第11話 「魔石を喰らう怪物」
怪物から伸びる8本の脚。
それはしなる鞭のように振り上げられ俺たちへと迫った。
メリィーサ博士を抱きかかえその場から飛び退く。
瞬間、耳を覆いたくなるほどの轟音と共に洞窟の岩盤が打ち砕かれた。
俺の腕の中にいるメリィーサ博士は、怪物を見て普段のノンビリとした雰囲気を崩し、珍しく汗を流している。
「あれは……、カースドスパイダー……なの?」
「あの怪物がっ!?」
メリィーサ博士を下ろし改めて怪物へと目を向けた。
紅い牙に、腹部を守る甲殻に浮き出ている髑髏のような模様。
確かに特徴的にはカースドスパイダーと一致する。
だが俺はあの怪物がどうしても、カースドスパイダーと同一種には思えなかった。
再度振り下ろされる怪物の脚を、リンドウが双剣で受け止める。
「ほぉ、君のバフが乗った状態でもこれほどとは……」
かなりの実力者である彼ですら、その攻撃の勢いによって僅かに後ろへと押し出された。
それでも、正面からあの怪物の攻撃を受け止められるだけ凄いが……。
「しかし、長年生きてきたがここまで巨大なカースドスパイダーは見た事が無いな」
そう、本来カースドスパイダーとは比較的小型の部類に入るモンスターなのだ。
駆け出し冒険者でもパーティーさえ組めば、簡単に討伐できるような相手だ。
故に、今俺たちの目の前で暴れ回っている怪物は異常過ぎる。
「リンドウさん! 今助けますっ!」
エヴァがリンドウを襲っていた脚の1本を斬り落とす。
ブシャアッと紫色の血が飛び散り、怪物の脚がズルリと地面へと横たわった。
ドクドクと切断面から血が溢れだすが、そこからはすぐさま新たな脚が生え変わった。
「くそっ、あの再生力は健在かっ!」
カースドスパイダーの最大の特徴はその再生力にある。
どれだけ脚を斬り落としたとしても、カースドスパイダーに対してはあまり効果が無い。
倒すには膨らんだ腹部を叩く必要があるのだが、こうも巨大だと近づくのすら至難の業となるだろうし、腹部を守る甲殻も相応に強固な物となっているだろう。
「何か良い考えはあるか? 少年」
後ろへと飛び俺の横に立ったリンドウが問う。
「策が1つだけありますが……、かなり危険なうえ賭けの部分も大きいです」
「可能性があるだけマシだ。詳しく教えてくれ」
「……分かりました。エヴァ! 君にも協力を頼みたい!」
俺の元へ集った2人へと手短に作戦を話す。
その作戦を聞き、リンドウとエヴァは納得したように頷いた。
リンドウはこの状況が楽しいとでも言いたげにうっすらと笑みを浮かべ、エヴァは緊張した様子で頬に小さく汗をかいている。
「面白い。私のことは気にせず、君は全力を尽くすと良い」
「わ、私もやり遂げて見せます。シドゥさん、がんばりましょう!」
「危ない役割を2人に押し付けちゃうけど、よろしく頼む!」
合図を皮切りに、一斉に俺たちは走り出した。
俺を中心に、リンドウとエヴァが並走する。
正面で待ち構える怪物の両脚が振り上げられ、接近する俺たちへと繰り出された。
「させませんっ!」
怪物の脚をエヴァとリンドウが受け止めた。
そのまま、次々と再生する脚を相手取る。
「行けっ、少年!」
リンドウの雄叫びが響き渡り、俺は地面を踏みしめ思い切り跳躍した。
バフの力によって身体的に強化されている俺の体は、怪物の頭上を飛び越える。
だがそれと同時に、怪物の口からは粘着性の糸が噴出された。
空中に浮かぶ俺へと糸が絡みつきその場で繭を形成する。
「シドゥさん!」
繭の外からうっすらと、エヴァの悲鳴に近い叫びが聞こえて来た。
身動きが出来ないくらい体に絡みつく怪物の糸。
S級バフをもってしても、この糸を引きはがすのは難しいだろう。
だが、俺にはまだ隠し玉が残されている……。
複数のバフを重ねがけ出来るという事は、同じバフを重ねがけすることも可能という事だ。
ドクンッ――!
