第四話 飼養
ラルサ王国首都、異京。
東京がそうであるように異京のすべてが都市部ではない。木々が生い茂る森もあれば山もある。海はないが、自然は豊かだ。
だがやはりそういった場所はいわゆる都心からは離れており、一般的には不便である。それでも田舎に憧れる心理は根強く存在するらしく、わざわざ辺鄙な場所に暮らしている変わり者はいる。
そんな場所にポツンと建てられているログハウスが一軒。そこに私の妹……いや、製造年月日で言えば姉? ひとまず妹と呼ぶことにしよう。彼女はそこにいるはずだった。
早速妹に会いに行きたいところだけれど、何事にも必要な手順がある。まずは妹の所有者と話をつけなければ。
「初めまして。長瀬です」
少しひょろ長いアオダモのような印象を受ける男性だった。
「初めまして。竜胆藤太ともうします」
坊ちゃまはやや緊張しながらも落ち着いて自己紹介をする。
「こちらが侍従の小百合です」
そして坊ちゃまから紹介された私も一礼する。あまり大勢で押しかけても気をもませてしまうので私と坊ちゃまの二人でここに来た。さて、茶番劇の始まりだ。
「まずは確認ですが、そちらで飼育しているホムンクルスを譲渡するということでよろしいでしょうか」
「ええ。実は私たちに子供が産まれまして。わたくし共の経済状況では二人を養うのは難しく、そちらに引き取っていただきたいのです」
まるで台本を読むかのように芝居じみた動作でよどみなく答えていた。
ケレム様の記録によるとこの夫婦は子供が産まれず、替わりにホムンクルスを育てることにしたらしい。
だが、ホムンクルスを購入してから数年たち、子供が産まれてしまった。ざっと見た限りでは、それほど困窮しているようにも見えない。
つまり、経済的な理由ではなく、ただ単にホムンクルスを育てるのが面倒になっただけだ。
今までならそんなホムンクルスはさっさと捨てればいい。が、ホムンクルスは動物愛護法で守られている。
さて困ったぞ。じゃあ、販売業者に引き取ってもらおう。
実のところ、終生飼養義務、つまりペットはその一生を終えるまで飼わなければならない義務があるのでこの行為もグレーゾーンだが、そこには目をつむろう。
「そういう事情でしたら仕方ありません。ぜひ私どもに引き取らせてください」
「感謝します。私たちも苦渋の決断なのですが……何分暮らしていくために必要な物が多く……」
過剰包装された弁明の言葉を聞き流す。ここでこいつらを咎めるのは簡単だが、意味がない。
そもそもこんな事態になった原因は私にある。私がケレム様と論争した折に、ホムンクルスを含めた人権のない異種族はペット、あるいは家畜であると法的に決定してしまった。どうやらその決定は全世界に波及したらしい。
こいつらは私のせいでペットを捨てることができず、私のおかげで一人のホムンクルスが助かるかもしれない。
だから私も妹を引き取りたいし、その方が彼女も幸せだろう。いや、幸せにしてみせる。
長瀬様の世間体を気にした見栄ばかりの会話を聞き終えてからログハウスの一室に向かう。そこで坊ちゃまが不安そうに尋ねてきた。
「ねえ小百合。本当にあの人たちはお金に困っているの?」
どうやらあの言い訳では子供さえ騙せなかったようだ。
「坊ちゃま。それは私たちにとってどうでもいいことです。あの方々が何を望んでいたとしても、私たちがやるべきことは変わりません」
「そうだね。僕たちがやるべきなのはここの子供が安心してくれるようにすることだよね」
いやはや、坊ちゃまは本当に人がいい。こういう相手の方が操りや……もといトップに立ってくれた方がいい。
そして長瀬様から教えられた部屋の前に立ち止まる。
「ごめんください。僕たちは長瀬さんたちからあなたに会う許可を頂いてここに来ました」
この国の一般的な礼儀として部屋の中に入る場合一度呼びかける。ノックはしないし、鈴を持っていなければそうするのが礼儀だ。
「どうぞ」
予想以上に幼い声が扉を開ける許可をくれた。
二人で部屋の中に入ると、そこは一見して手狭だが小綺麗な部屋だった。だが、あるべきものがない……いや、本来あるはずのものが持ち去られたかのように殺風景にも見えた。少なくとも子供部屋には見えず、机の上には難しそうな文字が並ぶ文書があった。
「初めまして」
その声の主は小学生低学年くらいの童女で、マリーゴールドのようなオレンジ色の髪をショートボブに纏めているが、少し前髪が長く、目元が見えにくかった。
「初めまして。僕は藤太って言うんだ」
相手が年下だからか、いくぶん砕けた口調だった。
「あたしは花梨です」
少女の名前を知ったのはこれが初めてだ。名前を付けたのが長瀬様のはずなのでケレム様が記録していないのは当然だが、長瀬様は一度もその名を呼ばなかった。恐らく、意図的に。
後ろめたさでもあるのか、それとももう愛着の欠片もないのか。
「えっとね。花梨ちゃん。君の家族はお金が無くなったから、僕らが引き取ることになったんだ」
ほんの一瞬だけ花梨のサクランボのように艶やかな赤い瞳から光が消えたが、すぐに笑みを浮かべた。
「わかりました。よろしくお願いします。藤太さん」
「僕らはこれから家族になるんだから気さくに接していいよ」
「じゃあ、お兄ちゃん……でいい?」
「うん!」
やや明るい様子に坊ちゃまもほっとしたようだ。私はどうも物分かりが良すぎるような気がするのだけれど……さて。
「えっと、そっちのホムンクルスさんは……?」
「小百合ですよ。お姉ちゃんと呼んでも構いません。事実としてあなたを創った方と同じお方に私たちも創られました。ここに来てはいませんが、雫という子もいます」
「小百合お姉ちゃんと雫お姉ちゃん……うん、覚えた」
満開の笑顔でお姉ちゃんと呼ばれる……悪くない。ふと、部屋の隅で育てられている苔が目に留まった。




