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笠木珠江物語〜へこたれてたまるか〜  作者: リンダ


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変わり始めた客席

 第11話

「変わり始めた客席」


 南海本線と高野線のネタは、思った以上に客席に残った。


 爆笑の爆発力では、AIネタに負けている。

 テンポも、構成も、派手さも、まだ足りない。


 けれど、終演後に声をかけてくれる客が増えた。


「私、高野線沿線なんです。あの“車内が説法みたいになる”ってやつ、めっちゃ分かりました」


「本線の“空港まで行くのに自分は海外行かれへん”って、なんか切なかったです」


 珠江は少し驚く。


 笑いだけではない。


 客が、自分の日常を持って帰ってくれている。


 その夜、家に帰った珠江は、SNSを何気なく眺めていた。


 AIネタの切り抜き動画。

 若手芸人の爆笑シーン。

 劇場ランキング。


 その中に、ふと目に止まる書き込みがあった。


 《AIで作ったネタは楽でいいかもしれない。でも、そこに人のぬくもりはあるのか》


 珠江は指を止めた。


 続きがあった。


 《AIのネタによる笑いは、一過性のものじゃないかな。確かに面白い。でも、自分で自分の芸を磨かないと、いずれ廃れていくんじゃないか》


 珠江は画面をじっと見つめた。


「……本質ついてるな」


 AIネタを否定しているわけではない。

 でも、笑いを“消費されるもの”として終わらせていいのか、問いかけている。


 珠江はその書き込みを保存した。


 翌日。


 珠江は思い切って、ファイブピーチ★のメンバーたちが参加しているオンラインの雑談枠に話題を投げた。


 光子、優子、美香、奏太、小春。

 さらに青柳家の子どもたち、柳川家の子どもたちも画面に顔を出していた。


 珠江は少し緊張しながら言った。


「こういう書き込みを見つけたんです。AIで作ったネタは楽でいいかもしれない。でも、そこに人のぬくもりはあるのかって」


 光子は真剣な顔になった。


「それ、すごく大事な問いやね」


 優子も頷く。


「AIが悪いわけやないたい。でも、芸人が“自分で見ること”をやめたら、芸は痩せていくと思う」


 美香が静かに言う。


「音楽も同じよ。AIで曲は作れる。でも、その曲をなぜ歌うのか、誰に届けたいのかがなかったら、音はきれいでも心に残りにくい」


 奏太が続ける。


「ギターもそうやな。完璧な演奏より、ちょっと指が震えた音に気持ちが乗ることがある」


 小春は笑いながらも、鋭く言った。


「楽してるかどうかより、“自分の傷と時間を通してるか”やと思う。そこを通ってない笑いは、早く流れていく」


 珠江は黙って聞いていた。


 すると、青柳家の陽翔が言う。


「でも、AIネタで笑う人も本当に笑ってるんやろ?それはそれで否定したらあかんと思う」


 結音も頷いた。


「うん。問題はAIじゃなくて、使う側が何を見てるかやと思う」


 燈真が少し考えて言った。


「テニスでも、データ分析は使う。でも最後に打つのは自分やけん。芸も同じなんやない?」


 灯乃が続ける。


「AIが作った言葉でも、それを自分の声にできる人は強いと思う。でも、ただ読んでるだけなら、すぐ飽きられる」


 彩羽が明るく言う。


「卓球もフォームだけ真似しても勝てんもん。相手見らんと」


 悠翔も笑った。


「野球でも配球データだけ見てたら打たれる。目の前のバッターを見んと」


 珠江は、胸の中に何かが積み重なっていくのを感じた。


 光子が最後に言った。


「珠江さん。笑いは、便利さに負けることもある。でも、便利さだけでは育たん」


 優子が続ける。


「芸は、磨くもんたい。拾って、悩んで、滑って、また拾う。その繰り返しが、その人の声になる」


 珠江は深く頷いた。


「自分の芸を磨く……」


 その夜の舞台。


 珠江は南海本線と高野線のネタを、少しだけ変えた。


「本線電車が言うんです。“俺、空港行くねん。世界とつながってるねん。でもな、自分は一回も飛んだことないねん”」


 客席が笑う。


「高野線電車が返すんです。“こっちは山へ行くで。毎日、人生を考えすぎて、車内の空気がだんだん寺になる”」


 笑いが広がる。


 珠江は、そこで一拍置いた。


「でも、どっちも言うんです。“隣の線路は、よう見えるな”って」


 客席が少し静かになる。


 そして、誰かが小さく笑う。


 その笑いが、少しずつ広がる。


 珠江は客席を見る。


 奥の席に、君原涼子がいた。


 涼子の口元が、ほんのわずかに緩んでいた。


 大きな笑いではない。


 でも、確かに変わっていた。


 珠江は思った。


 客席の温度は、一気には変わらない。


 でも、少しずつなら変わる。


 終演後、涼子が声をかけてきた。


「今日のネタ、少しだけ……近かったです」


「近かった?」


「自分のことを言われてるみたいでした。でも、嫌じゃなかった」


 珠江は静かに笑った。


「それ、今日一番うれしい感想かもしれません」


 帰りの南海電車。


 珠江はネタ帳を開く。


 《AIの笑いは速い》

 《人の笑いは育つ》

 《楽な道が悪いんやない。でも、磨かない芸は痩せる》

 《隣の線路はよう見える》

 《自分の線路を走りながら、誰かの日常を運ぶ》


 そして最後に書いた。


 《客席は変わる。少しずつ》


 次回予告

 第12話「それでも舞台に立つ理由」


 客席の変化を感じ始めた珠江。


 けれど、AIネタの勢いはさらに増し、劇場の出演枠にも変化が起こり始める。


「数字が取れる芸人を優先する」


 その言葉が、珠江に突きつけられる。


 笑いを磨くには時間がかかる。

 でも、時代は待ってくれない。


 それでも、なぜ舞台に立つのか。


 次回、第12話

「それでも舞台に立つ理由」


 数字では測れない笑いを、どう証明するのか。

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