第五十二話 模造
「慕われているようだな」
「あの子たちがいい子ですので」
雫と坊ちゃまが去り、旦那様と二人、束の間の沈黙。間合いをはかっているようにも見えた。
「……ついてこい」
無言で旦那様の三歩後ろを歩く。
やがて菜の花が風に揺られるどこにでもありそうな、でも綺麗な場所にたどり着いた。
「この場所を選んだのは偶然か?」
「人気のない場所はここが一番来やすかったので」
嘘だ。実はここが彼女のお気に入りの場所だとあらかじめ聞いていた。
だが、知らずに選んだと思われた方が有利になるだろう。
「そうか。……研究室に忍び込んだのはお前だな?」
ハッタリか? いや、ここまでくればしらを切るのは得策じゃない。
「はい。申し訳ございません」
「ふん。それなら自分が何者なのかもう気付いているのか?」
こくりと頷く。つまり私の正体こそが最初の鍵だった。私こそが旦那様の目的だった。残念ながら失敗だったが。
「私はあなたの妻、つまり坊ちゃまの母親……そのクローンですね?」
最初に違和感があったのは坊ちゃまと一緒に村を訪れた時。私とよく似た人を見たと言っていた。そしてのちにその村の村長に電話すると、一人娘はヤルド家に嫁に行ったと裏付けが取れた。
さらに旦那様の地下室の絵画。あれは顔立ちが私にそっくりだった。ここまでくれば嫌でも想像できる。
「そうだ。ホムンクルス製造技術を応用して作った。クローンという言葉はどこで聞いた」
「坊ちゃまにクローンについて聞くと自分と同じ姿をした人間だと説明されました。それがシュトートの能力なのですね?」
風と知恵の精霊シュトート。風はともかく知恵と何故名がつけられているか。それは言葉の意味を契約者に理解させてくれるかららしい。まあ私はもとから知っていたのだけれど、それを説明することはできない。が、この世界の人間がクローンについての知識があるなら話は別だ。
「バベルがある今あまり意味はないがな」
シュトートはその能力の性質上、研究者や学者の間では今でも人気のある精霊のようだ。
「だが、訂正が必要だ。お前は失敗だった。目はともかく、髪の色が違う。なにより、性格が違いすぎる」
村長に娘、つまり旦那様の奥様の性格を聞いて驚いた。
村人であるサヒン様はとても優しいと言っていた。が、実の親はとても計算高く二面性があり、奔放だったと証言したのだ。表の顔と裏の顔をうまく使い分ける人だったのだろう。
で、ここで問題。旦那様は奥様のどちらの顔に惚れたのか。
私はサヒン様の話だけを聞いていたし、そういう人の方が男は気に入るだろうと思って貞淑な女性を演じた。
が、恐らくケレム様が理想とする奥様は奔放で計算高い女性だったのではないか。
(つまり私がやらかしてたってことなんですよねえ⁉)
知らなかったとはいえ正反対の女性を演じたとは実に滑稽だ。私も固定観念から全く逃れられていなかったのだろう。でも、まだ間に合う。
「だが……それは私の失態かもしれん」
今回の件で私の演技力は伝わった。後は旦那様が納得してくれるかどうか。
「お前はあの人に、似ている。それは認めよう。認めるが……やはり違うのだ」
ダメだったか? いやまだ早い。
「ケレム様。あなたは奥様を蘇らせようとしているのですか?」
「ああ。その通りだ」
まあ予想通りだ。
死者の蘇生。万人が夢見る禁断の秘術。旦那様はそれがクローンによって叶うと誤解した。いや、そもそもクローンという存在を誤解していることに気付いていない。
「ですが私と奥様は……別人のようですね」
「だろうな。やはり、違う」
「では、雫は?」
「あれは私のクローンだ。いや、その失敗作だな。完成すれば私のクローンになるはずだった。私の記憶、頭脳、そのすべてを引き継ぎ、彼女を蘇らせる研究を続ける。そのはずだった」
「旦那様。あなたはもう……」
「ああ。私には時間がない。直ちに私のクローンを作らなければならないのだ」
やはり地下室の血痕は旦那様のものだったらしい。それに何度か体調が悪い様子だった。自分のクローンを作って疑似的な延命措置を行おうとしたのだろう。原因は……勇者の遺産の反動だろうか。
「だが完成したものは性別すら違った。お前も勇者の遺産を見たのだろう? あれはホムンクルスを通常より早く成長させ、優秀にさせる。それを応用すれば髪の毛からクローンを作成できる。一部の動物では成功した。だがそれで出来上がったのは失敗作の雫だ。今度は通常のホムンクルスと同じ材料……私の精液からクローンを作るべきだと考えた。だが……私は……」
「あなたは精液を出せない。それでも女性を前にすれば……それが雫を襲ったわけですか?」
地球の伝承によるとホムンクルスの作成には精液が必要だという。何の因果かこの世界ではまさしく真実だったようだ。
「そうだ。私は……男として死んでいる。どうにもできなかった。……あいつに怖い思いをさせてしまっただけだった」
旦那様には彫りつけられたように苦悩と後悔が浮かんでいた。この国では男性にとって男らしさ、勇敢さを美徳とする風習がある。そんな国で勃起不全を患うことがどれほど苦しいかは想像の及ぶところではない。
「悔やんでいますか?」
「ああ。今更だがな」
実のところ旦那様が雫と肉体関係を結んでおらず、勃起不全を発症しているらしいことも知っていた。
雫が旦那様と最後まで性行為をしたと認識してしまったのはひとえに性知識の乏しさだ。私もあまり無理に聞き出さなかったため、言葉足らずだったのだ。……もっとも、それだけでは済まない問題もあったが、ここではそれを省こう。




