第五十一話 家畜
私に罪状を突き付けられた旦那様はわなわなと震えていた。
「正気か? 家畜など……奴隷よりもなお悪いではないか」
「そうかもしれませんね。家畜という言い方が気に入らないのなら、ペットでもよろしいでしょう」
「くだらん言葉遊びをするな。本当にどういうことかわかっているのか? もしもその論法が通じるのなら、異種族は人権を獲得する機会を失うのだぞ?」
「それでもましです。何の権利もないよりも、はるかにましです」
「馬鹿な。家畜に権利など……」
家畜に神がいるかはわからない。だが、義務はある。
「家畜を守らなければならないのですよ。それも、家畜を管理する側が」
「そのための動物愛護法……」
「ええ」
法律的にはペットや家畜は物だ。動物であれ、生物であれ、物だ。よってペットを傷つけられた場合、器物損壊罪が適用されることがある。ただし、器物損壊罪は自分の所有物には適用されない。
だが、動物愛護法はたとえ自分の所有物であるペットを傷つけても適用される。この法令の存在意義はそこにある。
「だが、それはおかしい。もしも家畜ならば罪を問えない。刑罰を下している以上、家畜であってはならないのではないか?」
旦那様は完全に冷静さを取り戻しており、実験を淡々と進める研究者のようだった。
確かに日本の法律で動物が被疑者になったことはない。中世西欧では動物裁判などもあったようだが、あれは宗教色の強い見せしめのようなものだろう。
現代法においてルールを守る知性のない動物は罰する意味がないのだろう。だからこそ、私が確認した限り、条文には明確に動物を裁判の対象にしてはならないと明記されていない。
そしてこの世界では法令の条文は持ち込まれているが、その解釈やルール外のルールまでは持ち込まれていない。いくらでも抜け穴はある。
「いいえ。この場合、おそらく民法の第三条の二、意思能力が適用可能です」
「それはなんだ?」
「当事者が何か法的な行為を行った時に意思がなければその行為は無効になる、というものです。この法律を拡大解釈した場合、例え人権がなくともきちんと意思や知性があれば法的な行為になります。刑法の場合、故意や責任能力で同じようなことが言えるでしょう。つまり人権がなくとも知性さえあれば処罰の対象にはなりえます」
おかしなように見えて合理的な話だ。法律とは人権を持つものを守るためにある。
だが、人権を持たない異種族でも罰することはできるのである。これでは異種族にとって法律は不利益しかないことに近い。この矛盾はそもそも地球に人類以外の知的生命体が存在しないことになっているのが原因だ。
「シュトート。小百合のいうことは正しいか?」
『判断不可』
「……これ以上は法の精霊でなければ意味がないな。これは条文をどう解釈するかという問題だ。法の是非を問う判断は法の精霊でなければ下せない」
その通りだ。
これは地球という単一知的生命体によって支配された文明で生まれた法律を無理矢理この世界で適用した結果生まれた抜け穴の拡大解釈。機械的な精霊ではどうにもならない。
「法の精霊ミステラでしたか。話に聞くと人格のある精霊らしいですが」
「ああ。法律家しか呼ぶことはできん」
ふう、と旦那様はため息をついて天を仰いだ。
「シュトート。退去しろ」
翠の風が吹き抜ける。旦那様はつきものがとれたような顔をしていた。
「わかった。お前たちにはもう何もしない」
雫と坊ちゃまに向けていっているようだった。二人も肩の力を抜いていた。
「よかったね雫」
「はい。お姉さま。ありがとうございます」
「私は職務を果たしただけです」
さて、これでハッピーエンドになってくれるかどうか。
「雫。藤太。お前たちは二人で戻れ」
旦那様の声音は今までにないほど険がなかった。というか、私の記憶している限り雫の名前を本人の目の前で呼んだのは初めてな気がする。
「二人とも。もう大丈夫です」
安堵と、不安の入り混じったよっつの瞳が見つめてくる。
「お姉さま」
「小百合」
二人がぎゅっと抱きついてくる。まだまだ甘えたい年頃のようですね。
ゆっくりと離れた二人は笑顔で手を振りながら去っていった。




