完璧じゃない拍手
第43話
「完璧じゃない拍手」
夫婦漫才を始めたばかりの頃、珠江とレンの舞台は、正直まだ荒かった。
珠江がボケを振る。
レンが半拍遅れる。
レンがツッコむ。
珠江が次のセリフに行きかけて止まる。
「今のとこ、ツッコミ遅ない?」
「すみません。夫婦としても芸人としても、まだ乗り換え案内が未対応で」
「うちら結婚して何年目や。まだ経路検索中か」
客席は笑った。
最初はズレていた間合いも、舞台を重ねるうちに少しずつ合っていく。
レンがどこで迷うか。
珠江がどこで畳みかけるか。
どのタイミングで客席を見るか。
二人の呼吸が、少しずつ一つのリズムになっていった。
そして、再び博多。
爆笑発電所のホール。
珠江にとって、そこは特別な場所だった。
かつて、はなまるツインズにヒントをもらった場所。
自分の笑いの温度を見つめ直した場所。
客席には、博多弁が飛び交っていた。
「今日、大阪から来とうげな」
「夫婦漫才らしかよ」
「どげん感じやろね」
珠江は舞台袖で笑った。
「博多弁の中に大阪弁で突っ込むん、なんか殴り込みみたいやな」
レンが緊張気味に言う。
「珠江さん、今日は強めで行きます?」
「いつも強めや。あんたが弱火すぎるだけや」
出番。
二人はマイクの前に立った。
「どうも、笠木珠江です」
「北川レンです」
「夫婦で大阪から来ました。南海電車に育てられ、関空に寝過ごし、今は博多で迷子寸前です」
客席が笑う。
レンが続ける。
「僕は大阪の芸人なんですけど、博多に来ると、言葉の勢いがすごくて」
珠江が即座に返す。
「何言うてんねん。あんた大阪でも押されてるやん」
笑いが広がる。
二人は、南海電車と九州の電車ネタへ入った。
「九州の電車、カラフルすぎません?」
レンが言うと、珠江が目を丸くした。
「ほんまやで。こっちの電車、めっちゃ目立つやん。この派手な大阪のおばちゃんみたいな電車見てたら、うちらがお世話になってる南海電車、ごっついおとなしく見えるわ」
客席が大きく笑う。
「南海電車なんか、急に横に並んだら言いそうやもん。“すんません、私、今日ちょっと地味で”って」
レンが乗る。
「九州の電車は言いそうですね。“うちは今日も衣装で勝負たい”って」
珠江がすぐ突っ込む。
「なんで急に博多弁使いこなそうとして失敗してんねん」
客席から大きな拍手が起きた。
博多弁の空気の中に、大阪弁がグイグイ入っていく。
でも、不思議とぶつからない。
むしろ、混ざって新しいリズムになる。
終演後、光子と優子が二人のもとへやって来た。
光子が笑って言った。
「二人、めっちゃよかったよ。大阪弁が博多のホールで暴れとった」
優子も頷く。
「でも、ちゃんと客席と呼吸合っとったたい」
珠江はほっと息を吐いた。
「ありがとうございます。昔ここでヒントもらってから、やっと夫婦で戻ってこられました」
レンも頭を下げる。
「僕、まだツッコミ遅れる時ありますけど」
珠江が即座に言う。
「それは家庭内でも課題です」
光子と優子は声を上げて笑った。
その場で、優子が切り出した。
「二人、今度うちらのラジオ来ん?」
「ラジオ?」
光子が続ける。
「爆笑フライデーラジオカフェ。ゲストで出てほしい」
珠江は驚いた。
「え、ほんまですか?」
「ほんまほんま。しかも次の放送日、十三日の金曜日なんよ」
珠江の目が光った。
「十三日の金曜日……それ、もうネタ振りやないですか」
レンが苦笑する。
「珠江さん、目が芸人になってます」
珠江は即答した。
「最初から芸人や」
ラジオ本番。
光子が軽快に始める。
「今夜の爆笑フライデーラジオカフェ、ゲストは大阪から、笠木珠江さん、北川レンさんご夫妻です」
優子が続ける。
「しかも今日は十三日の金曜日たい」
珠江がすぐ乗る。
「大阪では十三日の金曜日より怖いもんありますよ。月曜朝の満員電車と、母親の“ちょっと話あるねん”です」
スタジオが笑いに包まれる。
レンも続ける。
「僕は結婚してから、珠江さんの“ちょっとネタ見て”が一番怖いです」
珠江が即ツッコミ。
「それを支えるんが夫婦やろ」
「夫婦って、ネタの試験会場なんですか」
「せや。落ちても再試あるだけ優しいやろ」
光子と優子が爆笑する。
さらに、九州の電車の話へ。
珠江が言う。
「九州の電車、ほんま派手ですね。南海電車が横に来たら、たぶん“今日は礼服で来てもうた”ってなる」
優子が笑いながら返す。
「九州の電車はイベント慣れしとうけんね」
レンが言う。
「南海電車は渋いですからね」
珠江がすぐに言う。
「渋いんちゃう。控えめなだけや。大阪のおばちゃんの横に立つお父ちゃんみたいなもんや」
光子が手を叩いて笑う。
「その例え、強い」
放送後、SNSにはコメントが溢れた。
《夫婦漫才、思ったよりめっちゃ良かった》
《大阪弁と博多弁の混線が楽しい》
《十三日の金曜日ネタ笑った》
《九州の電車を大阪のおばちゃん扱いするの強い》
《珠江さん、夫婦になってさらに温度上がった》
珠江は楽屋でスマホを見て、少し照れた。
レンが言う。
「完璧じゃなかったですけど、拍手、温かかったですね」
珠江は頷いた。
「完璧じゃないから、ええんかもしれん」
夫婦として。
芸人として。
まだ揃わないところもある。
でも、そのズレごと笑いに変えていける。
珠江はネタ帳に書いた。
《夫婦漫才》
《博多のホールに大阪弁》
《九州の派手な電車》
《南海電車、急に控えめに見える》
《十三日の金曜日より怖い母の“ちょっと話あるねん”》
《完璧じゃない拍手は、温かい》
最後に、こう書いた。
《揃わない二人だから、届く笑いがある》
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次回予告
第44話「泣きながら笑う人」
博多での舞台とラジオ出演をきっかけに、珠江とレンの夫婦漫才は少しずつ広がっていく。
そんな中、客席に一人、涙を流しながら笑う女性がいた。
笑っているのに、泣いている。
珠江は、その表情に強く心を揺さぶられる。
次回、第44話
「泣きながら笑う人」
笑いは、涙を消すのではなく、涙のそばに座ることがある。




