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笠木珠江物語〜へこたれてたまるか〜  作者: リンダ


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その場で生まれるもの

第46話


「その場で生まれるもの」


小児病棟での二度目のライブ。


珠江とレンは、前回より少しだけ準備していた。


注射ネタ。

電車ネタ。

関空寝過ごしネタ。

くろしお先輩。


けれど、始まってすぐに分かった。


子どもたちは、台本どおりには来ない。


珠江が言う。


「私、小さい頃、注射が大嫌いやったんです」


すると、前列の男の子が手を挙げた。


「今も嫌い?」


珠江は一瞬止まる。


レンが横で笑いをこらえている。


珠江は正直に言った。


「……正直、今も好きではない」


子どもたちが笑う。


「でも、大人になったから泣かへんの?」


別の女の子が聞く。


珠江は考えた。


「泣かへん……と言いたいところやけど、心の中ではちょっと泣いてるかもしれへん」


レンが突っ込む。


「心の中でギャン泣きですか」


「うん。外側は大人、内側は予防接種前の小学生や」


子どもたちが声を出して笑った。


そこから、用意していたネタはどんどん崩れていった。


「ラピートって、なんであんな顔なん?」


「くろしお先輩は怒ったら怖い?」


「関空で寝た時、幽霊出た?」


「芸人さんも怖いことある?」


珠江は、一つずつ答えていった。


ただし、決めつけるようには言わなかった。


「私だったら、ラピートの顔は“空港まで絶対連れていくぞ”っていう気合いやと思うかな」


「くろしお先輩は、怒るというより、“紀伊半島をなめたらあかんで”って静かに圧をかけるタイプかもしれへん」


「関空で幽霊は見てへんけど、深夜の空港で自分の寝癖を見た時は、だいぶ怖かった」


「芸人も怖いことあるよ。舞台に出る前は今でも怖い時ある。でも、怖いまま出る日もある」


子どもたちは、じっと聞いていた。


笑う子もいる。

真剣な顔をする子もいる。

首をかしげる子もいる。


その反応に合わせて、珠江は言葉を変えた。


レンも、子どもたちのツッコミに巻き込まれていく。


「レンさんはAI使うの?」


男の子が聞いた。


レンは少し笑って答えた。


「使う時もある。でも、今日みたいな質問はAIに聞いてもたぶん間に合わない」


珠江がすぐ言う。


「目の前の子どもに“くろしお先輩怒るん?”って聞かれた時、AIが考えてる間に空気が通過列車になるからな」


子どもたちが笑う。


その笑いは、準備していたネタから生まれたものではなかった。


目の前の声と、珠江たちの返事がぶつかって、その場で生まれた笑いだった。


ライブのあと、看護師が言った。


「子どもたち、すごく楽しそうでした。台本どおりじゃないからこそ、自分たちも参加している感じがあったんだと思います」


珠江は深く頷いた。


帰り道、レンが言った。


「今日、ほとんど予定どおりじゃなかったですね」


珠江は笑った。


「でも、今日しかできへんかった」


「その場で生まれた笑い、ですね」


「うん」


この日をきっかけに、珠江とレンは新しい活動を始めた。


全国の小児がんや事故、病気などで長期入院している子どもたちを訪ねる活動。


大きな会場ではない。

派手な照明もない。

配信の数字にもなりにくい。


でも、病室やプレイルームで、子どもたちの声を聞きながら、その場で笑いを作る。


泣いてもいい。

笑えなくてもいい。

途中で寝てもいい。

質問してもいい。

ツッコんでもいい。


そういう笑いの場を、二人は少しずつ広げていった。


珠江はネタ帳に書いた。


《子どもの質問は台本を壊す》

《でも、壊れたところから本当の笑いが出る》

《確定した答えを押しつけない》

《私だったらこう思う、で返す》

《笑いは準備した言葉と目の前の声が出会った時に生まれる》

《全国の病院へ行く》

《小さな笑いを届ける活動》


最後に、こう書いた。


《その場で生まれるものは、AIにも台本にも先回りできない》



次回予告


第47話「“私の失敗”という価値」


病院を巡る活動を始めた珠江とレン。


子どもたちに笑顔を届ける中で、珠江は改めて気づく。


自分の失敗談だからこそ、子どもたちは安心して笑える。


関空で寝過ごした夜。

注射が怖くて泣いた幼い頃。

言い間違えて滑った舞台。


次回、第47話

「“私の失敗”という価値」


誰かを傷つけない笑いは、自分の痛みを差し出すことから始まる。

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