弱者男性とにゃんころの物語
ああ、とうとう俺も死んじまって地獄かなんかへ着いたようだ。
さっきまで意識が無かったのに段々と眠りから頭が醒めるような心地よい感覚が湧き起こる。
しかし何だか馴染みのない柔らかな感触に包まれているな。なんだろうこれは。ぷにぷにしてる気もするが、骨っぽい気もする。あ、でも息を吸い込むとすんげえ良い香りする。
「クンクン! うわァ〜いい匂いだァ!」
「ちょちょちょ、あなた何してんの! あたしのスカートに顔をうずめないでよ!?」
「あれ、エシャーティ!? 俺は焼け死んだはずじゃ」
「気がついたようだな。蘇って早々に恋人とイチャつくとは俺たちも負けてられねえな、イブ!」
「蘇ったって、まさかお前達……」
「そうよ、ワガママなあなたのためにみんな一肌脱いだんだから!」
「みゃん〜」
おお、ネコのアグニャも俺の腹の上にいるじゃねえか。
どうやらエシャーティが膝枕してくれていたようで、さっきのぷにぷにした感触はエシャーティの細い太ももだったみたいだ。いい香りの発生源は……たぶんおパンツだ! 俺ヘンタイじゃねえか!
まあそれはさておき、コイツラやってくれたようじゃねえか。
きっとマキマキおじさんに何か代償を払って俺を蘇らせたに違いないが、一体何を捧げたんだろう。
なんにしてもまずは礼を言って、その後色々なことを詫びなきゃな。
「まさか俺を生き返らせてくれるなんて……本当にみんなありがとな。もう俺、忘れ去られるの覚悟で行ったから諦めてたよ……」
「ほんっと、あたしたちがいるっていうのに相談もしないなんて馬鹿よ!」
「みゃ! うにゃにゃ!」
「本当にごめん。なあ、ところでなんでアグニャはネコのままなんだ?」
「それはのぅ、生き返らせるために色々あったのじゃ」
そばにいたマキマキおじさんは少し悲しそうな顔をして意味深なことを言う。
そんな事を言われたら察しの悪い俺でも何となく分かってしまう。
そうか、アグニャは……
俺のために何かを犠牲にしてくれたんだな……
「アグニャ……ありがとな、アグニャ」
「ごろにゃあん」
「アグニャはね、あなたのために人間としての魂を失ったの。だからもうずっとネコのままよ」
「そうか。俺のせいでせっかくの体質がなくなったな、ごめんなアグニャ」
「みゃあ! にゃあ〜ご」
「うん、うん、俺はこれからもお前を我が子だと思って可愛がるからな!」
「にゃん〜! ペロペロペロ」
「え、あなたアグニャの言葉がわかるの!?」
「何となくな。きっとアグニャはウジウジされるより前のように可愛がってもらいたいってさ」
凄まじい重量をした銀色の毛並みを撫でると、ゴロゴロとノドを鳴らしながら俺の腹の上で丸まった。この状態は”満足だニャ。寝るから動くなミャ”とでも言ってるに違いない。
もう何年もネコのアグニャを育て上げてきた俺は、アグニャの意思など完璧に汲み取れる。だから俺はせっかくアグニャからもらったこの3個めの命を、今度こそアグニャのために有効活用しないとな。
「ふふ、立ち直りが早くて命を捧げた身としては嬉しいわ」
「そうだね、ボクはもうちょっと悲壮に暮れると思ったけど想像よりもキミは強かったみたいだ」
「まったくだ! これなら俺たちも魂をあげたかいがあると言うものだ」
「しっかしエシャーティの最後のエリミネーションはカッコよかったね。惚れ惚れとしたよ」
「うっ、思い出すとカッコつけすぎた気がするわ。忘れてちょうだい」
ん? 命を捧げた?
どういうことだ? なんかみんなやりきった感を出しとりますけど、どういうことだ?
もしかして俺、またなんかご迷惑をお掛けしてしまいました?
でも命を捧げたにしては全員元気そうにしてるけども……
こういう時はマキマキおじさんに聞くしかないな。もうすっかり解説役が板についてるし。
「なあ、みんな何を言ってるんだ?」
「そなたを蘇らせるために全員命を差し出したんじゃよ。この人気者め、このこの〜!」
「え、それじゃあ今俺が話してるのは……幽霊!?」
「失礼ね~! こんな夢いっぱいの幽霊がドコにいるってえのよ!」
「にゃあ! にゃんごろ!」
「エシャーティが死に際に放ったエリミネーションが”不条理な世界”に働きかけてのう。命を失うには失うって事はそのままなんじゃが」
無性にニヤつきながらマキマキおじさんは焦らしてくる。なんだよ、早く言えよ。命を失ったってことは死んだってことじゃないのかよ。
みんな死んじゃって俺以外の人間からは認識されなくなっちゃった、とかだと非常に申し訳ないなぁ。
特にゴロとか妻子持ちだから死んだって報告するのが気まずすぎるぞ。しかも死因は俺を助けるためだし。
ニヤついてるみんなに見られながら一人冷や汗をかく俺を見かね、とうとうマキマキおじさんが正解発表をしてくれた。それは……
「なんと! みんな命を失った……つまりもう老いることも病むことも、若返ることも死ぬことも無くなったのじゃ!」
「死ぬことが無くなった、だと!?」
「そうなの! エリミネーションでわがままを押し通してね。だからもうあたしたちは不老不死よ!」
「俺はこれからアトランティスを永遠に発展させ、いつか車が走り回る世界にするという夢が出来た!」
「私も永遠にアダムの隣にいれるみたいで大満足だ」
「ボクは嫁と息子を不老不死に付き合わせたいから、これからめっちゃ頑張って医療研究するよ」
「にゃん〜、みゃあん〜」
「すげえなみんな、もうハッキリとした夢を……」
命を賭して俺を救ってくれたみんなは、不老不死という見返りをもらって当然だろう。それが偶然の産物だったとしてもだ。
……ところで俺はどうなんだろう?
