第二十二話 偽証
「な……え……」
我が子と感動の再会を果たしたエミ様は棒立ちのまま絶句していた。
内心でほくそ笑みながら、用済みになった男たちに丁重にお帰り頂く。
「ご足労頂きましてありがとうございました。あなた方は無罪ではありませんが私の力が及ぶ限り無料で弁護することをお約束しましょう」
男たちはほっとしたが居心地が悪そうにそそくさとこの場を後にした。
残ったのは私、雫、エミ様、赤子の四人。
耳が痛くなる静寂に耐えられなかったのはエミ様だった。
「本当に私の子供なの……?」
「実のところ確信はありません。わたくし共はエミ様の子供の名前を一度も拝聴しておりませんので」
エミ様はいつも私の子供やあの子などと言っていた。自分の子供の名前を言えないなんてよっぽど後ろめたいことでもあったのだろうか。
「その子のおくるみに刺繍があります。その子の名前でしょう。確認していただけますか?」
あくまでも、笑顔で、丁寧に。そっと背中を押す。
雫が感情を押し殺した様子で赤子を差し出す。
エミ様は恐る恐る、触れば壊れてしまうガラス細工を取り扱うように、その指を近づけていき、おくるみをめくりその文字を見る。
そして……崩れ落ちた。
「私の……子供です」
さあ……後は詰め将棋だ。
伏せるエミ様にそっと耳打ちする。
「エミ様。お子様との再会、誠に喜ばしい限りです」
「あ……私……は……」
エミ様は顔を上げられず、ぽたぽたと涙が零れ落ちている。
「ええ、そんなに喜んでいただけるとは私も努力した甲斐があります」
エミ様は何も答えない。整っていない呼吸を続けるだけだ。
「だからこそ、鳥子様の罪を追求することはやめていただけませんか?」
「あの、アルバトロスのこと?」
「ええ。これは不幸な事故です。誰も悪くありません。そうですよね?」
私はこの事件の真実などどうでもいい。言葉の真偽など気にしない。
エミ様が子供をどう扱おうが知ったことではない。何故子供が死んだと思い込みたがっていたのかなどまったくもってどうでもいい。重要なことは雫の要望である鳥子さんの救出。
ま、それはそれとしてエミ様の醜態を眺めるのは愉しいが。
ようやく顔を上げたエミ様は迷子の幼子のような顔をしていた。
じっとりと蛇の舌のように赤い瞳が私を覗き込んでいる。
このホムンクルスからは逃げられないといやおうなしに直感させられる。
幸せになりたかった。なれるはずだった。でも世間は何度も私を裏切った。それがエミ・クルツという女の半生だった。
最初に裏切ったのは夫だ。
結婚した当初は上手くいっていたが、次第に私に手を上げるようになった。耐えられなくなった私はこのホムンクルスの助力を得て離婚した。
その後実家に身を寄せようとして、父に連絡を取るとこう言われた。
『この馬鹿娘! お前を結婚させるためにどれだけ苦労したと思っている⁉ 殴られた⁉ そんなものしつけの一環だ! どうせお前が弁えなかったんだろ⁉ 大体お前は昔から————』
父の言葉はいつの間にか終わっていた。自分で電話を切ったのか、相手が打ち切ったのか、それさえもはっきりしなかった。
確かなのは両親には頼れないということだけ。
私はこれからの為に仕事を探すことにしたが、そこでも冷ややかな視線を向けられ、足元を見られた。
そして我が子さえも私の味方ではなかった。
毎晩のように夜泣きに悩まされ、精魂込めて作った離乳食を食べてくれないこともあった。
なれない育児は私の心をすり減らした。
どうしてだろう。私は幸せになりたかったのに。私には、女には幸せになる権利すらないのだろうか?
少しでも楽になりたくて、アルバトロスを雇った。あいつは良く面倒を見ていたと思う。楽しそうに我が子の世話を焼くアルバトロスを見て、私は異種族以下なのかと煩悶もした。
不意に父からアルバトロスの育児について聞いたことを思い出し、尋ねてみた。
アルバトロスは子供を少し育ててからすぐに捨てる。男は選び放題。悪意のある言い方をすればこうなる。
なんて羨ましい。妬んでしまった。
何故私はこいつと違って苦労しなければならないのかという思いに囚われた。
だから私は……自分の子供を置き去りにするようにあのアルバトロスに頼んだ。いざとなればすべての罪をアルバトロスに着せる打算を働かせて。
だがしかし、信じてもらえないだろうが、あいつが出ていった後は気が狂いそうなほど心配だった。なんて馬鹿なことをしたんだろう。あの子は今どうしているのか。
いや、きっとあいつはすぐにあの子を連れて戻るに違いないという期待さえした。
そして一人で戻ってきたあいつに怒り、口汚く罵った。あいつは何が何だかわからず当惑していた。無理もない。頼みごとを聞いたら怒られたのだから。
信じてもらわなくてもいいけれど、私はもう二度とあの子の顔が見られないことが本当に悲しかった。
心の中で実行したのはあいつだから私は悪くないと自己弁護するうちに本当に自分は悪くないという気持ちになった。
しかし……その欺瞞を見抜いたのはよりにもよってホムンクルスだった。
「エミ様。いかがいたしましたか?」
私を見つめるエミ様の瞳は白昼夢から覚めたばかりのように茫洋としていた。
「いえ……何でもないわ。それよりも……あいつの……ええと……」
言い淀んだエミ様の言葉を捕捉しようとした次の瞬間、家の外から運命のように重々しい声が私たちの耳朶を叩いた。
「失礼。クルツ婦人は御在宅かな?」
エドワード様の声だった。




