第一話 断罪
お待たせいたしました。
第二章の投稿を開始いたします。いつも通り火曜、木曜、土曜の18時に投稿予定です。
命芽吹き、爽やかな風が頬を撫でる春の午後。
うららかな日和に似つかわしくない悲痛で嗚咽の混じった声だけが室内に響いていた。
「私は……妻を、妻を愛しています!」
涙を流す男を私は冷ややかに見つめる。男と私の間には砂漠の昼夜よりも激しい温度差があったが、男はそれに気づく様子もない。
「もしも……もしも! 妻を返していただけないのなら……私は! 死を選びます!」
そうしてようやく男は荒い息を吐きながら数分にわたる演説を打ち切った。
自分が世界の中心にいることを信じて疑っていない酔っぱらいのようだった。そんな脳みそが一滴残らず絞りつくされた男の言葉を、私こと竜胆小百合は切って捨てた。
「そうですか。好きにしてください」
「へ?」
おや。どうやら耳が遠いらしい。それとも脳の病気だろうか。
「お好きにどうぞ。強いていうならば誰も迷惑にならない方法で自殺してください」
「あ、あなたは私が自殺してもよいというのですか⁉」
「はい。私にあなたを救う義務はありません」
男は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。その時点で止めてくれることを期待していたのは疑いようもない。
「あなたはそれでも人間ですか⁉」
「私はホムンクルスですので。人道を説かれても困ります」
こういう時、人外であるのは便利だ。
「ふざけないでいただきたい! やはりホムンクルスの……しかも女の法律家など、認められるわけがない!」
ここ数日間で呆れるくらい同じような言葉を聞かされた。
「あなたが認めなくとも私は司法試験に合格した法律家です」
弁護士バッジを括りつけたネックレスを持ち上げる。服に穴を開けたくないからこういうアクセサリーに改造した。法に違反していないはずだ。
「こ、この! なんて失礼な! 風と知恵の下位精霊シュトート! こいつを打ちのめせ!」
男が精霊の名を呼び、翠色のこの世ならざる蝶が舞い降りる。何度も見た精霊、シュトートだ。
この世界に来た直後ならいざ知らず、今更この程度の危機で慌てたりしない。
「法の精霊ミステラ」
奇怪な知恵の輪を組み合わせたようなそれはいたずら小僧のような笑い声と共に現れた。
『ハハッ! なんだかつまんねえ奴がつまんねえことしてんな!』
法律家しか呼び出せない法の精霊ミステラは召喚者によって異なる人格を持つ。私の場合無駄におしゃべりで口が悪い。どうしてこうなったのやら。
「私は竜胆藤太様の所有物であるホムンクルスです。よって私を傷つけた場合器物損壊罪に問われます。これはミステラが証明できます」
精霊は身分証明書にもなるのでこれを呼び出せば精霊で相手を傷つけるのは困難だ。
『了承。退去します』
シュトートは陽炎のようにあっさりと消えた。それを追うようにミステラも消える。
後には裏切られた顔をした男が一人。
「私は法律家としてここに居ます。まずは話し合いましょう」
「は、話など必要ありません。彼女は私の妻だ!」
「だからどうかしましたか? 妻であれ、子供であれ他人を殴っていい理由などありません。よろしいですか? これは立派な傷害事件です。目撃者もいるのですよ。このままではあなたは逮捕されるかもしれないのですよ」
「そ、そんな……」
ようやく事態の重さを理解できたのか、目の前のDV夫は眼に見えて落ち着きをなくしていた。
事の発端はこの男が妻を殴ったことに起因する。そこから妻が以前から暴力を受けていたと告発し、私のもとに駆け込んできた。
「ですがあなたの妻であり、私の依頼人であるエミ様はあなたが離婚に応じ、慰謝料、子供の養育費等を出すのであれば被害届は出さないと仰っています」
「……」
黙り込んだ男の天秤をさらに傾けるためにダメ押しを告げる。
「このままではあなたは犯罪者です。エミ様もそれを望んでおりません」
しばしの沈黙の後、DV夫はゆっくりと首を縦に振った。