やっぱ都合よく俺も不老不死になってました、なんて事は無いよな。
けどいいじゃないか。俺は好きなだけわがままやって、両親に復讐を果たして満足だろ。これ以上の贅沢は甘ったれすぎだ。
「俺はさすがに寿命があるよな?」
「おぬしも未来と過去を代償にして一度死に、そっから蘇ったから不老不死じゃよ」
「いやいやそれはダメだって。俺にも弱者男性なりに矜持がさ……」
「矜持とか言われてもそなたはもう未来の無い人間、つまり死ぬことも生きることもない状態なんじゃよ。ある意味おぬしが幽霊じゃ」
「俺が幽霊!?」
「フシャァァァァァァ!」
「ア、アグニャ〜! おじちゃんこわくない幽霊だよ! ほらベチベチ」
「フ、フシャァァ〜……ふみゃぁぁぁん……」
幽霊だなんだはどうでもいいが、アグニャに嫌われるのだけは嫌だ!
とにかく俺もうまいこと不老不死の恩恵に預かれたってことでこの話はおしまいだ!
あんまりこの会話をアグニャの前ですると……おしっこを引っかけられて塩気で除霊されてしまう!
ほーれ、わしゃわしゃ! お前はこうして転がされて、無防備に晒されたお腹を揉まれるのが大好きだったもんな!
ほんとサイコーの撫で心地だぜ! わしゃわしゃ!
「ふみゃぁぁぁん」
「ふふ、ホントにアグニャの言った通りね」
「ん? なんか言ってたのか?」
「おじちゃんはネコの姿だろうが人間の姿だろうが、ずっと同じ態度を取っていたミャってさ」
「そうだったかな……結構俺、人間のアグニャ相手に悶々とした記憶があるけど」
「そうなの?」
「みゃん?」
「ま、まあ気のせいだったかもしれんわ。はっはっは、これからも可愛がってやるからなー!」
「にゃあ〜ご!」
なんか墓穴を掘りそうだったので無理やり誤魔化した。こんな40歳のおじさんが女の子に悶々としちゃいましたって赤裸々に言うとかキモすぎるからね。
しかし俺のためにアグニャは人の姿を捨ててくれたのか。俺からしたらアグニャはずっとこのネコの姿のイメージが強いけど、エシャーティたちからすると人間のアグニャのイメージが多いだろう。
その姿を奪ったのは他でもないこの俺だ。この過ちは好き勝手なことをした戒めとして、絶対に忘れないようにしないとな……
さて、状況もすっかり把握したことだしそろそろ動くとしよう。
「これからみんな何するんだ?」
「あたしはとりあえずアダムたちの復興したアトランティスを見に行くわ」
「俺とイブはアトランティスのさらなる発展を目指し、しばらくはあっちで頑張ろうと思う」
「ボクも一緒に着いてって何か長寿に役立ちそうな事を収集しようかな」
「そっか、みんな元々アトランティスへ一回行くって言ってたな」
それじゃ予定は決まったな。
みんなゾロゾロとミニバンに乗り込み、長い長いドライブを楽しもうとはしゃいでいる。
車に乗って滑走路を爆走すればマキマキおじさんが異世界渡航をしてくれるのだという。
俺たちはもう自由に好きな世界を行き来できる身分らしいからアトランティスへ行くのもお気軽なものである。
「さて、それじゃみんな発進するぜ!」
「みゃん〜!」
「っと、アグニャはケージに入っとこうな」
「にゃん!」
「うんうん、お利口だな。よーし、アクセル全開!」
「シュパァァァァー……ズドドドドド!」
美しく輝く海を眺めながら、俺たちは幸せな人生の再スタートをようやく切るのであった。
隣にはいつも俺を支えてくれた最愛のネコが元気におやつを食べている。
あのとき食べさせてあげられなかった、アグニャの大好きなおやつだ。
「うまいか、アグニャ」
「みゃん〜!」
「はっはっは、そうかそうか。いっぱいあるから好きなだけ食えよ」
「ありがとみゃ〜」
「おう……ん!?」
「もぐもぐ」
「お前、今言葉を……」
「にゃあご?」
きっとまた、奇跡は起こる。
だってこれから向かうのはの全てが始まる希望の地なのだから。