第六十一話 帰結
電話鳥に声をかけて相手と通話を始める。
すぐによく通る渋い声が聞こえてきた。
『エドワード・デミルだ。そちらは?』
「ホムンクルスの小百合と申します」
『目当ての人物をすぐに引き当てるとは運がいい』
ダンジョンで同行した法律家、エドワード様は嘯いた。
「私に何か御用でしょうか」
『まずはお悔やみ申し上げる。そちらの主を失ったこと、大変だっただろう』
「感謝いたします。司法試験において私を黙認していただいたことも」
オーマー様に便宜をはかっていただいたのも事実だが、それだけでは身分を隠しつつ法律家になるのは難しかっただろう。だがなぜかエドワード様は私の正体を知りつつ助け舟を出してくれた。
『なに。構う必要はない。私としても優秀な法律家は一人でも多い方がよい。体の調子はどうだ?』
「いたって健康です」
『そうか。子宮を精霊との契約の代償に捧げるとは聞いたことがなかったので不安だったが無事で何よりだ』
無能の精霊ニールとの契約を解除するのはまずかったので、法の精霊は二体目の契約になった。その代償として選んだのが子宮だ。どうせ子供作れませんしね。
地球では子宮摘出手術は珍しくもないが、この世界ではかなり異例の行為だったらしい。
『ところで一つ尋ねたいことがあるので構わないかね?』
少しだけ体を緊張させる。
『君の家には何か、勇者様にまつわる品はないかね?』
なるほどそれが真の目的か。
恐らくエドワード様はどこかから旦那様が勇者の遺産を持っていることに気付いたのだろう。私を援護したのも旦那様に揺さぶりをかけるのが狙いだったのかもしれない。
「申し訳ありませんが存じ上げません」
『そうか。ならいい。だがそうだな。一つ新たな法律家に言っておこう』
「拝聴します」
『我々法律家は勇者様から賜った法律を遵守し、世界の安寧を保つ存在だ。秩序を乱す愚か者を許してはならない。意味はわかるな?』
「もちろんです」
慇懃に、反抗心などないと主張するように丁寧に返答する。
『そうか。ならいい。君の前途に期待する』
そう言って電話鳥は沈黙した。
「さて、釘を刺されましたか。どうにも油断できませんね」
この一連の騒動をどこまで見透かしているのかはわからない。だが万が一にも勇者の遺産を嗅ぎつけられればエドワード様と敵対することになるだろう。ならば使わず、ひっそりと戸棚の奥で埃をかぶってもらった方がいい。もっとも、私は勇者の遺産を使いたくても使えないが。
真夜中。旦那様の研究室に潜る。ここにはなるべく近づかないように言いつけてある。雫も坊ちゃまも逆らわないだろう。
改めて勇者の遺産を眺める。そこにあったのは……臓器。ネームプレートには「勇者の肝臓」と書かれていた。つまり勇者の遺産、少なくともその一部の正体は勇者の遺体だ。遺体でさえ、他者に莫大な力を授ける。生きていたころはどれだけの怪物だったのやら。
ただ、この勇者の遺産でさえ、ヘイフリック限界を克服できなかった。深刻な問題だ。クローンが短命であることが多い理由の一つにこのヘイフリック限界がある。雫は恐らくクローンとしては失敗だったはずだ。
だが、私はクローンとして成功してしまった可能性が高い。それほどまでに奥様と似ている。
最悪の場合。私はあと数年で寿命が尽きる可能性さえある。
「大人しく寿命五十年プランを神から授かっておけばよかったかもしれませんね」
悔やんでも無意味だ。せいぜい悔いのないようにファストライフを送らなければ。
今まで何度か転生者らしき過去の人々の話を聞くことがあった。成功する人がいれば、あえなく失敗した人もいたようだ。
その差は何だろうか。私が思うに、地球の知識や価値観をそのまま持ち込んだことではないか。例えるなら和食を海外向けにアレンジするようなものだ。大事なのは環境に適応すること。
はっきり言ってこの世界で詐欺師として活躍するのは難しい。なんのかんの言ってこの世界は地球以上の法治国家だ。
それに……やはり雫や坊ちゃまと家族ごっこを演じるにはきちんとした職に就いておいた方がいい。そのために、法律家であることは悪くない。裁判を通じて人の人生を左右できる立場は実に魅力的だ。
人を救い、誰かを切り捨てる。
天秤の釣り合いを取るのではなく、天秤を傾け、誰か一人を不幸にすることによって誰かを幸福にする。そういう法律家でありたい。
「詐欺師は廃業ですね」
私は心の中の詐欺師バッジを投げ捨て、しっかりと法律家バッジを握りしめた。
この話で第一章完結です。
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
次回、第二章の投稿は来週に始める予定です。
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