月の夜に
さくらの部屋
帰る前に部屋の片づけをと思ったさくらだったが、特に何もすることがなかった。
「本当に何も持って行かないのですか?」
「靴とこのイヤリングは持って行くから」
さくらが今はいている靴と耳に着けているイヤリングを触りながら返事を返す。
「本当の本当にそれだけでいいのですか?」
「えぇ、靴はないと困るし、このいイヤリングは気に入ってるから」
「勿体無いですよ。全部持って行っていいっておっしゃられたのに」
さくらのために用意されたオーダーメイドのドレス、普段着用であっても質の良い生地を一流の洋裁師が縫った物なので、一般人からすれば手の出せる値段ではないくらいの品物だ。
宝石は、本来ならば王太子妃のために用意されたであろうものだったはず、それをさくらが使っていたのだ。
さくらのクローゼットの中のドレスや宝石類を眺めながら、勿体無さそうに侍女が眺める。
それは勿体無いと自分でも思う。正直な話し、この宝石を持って帰ってお金に換えればたぶん一生働かなくていいくらいにはなりそうだし。
そんなのを平然とあげると言う王太子様の感覚もすごいと思うし。聞いた時は思わず聞き返したぐらいだもの。
「でも、これは王太子妃になられる人のための物でしょ。わたしが付けてしまった物は付けるの嫌かもしれないけど」
「さくら様もしかして、今まであまり付けなかったのはそういう理由ですか?」
今まで、侍女がさくらにアクセサリー類を何度か進めた事があったが、本当に必要な時以外あまり付けたがらなかった、自分が受け取るべきではない物だから、その理由がこれだったのかと納得する。
「お洋服は来た時のを着て帰るのですか?」
「そうよ」
「このとても個性的というか、足の肌を見せるような服を着るのですよね?」
「こっちでは着ない服装だけど、向こうでは普通なのよ」
「はぁ、このようなスカートをはいている人達が沢山ですか・・・」
侍女は王都の大通りに、リクルートスーツ姿の女性が沢山いるのを想像しながら首をかしげる。
「あははははは・・・ちなみに、長いスカートの人もいるしズボン履いてる人のいるから、色々な格好をしてる人達がいる感じかな」
「では、普段から女性がズボンを履いたり、男性がスカートを履いたりしているのですか!?」
「そうね、あるかな」
「なんだか、想像できないですね。でも、さくら様のいた世界も見てみたいです」
「時間が早く過ぎて行く感じがする騒がしい世界だよ」
侍女が寂しそうに言うと、さくらはこちらの世界に来る前の、学生生活の終わりが近づいているのに就職先も決まらず、先の見えない焦りを思い出し小さくつぶやく。
トントン
部屋のドアがノックされ侍女がドアを開けると、イムレが部屋に入って来た。
「突然すみません」
「イムレ様、どうしたのですか?」
さくらは立ち上がり挨拶をする。
「本日お帰りになると言う事で、最後のご挨拶に伺いました」
「そんな、わざわざご丁寧にありがとうございます」
「ベランダで少しお話しでもどうですか?」
「はい」
二人はベランダにある椅子に座り話しをする。
「雲一つない晴天になりましたね」
”おまじないの効果がなかったのが残念なくらいに”
「そうですね」
「クッキーありがとうございました。美味しかったです」
「よかったです。イムレ様とはお会いする機会がないと思っていたので、王太子様に頼んでしまってすみません」
「いいえ、元々お帰りになる時にしかお会いする予定はなかったので」
さくらは、お世話になった人達に何かお礼が出来ないかと思い、沢山作れる物と考えた時に、クッキーだったら出来るのではないかと思いキッチンを借りて作ったのだ。
そして、教会の人達、イロナとのお茶の菓子、湖に言った時のおやつ、ベーラに挨拶に行った時、騎士団、アールヴ、イムレ(アールヴに渡す時にお願いして渡してもらった)などお世話になったりした人達に渡して回っていた。
「個人的にですが、お聞きしてもよろしいですか?」
「答えられることなら」
「もしも、殿下が殿下でなかったらどうしていましたか?」
「殿下が殿下でなかったら???」
「殿下が王族ではなかったら、さくら様はどうされてましたか?」
王太子様が王太子じゃなかったら・・・?
「そんな事、考えた事ない・・・王太子殿下としか見た事ないから・・・」
「そうですか。変なことを聞いてしましましたね」
さくらは、イムレの想ってもない質問に対し頭がフリーズした様に考え、その質問で何を言いたいのか又は何を聞きたいのかが全く分からなかった。
対してイムレの方はなぜか満足のいく答えをもらったかのような表情を浮かべる。
「あの」
「殿下が殿下でなかったら、さくら様は今ここにはいない、と言う事ですよ」
「・・・」
「長居をしてしまいました。お帰りになられてもお元気で」
「はい」
「それでは、夜に」
イムレが執務室に戻る。
「さくら様に挨拶をしてきました」
「そうか」
「最後にお話しにならないのですか?」
「もう話した」
「そうですか」
アールヴはいつもと変わらない様子で仕事をしている。
”何も聞かないか、殿下らしいといえばそうだが・・・”
陽が落ち雲一つない夜空に丸い月が光を照らす。
さくらは、この世界に呼び出された場所と同じ場所に立っていた。
部屋には、侍女、ラヨシュ、カーロイ、大司教、騎士数名が見送りや見届けに集まっていた。
こんな場所だったんだ、何もないんだ。あの時はすぐに気を失ったからよく覚えてないんだよね。
「さくらさん、結局ポスで勝ち越すことはできなかった事が心残りです。お元気で」
「でも、勝ち越しと言っても一勝ですよ。カーロイさんもお元気で」
最後のポスは、何となく花を持たせてくれたような感じもしたんだけど。
最後の勝負の時、中盤にカーロイの凡ミスの様な場面があり、それがさくらの勝ちにつながった事があったのだ。
「さくら様、短い間でしたがお世話させていただいたのがさくら様でよかったです」
「本当に何から何までありがとう」
王宮のルールから話し相手まで一番一緒にいて色々教えてくれた今にも泣きそうな顔をしている侍女と握手をする。
「さくら殿がいなくなると淋しいです」
「ラヨシュ様わたしもです。気さくに話しかけてくれて嬉しかったです」
ラヨシュとも握手をする。
時間が近づきアールヴがまだ来ない事に部屋に居る皆が少しざわつき始める。
「まだ来られない」
「まさか、土壇場で来ないなんてことはないよな」
「まさか」
「兄上」
そんなひそひそ話しがされる中、時間まで五分を切った時、部屋にアールヴとイムレがやってきた。
「兄上!遅いですよ!!」
「きていたのか。まだ時間はあるぞ」
「そうですが・・・」
「さくら殿準備は大丈夫か?」
「はい」
「それでは、その場から動かないように」
「はい」
「それでは、今からさくら殿を元の世界に帰す儀式を始める」
アールヴはさくらと私的な会話一つすることなく儀式を始めた。
部屋全体に月の光が包み込み昼と思えるくらい明るくなる。
”元気で、さくら殿”
アールヴは心の中でつぶやき、優しい顔でさくらに微笑む。




