくるもので、また何かあったらお伝えいたしますよ」


 最初の訝し気な眼が嘘のように、バルトロは丸っこい体でニコニコと笑う。

 親切に接してくれているが、バルトロ自体はフルジール人に対してどう思っているのだろう?

 

 「そのかわり、メリィーサお嬢様にはよぉく、よぉ~くお伝え願いますぞ。吾輩、バルトロは紳士だったと」


 ははっ、なるほど。

 バルトロはメリィーサ博士以外もう頭にないって感じなんだな。


 「バルトロさんは、メリィーサさんの事が好きなんですか?」


 商品を見て回っていたエヴァが戻ってきて、ワクワクと瞳を輝かせバルトロの顔を覗き込む。

 普通なら恥ずかしくて顔が赤くなりそうなものだが、バルトロはエヴァ以上に瞳を輝かせフンッ、と鼻の穴を興奮させるように膨らませた。


 「愚問ですな! 先程も申し上げましたとおり、吾輩の命は全てメリィーサお嬢様の笑顔を守る為にあるので。あえてその質問に答えるのであれば、吾輩はメリィーサお嬢様を愛していると答えましょう!」

 「わぁっ! そんなに愛してもらえるなんて、メリィーサさんは幸せ者ですねっ!」

 「ほっほっほっ。そうでしょうとも、ええ! なぜか吾輩のアプローチを受け入れてもらえた経験は無いのですがね! ほっほっほっ!」

 「そ、そうなんですか……」


 高笑いするバルトロに苦笑いを浮かべるエヴァ。


 それにしても愛してる、か。

 俺はそこまで言い切れるほど人を好きになったことが……。いや、待てよ?


 バルトロは俺がエヴァに対して想っている気持ちをそっくりそのまま、メリィーサ博士に向けているんだよな?

 ってことはつまり、俺もエヴァのことを――。


 「シドゥさん? 急に顔を赤くしてどうしたんですか?」

 「風邪薬をメイドに持ってこさせましょうかな?」

 「えっ!? い、いや、大丈夫だから! 心配しないで、ほんとに……」


 あぶないあぶない。

 俺のこの想いは胸の内にしまっておくって決めたばかりじゃないか。


 1度頭を振り、考えを取っ払う。

 赤くなった頬を隠す様に、俺はマフラーを口元まで引き上げた。

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