1度心臓が大きく高鳴る。
全てのバフが解除されるのと同時に、攻撃上昇バフが俺単体に対し何度も重ねがけされていく。
【独奏強化】
――【独奏強化】
――――【独奏強化】
「――【独奏突破】!」
意識を集中させ俺が叫んだ瞬間、S級バフ以上の力が内側から込み上がった。
カッと目を見開き、俺は長杖を振り回す。
ブチブチブチッ! と音を鳴らしながら怪物の糸が引き千切られ、繭の中から魔力の粒子を纏った俺が飛び出した。
極限の強化に筋肉が悲鳴を上げる。
落下する勢いのまま、俺は長杖を大きく振りかぶった。
再び糸を吐き出そうと顔を上げる怪物。
だがその体はガクンッと突如崩れ落ちる。
怪物の下では8本ある脚の内の4本を、リンドウが一太刀の元斬り飛ばしていたのだ。
高い再生力を持っていようと、同時に脚を斬り飛ばされては必ず隙が生まれる。
態勢を崩し怪物の腹部がさらけ出された。
「これで、終わりだぁぁッ!!」
ガキィン! という甲殻と杖の衝突音。
激しい衝撃波の発生と共に甲殻にヒビが入り、そして砕け散った。
けたたましい怪物の叫び声を聞き届けながら、長杖は甲殻に守られていた腹部を叩きつぶす。
尋常ではない量の紫色の血しぶきが吹き上がり、ついに怪物の巨体が地に沈んだ。
一瞬の静寂ののち、エヴァたちの歓声が沸き起こる。
ヨロヨロと杖で体を支える俺の元へと、皆が駆け寄ってきた。
「きゃあ~きゃあ~! 凄いわぁシドゥくん!」
「だ、大丈夫ですかシドゥさん! 無理はしないでください!」
「あ、ああ。俺なら大丈夫……」
ガクンッと足の力が抜ける。
倒れ込みそうになる俺の腕を、リンドウが掴み支えてくれた。
「全てのバフを切り攻撃力上昇バフのみを何度も重ねがけする。複数のバフを扱える君ならではの必殺技だな」
「は、ははっ……。反動が凄いのが考え物ですけどね……」
【独奏突破】とは、云わば究極の自己強化バフだ。
1種類のバフを何度も乗せS級以上の効果を一時的に発揮させるというごく単純な原理なのだが、発動させるには全てのバフを切らなければならない。
自分にしか効果が発揮できないうえ、仲間に対してのバフも解除されてしまう為、俺はあまり【独奏突破】が好きでは無い。
御覧の通り、反動で体もろくに動かなくなってしまうし……。
文字通り、俺の最後の切り札だ。
リンドウとエヴァに支えられながら、俺は磔にされているフラタイン博士の元まで歩いて行った。
唖然とした表情のフラタイン博士を前に、俺はいたずらっぽく笑みを浮かべる。
「助けにきましたよ、フラタイン博士」
ニッと笑う俺に対し、フラタイン博士は信じられないものでも見たかのようにパクパクと口を動かす。
その後、護衛の騎士とリンドウ、エヴァの3人がフラタイン博士を糸から救出しているのを、俺は壁に寄りかかりながら眺めていた。
すぐそばではメリィーサ博士が怪物の死体を調べている。
この人、よく巨大カースドスパイダーの死体の中に素手を突っ込めるな……。
「あら? これは何かしら?」
「どうかしたのか? メリィーサ博士」
俺が叩きつぶした腹部に手を突っ込んでいたメリィーサ博士が、素手を引き抜いた。
その手には怪物の血で汚れてはいるものの、明らかに魔石が握りしめられている。
「モンスターの身体の中に、魔石……?」
「どういうことかしらぁ? このカースドスパイダーが色々規格外だったのも、体内に魔石を宿した~、とかが原因?」
手に持っている魔石を入念に調べながら、メリィーサ博士は小首を傾げる。
謎は多く残るが魔石の回収は完了したという事で、俺たちは1度洞窟から外へと脱出した。
太陽は既に沈み切っており、何時か見たような満天の星空が広がっていた。
「悪いな、エヴァ。支えてもらっちゃって」
「気にしないでください。シドゥさんはもっと私に頼ってくれて良いんですよっ!」
俺の腕を肩に回し支えているエヴァが、ニッコリと俺に笑みを向けてくれる。
