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笠木珠江物語〜へこたれてたまるか〜  作者: リンダ


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それは本当に私か

 第38話

「それは本当に私か」


 テレビ局の企画書を見た瞬間、珠江は言葉を失った。


 企画名は、


「本物はどっちだ? 笠木珠江 AI完全再現スペシャル」


 亡くなった歌手の歌声をAIで再現し、懐かしのヒット曲特集として放送する番組が人気を集めていた。


 その流れで、次は芸人。


 AIに珠江の膨大なネタ、舞台上の仕草、声のトーン、表情、間の取り方まで学習させる。


 そして、テレビで二つの映像を流す。


 ひとつは、珠江本人が披露したネタ。

 もうひとつは、AIが作り出した“笠木珠江らしい”ネタ。


 内容は、ほぼ同じ。


 視聴者に問う。


 どちらが本物か。


 スタッフは興奮気味に言った。


「珠江さんの芸風、AIと相性がいいと思うんです。日常観察型で、言葉のクセもある。再現性が高いはずです」


 珠江は、企画書を見つめた。


「再現性……」


 その言葉が、やけに冷たく聞こえた。


 収録当日。


 珠江は、本人バージョンのネタを披露した。


 題材は、電車シリーズ。


 ラピート。

 サザン。

 くろしお先輩。


「ラピートが言うんです。“俺、たまには和歌山に行きたいねん。空港ばっかりやと、人生が全部出発ロビーになる”」


 スタジオに笑いが起きる。


 次に、AI版。


 声も似ている。

 間も似ている。

 仕草まで、かなり近い。


「ラピートが言います。“私は空港ばかり向かっています。たまには和歌山へ行きたい。出発ロビーの人生は少し疲れます”」


 整っている。


 うまい。


 でも、珠江は聞きながら思った。


「……これ、本当に私なんか?」


 放送後。


 番組は話題になった。


 だが、視聴者の反応は予想と少し違っていた。


 多くの人が、きれいに見抜いたのだ。


 《本人の方は、間に少し迷いがある》

 《AI版は上手いけど、失敗しなさそうすぎる》

 《珠江さんの笑いは、言葉の奥に人がいる》

 《AIは“珠江さんっぽい”。でも珠江さんではない》

 《本人のネタは、なんか手で握った温度がある》

 《AIが流行りなのは分かるけど、珠江さんは今のままでいいんとちゃいます?》


 珠江はコメントを読みながら、少しだけ泣きそうになった。


 AIは、自分に似た声を作れる。

 自分に似た間も作れる。

 自分に似た表情も再現できる。


 でも、あの日の関空の寒さまでは知らない。


 涼子の部屋で見た二つのマグカップの重さも知らない。


 被災地で握った手の震えも知らない。


 天庄屋に言われた、焦げた卵焼きの温度も知らない。


 珠江はネタ帳を開いた。


 《似ている声と、本物の声は違う》

 《AIは再現できる。でも、経験は持てない》

 《迷い、怖さ、失敗、傷》

 《それが声に混ざる》

 《本物とは、完璧な再現ではなく、そこに生きていること》


 最後に、こう書いた。


 《私は、私のままで舞台に立つ》


 その夜の配信で、珠江は笑って言った。


「今日、AIの私と共演しました。感想はひとつです。AIの笠木珠江、私より寝過ごさなさそうで腹立ちました」


 コメント欄に笑いが流れた。


 珠江は続けた。


「でも、私は寝過ごします。滑ります。言い間違えます。たまに布団に潜り込みます」


 さらに笑い。


「その全部込みで、笠木珠江です」


 画面の向こうで、たくさんの人が笑っていた。


 AIに似せられたことで、珠江はようやく知った。


 自分の不完全さこそが、自分の証明なのだと。


 次回予告

 第39話「声を失いかけた日」


 AI再現企画を経て、自分の声を取り戻した珠江。


 しかし、その反響は新たな問題を生む。


 “AI珠江”の方が扱いやすい。

 “AI珠江”なら炎上しにくい。

 “AI珠江”ならいつでも出演できる。


 本物の珠江は、自分の居場所をもう一度脅かされる。


 次回、第39話

「声を失いかけた日」


 本物の声が、便利な偽物に押し流される。

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