第二十一話 密猟
三人の男性は皆三十から四十歳で、お世辞にも身ぎれいとは言えなかった。
「この男たちは誰なの?」
「端的に申し上げれば密猟者です」
エミ様が男たちに向ける視線が一層厳しくなり、男たちはびくっと体を震わせた。
「いかがなさいますか? 私が説明しましょうか?」
「い、いいえ。俺が説明します」
しょぼくれた表情に似つかわしくない豊かな顎ひげを蓄えた男が一歩前に進み出た。
「我々はここから北にある山で狩猟を趣味として行っていました」
ちなみにこの国では猟師、特に専業猟師は減少傾向にある。単純に儲からないのだ。
「我々はその日も狩りをしていたのですが、運悪くオオグチオオカミに遭遇しました。いえ、正確には気付いたら我々の食料を奴が漁っていました」
「ねえ、そのオオグチオオカミって……」
「ええ。あの森に現れた個体です。証拠もあります」
ちらりと男に目配せして続きを促す。
「食料を狙われた俺たちは怒りました。精霊を呼んでオオグチオオカミに傷を与えて……そこで私たちは面白がって弓矢をオオグチオオカミに向けました」
「ちなみに弓矢での狩猟は違法です。所持は制限されていないので的当てくらいなら法的に問題はなかったのですが」
ラルサでの狩猟は精霊によって行うのが一般的で、円と矢の精霊アプル・イクスなど、狩猟に向いた精霊と契約しなければ狩猟はできない。だから、オオグチオオカミの体内から鏃が検出された時、異常に気付いたのだ。
「すぐに死ぬと思いました。矢は深く刺さっていましたから……ですが……」
「私たちが赴いた森で生きており、被害がでました。襲われた被害者は無断で森にキノコなどを採りに来ていたようですね」
恐らく被害者は自身が非合法に森へ立ち入っていることから精霊を呼ぶことを躊躇ってしまったのだろう。下手をすれば自分が犯罪を行っている証拠を、賄賂もゴマすりも効かない精霊に知られてしまうのだから。
そしてその隙にオオグチオオカミに殺されたのだろう。野生の獣の多くは喉元を狙うらしいけれど、その戦法は人間にも有効だ。喉を潰されれば精霊が呼べなくなる。
「俺の知り合いの猟師に後で聞いた話ですがオオグチオオカミは一度手に入れた獲物に執着するそうです」
「あの森の犠牲者が襲われた理由もそれでしょう。見分けがつかなかったのか、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いということで襲ったのかもしれません」
これであのオオグチオオカミが私たちに強い敵意を向けた理由と精霊に怯えた理由も頷ける。
「俺達は森でオオグチオオカミに襲われたと人がいると聞いて驚きました。もしかしたら自分たちが見逃したオオグチオオカミかもしれないと思ったので、あいつを仕留めるためにあの森に入りました」
この辺りの事情を推測した私は、少し前に森に入る許可をとった人間を調べ、あっさりと身元を割り出した。
「ちょっと待ちなさいよ! じゃああんたたちのせいで危険な獣が森に入ったっていうの⁉ しかもそいつを狩るのにも失敗したの⁉」
つまるところこの事件は人間の不手際によって生じた不毛な事件だ。誰もが法を遵守していれば犠牲になったのはオオグチオオカミ一匹だけだった。
もっとも、獣害事件のほとんどは小さなミスの積み重ねによって引き起こされるのだが。
「……すみません」
男たちは惨めにうなだれたままだ。
「すみませんじゃないわよ! あんたたちが————もが」
激し始めたエミ様の口元を押さえる。
「落ち着いてください。この方々が何故オオグチオオカミの狩猟に失敗したのかを聞きましょう」
この男どもに余計な情報を与えたくない。少しだけ黙ってもらおう。
少し訝し気な視線を向けながらも男は話を続けた。
「俺達は森に入ってオオグチオオカミを探しました。証拠隠滅と言われればその通りですが、これ以上危険な獣を放置できないという義憤もありました。ですがなかなか見つからず……その代わり森の中である物を発見しました」
エミ様の顔色が変わる。
森の中でオオグチオオカミの討伐よりも優先するべきもの。嫌という程心当たりがあるだろう。
「雫。もう部屋の中に入っていいですよ」
雫がスローモーションのように、静かに現れる。
その腕の中には……すやすやと眠る赤子が抱かれていた。