すぐ近くにあるエヴァの顔に、俺は何だか気恥ずかしくなり頬が赤くなってしまう。
「魔石発掘の他にも、色々とあったわねぇ~」
体を伸ばすメリィーサ博士とは対照的に、フラタイン博士はブツブツと独り言を唱えていた。
「モンスターが魔石を喰うだと? あの図体は明らかに異常だ。モンスターが最近凶暴化している件とも、もしかしたら関係しているやも知れん。早くワシの研究を進めねば……」
……今は話しかけない方が良さそうだ。
「博士の2人を守り通せたのは良かったけど、結局魔石の欠片は見つからなかったな」
「そうですね……。でも、シドゥさんがこんなにボロボロになっちゃうなら、もう魔石発掘なんて勘弁です」
「はははっ、それは俺も同感。流石に今回は疲れたよ」
俺とエヴァが話していると、ジッとこちらをフラタイン博士が見つめているのに気が付いた。そのモノクルの奥にある目はピクピクと動いている。
いや、これは失敗した。
魔石の欠片は本来なら、俺たちみたいな一般冒険者が保有するのを禁止されている。
今の会話をフラタイン博士に聞かれたのは、確実にマズい。
そう思ったのだが……。
「フンッ、小僧。受け取れ」
不機嫌そうにフラタイン博士が指で何かを弾いた。
弧を描き飛んでくる。
月明かりに照らされキラリと光る小さなソレを、俺はしっかりと受け取った。
フラタイン博士は何を投げたんだ?
……って、これ魔石の欠片じゃないか!?
指を開いた俺の手のひらの上には、蒼い魔石の欠片が置かれていた。
「あ、あのっ。フラタイン博士、これは?」
「何に使うつもりか知らんが、これで義理は果たしたぞ小僧。…………フルジール人としてではなく、1人の冒険者としてか。まぁ、顔と名前くらいは覚えといてやる」
生き残った騎士を連れ、フラタイン博士はそそくさとその場を後にする。
逆に俺は、呆然自失とした様子で固まっていた。
俺を支えているエヴァも目を丸くしている。
「み、認めてくれたってこと、なのかな?」
「きっとそうよぉ! あの頑固者のフラタイン博士が魔石の欠片を誰かにあげるなんて、ぜ~ったいあり得ない事だわぁ! ああ見えてシドゥくんの頑張りに、感謝してるってことねぇ」
そこでようやく緊張の糸がほぐれ、俺は月を見上げほほ笑んだ。
「じ、じゃあ、これでお揃いのアクセサリーが創れますねっ!」
「そうだな。頑張って良かったぁ……」
嬉しそうに小さくジャンプするエヴァ。
「あっ、そうだ! リンドウさんはこれから――リンドウさん?」
振り返ったその先に、リンドウの姿が見えなかった。
♢♦♢♦
「シドゥくん、か。面白い少年だったな……」
誰にも悟られぬようシドゥたちから別れたリンドウは、1人夜の平原を歩いていた。
「フルジール叙事詩を巡り、その身に秘めた可能性を引き出す日が訪れるのを期待しているぞ。私と同じく、フルジール人としての誇りを持つ者よ」
月明かりに照らされながら歩き続けるリンドウ。
そんな彼がたどり着いた目的地からは、1人の怒声が飛び込んできた。
「お、遅すぎんだろっ……! も、もう限界だぞ俺はぁ……!」
大量の汗を流し、死にそうな程息切れを起こしているクラウディオが、素振りの最後の一振りを終えた瞬間その場に倒れ込んだ。
「本当に私が戻るまで素振りをしていたとはな。他の2人はどうした?」
「とっくに目を回してダウンしちまったっつーの! あの黒い鳥も寝ちまうしクソがっ! …………へっ、でもざまぁみやがれ。どうせ俺もすぐ止めると思ってただろ」
地面に仰向けに倒れながら、ニヤッと心底嬉しそうにクラウディオが笑う。
その顔を見て、リンドウは目を見開くと静かに笑い出し始めた。
「フッ、クククッ……。大した奴だな、お前は」
「な、なんだよ急に。気持ちわりぃな」
「ハハハッ。いや、私が見込んだ通りだ、クラウディオ。お前は強くなる」
月明かりの下、深紅のフルジール人の笑い声が静かに響き渡っていた。




