↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢に転生すること88回のベテラン悪役令嬢が語る 悪役令嬢たるもの  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/23

不発イベント_日常の違和感

学院の講義室は、まるで大聖堂のように天井が高く、窓から差し込む陽光が床を金色に染めていた。

磨き上げられた木製の机と椅子が整然と並び、そこに腰掛けるのは未来を約束された貴族子女たち。

鮮やかなドレスや制服の色が咲き乱れるように揃い、教室というよりも一つの舞踏会のような華やかさを放っていた。

やがて教授が入ってくる気配に、ざわめきは静まり、荘厳な空気が満ちていく。

一方、学院の廊下は、まさしく権威と伝統の象徴だった。

白大理石の床は磨き抜かれ、歩くたびに靴音が澄んだ響きを返す。

赤い絨毯はまっすぐに敷かれ、その両脇には歴代の名家の肖像画や豪奢な花瓶が並んでいる。

すれ違う生徒たちの会話は抑えられているが、それでも耳を澄ませば噂や野心が交じり合い、常に人目と評価の目が飛び交う。

――華やかであると同時に、油断ならぬ舞台。



イベント1:席取りの嫌がらせ → 不発


講義開始直前の教室。

貴族子女たちのざわめきの中、レオナは小さく深呼吸をしてから自分の席へと歩みを進めた。

その瞬間――

「ここはエレオノーラ様のお席よ」

取り巻き令嬢たちが、まるで待ち構えていたかのように立ちはだかった。

本来なら、ここからヒロインをいじめる“お約束の展開”が始まるはずだった。

しかし。

「――あら?」

澄んだ声が、背後から降りかかった。

いつの間にか近くを通っていたエレオノーラが、扇子を軽く掲げて取り巻きを見やる。

「そこはレオナの席ですわよ。……何か不都合でも?」

柔らかな微笑とともに、冷たい刃のような視線が一閃。

取り巻き令嬢たちは一瞬で青ざめ、慌てて腰を折る。

「も、申し訳ございませんっ……!」

そして蜘蛛の子を散らすように逃げ去ってしまった。

レオナは呆然とその場に立ち尽くす。

(……え? いま、私を守ってくださった……? エレオノーラ様が?)

胸の奥がじんわりと熱くなり、思わず頬が赤らむ。

教室内はざわつき、周囲の視線が集まる。

「エレオノーラ様がヒロインを庇った……?」

「これって、いつもの流れと違うのでは……?」

小声の囁きが飛び交い、空気が揺らぐ。

その中で、ただ一人。

王子オスカーは腕を組み、微かに唇を動かした。

「……やっぱり、彼女は正しい」

彼の言葉が小さく響き、さらにざわめきが広がる。

本来ならば“庇う役”は王子のはずだった――だが、舞台はすでに書き換わっているのだった。


イベント2:ドレス汚し → 不発

学院の廊下。

大理石の床に差し込む陽光が反射してきらめき、肖像画と花瓶が規則正しく並んでいる。

その華やかな空間の片隅で、モブ令嬢がそわそわと壺を抱えて立っていた。

(ここで……ヒロインに水をぶちまけてやるのよ! そして王子殿下が颯爽と庇う……完璧な展開!)

シナリオ通りならば、それは“確定した未来”のはずだった。

だが――。

「えいっ!」

令嬢が廊下に仕掛けた瞬間、外から吹き込んだ風がカーテンを揺らし、彼女の手元を狂わせる。

――バシャァァァッ!!

「ぐえっ!?」

見事に直撃したのは、全く関係のないモブ男子生徒だった。

頭からびしょ濡れになり、情けない声をあげて立ち尽くす。

「え、えええええ!?」

仕掛けた令嬢が真っ青になり、慌てて後退する。

一方、巻き込まれるはずだったレオナは間一髪ですり抜け、無傷で助かった。

「わ、わぁ……あ、危なかった……! なんだか運がいいなあ」

頬をかきながら、苦笑いを浮かべる。

その様子を少し離れた場所から見ていたエレオノーラは、紅い瞳を細めた。

(偶然、などではありませんわね。……これは――世界が歪んでいる証拠)

表情は優雅なまま、心の奥で冷ややかな分析を刻む。

そこへ足音が響き、王子オスカーが駆け寄ってきた。

「……おい、大丈夫か?」

びしょ濡れの男子生徒にハンカチを差し出しながらも、その視線はどこか横目でエレオノーラを意識している。

月並みな“庇うイベント”は崩れ去り、代わりに奇妙な余韻だけが残った。

歯車が一つ外れたように、学院の日常はわずかに軋んでいた。


イベント3:悪評流布 → 不発


学院の中庭に面した廊下。

陽光が差し込み、赤い絨毯の上に幾何学模様の影を落としている。

その片隅で、数人のモブ生徒たちがひそひそと声を潜めていた。

「ねえ、聞いた? レオナって庶民出身なんですって」

「学院にふさわしくないわよね……殿下に近づこうなんて、厚かましいにもほどがあるわ」

言葉に毒を含んだ囁きが、じわじわと噂の形を作り出していく。

本来なら、これがヒロインを追い詰める“お約束の展開”――のはずだった。

だが。

「……まあ。聞き捨てなりませんわね」

涼やかな声が廊下に響いた瞬間、モブたちは硬直した。

振り向けば、絹のドレスを優雅に揺らしながら歩むエレオノーラの姿。

紅の瞳が冷ややかに細められ、その一歩一歩が“悪役令嬢”の風格を帯びていた。

「彼女は――わたくしの弟子。庶民であろうと何であろうと、このエレオノーラ・フォン・アルトリウスが保証いたしますわ」

その声音は毅然として、容赦の余地を与えない。

モブ生徒たちは顔を青ざめさせ、慌てて一礼しながら散り散りに逃げていった。

廊下に残されたのは、ぽかんと口を開けたレオナだけ。

「……エレオノーラ様……!」

尊敬と感動の入り混じった瞳が、宝石のようにきらめいて彼女を見上げる。

エレオノーラは口元に扇子を添え、あくまで優雅に微笑んで返す。

(……本来なら、ここで王子がヒロインを庇うはず。なのに――わたくしが介入するとは。ふふ、いよいよ“シナリオ”は壊れ始めていますわね)

紅の瞳の奥で冷静な計算を巡らせながら、彼女はいつも通りの悪役令嬢を演じてみせた。

「なんだか今日は、全部うまくいってる気がします!」

講義が終わった休み時間、レオナはノートを抱きしめながら、満面の笑みで隣に座るエレオノーラへと声を弾ませた。

その表情は春の陽だまりのように無邪気で、周囲の空気まで柔らかくしてしまう。

一方で――エレオノーラは紅の瞳を細め、窓の外へと視線を移す。

大きな窓から差し込む光が、きらめく埃を照らし、教室全体を柔らかく包んでいた。

(……これは、ただの幸運ではありませんわね)

(女神フェリシアの加護そのものが乱れているのか。それとも――わたくしの影響?)

扇子を唇に添えたまま、エレオノーラは小さく息を吐く。

その横顔はあくまで冷静に、優雅な微笑みを崩さぬまま。

無邪気なヒロインと、静かに真実を見据える悪役令嬢。

陽光の中で並ぶ二人の姿は、まるで舞台上で対照的な役を演じる役者のようであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。