第六話 港町
眩い日差し。傾斜のある街に建てられた赤い屋根と白い壁が並ぶ街並み。穏やかに、しかし力強くそびえたつ樹木。遥か彼方の水平線から押し寄せる波の奥に潜むやや濁った黒い海。
この町の住人曰く、高台から町を眺めると、黒、緑、青のコントラストはため息が出るほど美しいという。
ここは港町、新都。どうやら新しい都市という名前を日本語訳した結果こうなったようだ。
この町は北と南に別の海が存在し、東西に細長い都市となっている。
そして用があるのは北の海。内海であり、専門的には部分的に海と繋がる縁海と呼ぶらしい。
そしてその名も……偉大なる海! ……もちろん腕が伸びる海賊はいない。だがしかし、その大げさな名前に負けず、古くから重要な都市として位置づけられていたらしい。
非常に広大で、北海道が数個収まってしまうほどの面積がある。ちなみに海と名はついているが、淡水。この近隣の市民は海水がしょっぱくないと教わっているとか。
事実、人の往来が激しくなかった時代なら偉大なる海以外の海を見ずに一生を終える人々も少なくないので間違いではなかったのだろう。
さて、そんな美しい街並みであるがゆえに観光地としても名を馳せている。今は時期が外れているものの、屋台や露天商が並び、バザールと呼べる規模になっている。
「では、デートをしましょうか」
「はい。お姉……え?」
花梨の要望を受け入れ、それを達成するために新都を訪れた雫と私は二人っきりで歩いていたが、唐突な私からの提案にぱちぱちと瞬きを繰り返していた。
「で、デートですか? 誰と、誰が?」
「私と。あなたが」
他に誰かがいるというのだろうか。
「で、でもデートはその……恋人同士の男女がするもので……」
「違いますよ。デートとはかわいい子と一緒に遊ぶことです。よってこれはデートです」
「か、可愛いだなんてそんな……」
もじもじとツインテールをいじるその姿についつい笑みが漏れてしまう。
「お、お姉さま? もしかしてからかっていませんか?」
「おや。気付きましたか」
「も、もう!」
非難がましい視線から逃げるように歩き出す。
「デート云々は冗談ですが、あまり固くならずに楽しみましょう。花梨の用事を解決するついでの観光です」
「お時間は……」
「大丈夫。漁業組合の方々との会合はまだ先です」
平日であるので、坊ちゃまも菜月様も学校だ。他人があくせく働くなり勉学に励んだりしている最中の休みはたまらない。……それに、多少英気を養っておかないと後で面倒な話に巻き込まれた時にもたない。
「まずはあちらに行ってみましょうか」
客引きをしている露天商が立ち並ぶ場所を指さした。
さして珍しい品物は売っていなかったけれど、春と海の陽気に当てられた人々が小銭を落としているようだった。
私はほとんど冷やかしのつもりだったけれど、雫はある一つのぬいぐるみに目を奪われていた。
それに敏感に反応した店主が声をかけてくる。この商売上手め。
「嬢ちゃん、そいつが気になるのかい? そいつは山奥深くに住むオオグチオオカミって獣で、何でもその大きな口で丸呑みしちまうんだと。その獣の毛と牙がこのぬいぐるみには使われてるんだ」
店主は笑いながら自分の右手で左手を飲み込むように包み込んだ。ややオーバーアクションだったが商売はそのくらいでちょうどいいのだろう。
恐らくぬいぐるみはデフォルメされているのだろうが……それでも不気味、どう好意的に解釈してもキモカワイイ系が限度だ。
「雫。欲しいですか? 心配しなくても坊ちゃまからお小遣いは貰っています」
「藤太様の……でも、それは……」
「いいですか。我々は坊ちゃまの所有物です。よって坊ちゃまが自由にしてよいとおっしゃったのなら自由にしてよいのです」
雫が逡巡している隙にぬいぐるみをさっと購入して手渡す。
「ありがとうございます」
雫はぎゅっとぬいぐるみを抱きしめていた。意外な趣味だったけれどこういうのがわかるのも旅行の醍醐味だろう。
坊ちゃまにも何か買っておいた方が……適当にお菓子でも買えばいいかな? そういえば……あれもついでに買っておきましょうか。
適当な露店で目当ての物を購入して、袋に入れる。
「お姉さま? それは?」
「そのうち必要になるかと思いましてね。そろそろ腹ごしらえもしましょうか」
「そうですね。この町だと、やはり魚料理でしょうか」
異京は内陸部に存在するため、主に塩漬けして保存された魚を調理する。たまに新鮮な魚が出回っていることもあるが、やや割高だ。ここは魚が取れる原産地。新鮮な魚介類には事欠かず、それを用いた料理も数知れない。
「では、ハムシンのフライでもいただきましょうか」




