第二十六話 不在
朝早くから畑仕事をする音が聞こえる。前世でも寝覚めは良かったが、今世では寝坊したためしがない。老人みたいに早寝早起きが得意だ
いつものメイド服に身を包むと坊ちゃまが眠っている部屋に向かう。
すやすやと眠っている坊ちゃまにいたずら心が沸き上がるがそれを封じ込める。
「坊ちゃま。朝ですよ。起きてください」
「ん。んむう。起きてる……よ」
まだ寝ぼけてますね。もう少したってから起こしに来ますか。
居間に向かうとサヒン夫妻はすでに朝食の用意をしていた。腐っても農家。早起きは得意らしい。
「おはようございますサヒン様」
「おはようございます。すぐに出立なされるのですよね?」
「ええ。名残惜しいですがのんびりしてはいられません」
「藤太様はお楽しみでしたか?」
「はい。とても」
「それはよかった。もしよろしければケレム様にも一度ここにお越しくださいとお伝えください。何でしたらここに住んでいただいても構いませんよ」
「はい。必ずお伝えします」
(誰がこんな土臭い田舎で暮らしたがるものですか)
脳内のマルチタスクを起動して内面と外面を完全に分離する。この二人の目論見はおおよそわかる。ケレム様のご機嫌を取って金やホムンクルスを手に入れたいのだろう。私たちを、いや……藤太様に対して色目を使っていたのもそういうわけだろう。
やれやれ。田舎に暮らしている人は心が清らかだ、などと言うのは幻想にすぎませんね。
朝食を食べ、お土産を頂いたのちすぐにお邪魔した。もちろん礼を失することがないように気をつけたが。
ダンジョンでの帰りの道は行きと違ってスムーズだった。何の障害もなく無事に我が家に到着。
「坊ちゃま。私は雫の様子を見てきます。坊ちゃまはいかがいたしますか」
「まず、お父さんに会いに行ってくる。この時間ならまだ地下室には入っていないと思うし」
旦那様は日課のように地下室で研究している。どうやらホムンクルスの研究をしているらしいが、詳しくは誰も知らない。
「承知いたしました。昼食でまたお会いしましょう」
「うん」
素直に返事をしてぱたぱたと本宅に向かう。私は別宅へ向かい、玄関をくぐる。この時間なら……あれ?
「アイシェさんがいない……? でも雫はここにいる?」
アイシェさんがここで仕事をするとき、必ず靴を履き替える。いわば、仕事靴をこの別宅に置いている。それがこの場にあるということはアイシェさんはこの家に訪れてさえいない。
しかし雫の靴はすべて揃っている。
つまりここには雫だけがいるはずだ。漠然とした不安が鎌首をもたげていた。
別宅に上がり、雫の姿を探す。しかしどこにもいない。
「雫? いませんか? 雫? どこにいるのですか?」
雫の足のサイズには誰の靴も合わないはずだ。そうなると雫は今裸足で外を歩いていることになる。これは明らかに異常事態だ。
ポチを叩き起こし、昨日はアイシェさんを見ていないこと、そして雫が出て行ったことを聞き出すと、私は外に向かって飛び出した。




