噂
さくらが元の世界に帰ることは、特に発表した訳でもないのにさくらが帰ることは王宮で働く人間や、出入りする人間の間に広まった。
「イムレ殿!」
廊下を歩いていたイムレが突然後ろから呼ばれ振り向くと、カーロイが急ぎ足でイムレの前で立ち止まる。
「カーロイ殿、どうかしましたか?」
「呼び止めてしまいすみません」
「それは構いませんが」
「さくら様が元の世界に帰ると言うのは本当ですか?」
「本当です」
「そうですか。イムレ殿が言うなら間違いないですね」
噂が真実だと知り、少し下を向くと淋しそうな表情になった。
「本当に皆さん情報が早いですね」
「皆さん?」
「えぇ、今日聞かれただけで三人目ですよ。なぜ皆私に聞くんですかね?」
「ははは・・・それは、イムレ殿に聞けば間違いないからですよ」
「そうでもないですよ」
朝から何度も呼び止められ少々面倒になってきたイムレだが、そんな事は一切態度には出さない。
「さくらさんが帰ると言うことは、殿下と御結婚されないのですね。殿下はさくらさんの事を好きなのだと思っていたのでお二人は結婚するものだと」
「そうですね」
「この間の事件の時の殿下は、感情を隠しもせず鬼の形相でグリメルダ嬢を見ていたと、周りの者は皆恐怖した、と聞きました。そこまでさくらさんの事が大事なのに、帰る事を止めないなんて」
「鬼の形相で恐怖、ですか」
”間違いではないが、話しが誇張されて伝わっていそうな感じがしないでもないような・・・”
「イムレ殿、事件があったので殿下はさくらさんを諦めたのですか?」
「諦めた、かどうかは殿下しかわからない事ですが、事件とは関係ないと思いますよ。なぜです?」
「いえ、事件の事はも世間に知れ渡っているのは知っているでしょう」
「えぇ」
「それに、さくらさんがこの国の人間ではない事も噂になっているみたいですね。さくらさんがもし帰れば、王太子殿下の結婚を破断にさせた、として侯爵家はさらに肩身の狭い思いをしますね。それが真実ではないにしても」
「そうですね。まぁ、それは仕方ないでしょう。それに、侯爵殿は全ての職を辞任されましたし、これからは王都に来ることもあまりないので少しは気持ちも楽に過ごせるでしょう」
「やはり、辞められたんですね」
「いても、針のむしろですからね」
侯爵は、領地へ帰る日の朝王宮に来ると全ての職を辞める事を自ら申し出て、それを反対する者もなくあっさりと受理されていた。
「話しついでと言うわけではないのですが、最近さくらさんは忙しいのですか?」
「特にそんな話しは聞いてませんけど?」
「そうですか。最近ゲームに来ないので、少し、気になって」
「あぁ、あれ以来侍女や護衛がついて一人で歩きまわれないからではないかと」
「なるほど」
事件の傷も治った頃、一度ポスをしにカーロイ達の居る場所へ来た事があったが、さくらの近くには侍女、さくらが見える離れた場所には数名の護衛が一緒に来ており、すごく堅苦しそうにしていたのを覚えていた。
騎士団の食堂
長テーブルに椅子が並ぶシンプルな造りの食堂で騎士達が食事を取る。
「聞いたか?」
「なにを?」
「さくら様が帰るって」
「本当に!?」
「えっ!?殿下はそれでいいのか?」
「噂では、次の満月と殿下が決めたらしいぞ」
「殿下はささくら様と結婚するものだと思っていたが違ったのか?」
「俺もそう思っていた」
「俺も」
「俺もだ」
「やっぱり、あんな事件があったからこの国が嫌になったのかな?」
「命が危なかったんだしな」
「それじゃ殿下も留めるわけにはいかないのかな・・・」
騎士団内ではさくらが元の世界に帰る、という話題で持ちきりになっていた。
「陛下」
国王の執務室に不機嫌そうな顔をした国王陛下の側近ファリチが入って来ると、ベーラの座る机の前で立ち止まる。
「どうした?」
ファリチを見たベーラはすぐに機嫌が悪いのに気づいたがその事には気づかないフリをし、普通に返事を返した。
「先ほど、イムレ殿に会いましたので聞いたのですが、さくら様をチキュウとかいう所に帰すのは本当ですか?」
「本当だが」
「なぜです!王太子殿下の結婚はどうなるのですか?」
鬼のような形相でベーラに詰め寄る。
「アールヴが決めた事で・・・」
「なぜ、反対しないのですか?」
「本人が望んだことだからだ」
「王太子の結婚は国家の事なのですよ。それを、反対ぐらいするのが国王ではないのですか?」
「まぁ、そんなに怒らずとも」
「陛下!」
「言いたいことはわかる。だが、本人がそう決めたのだ、それに前から決まっていたではないか」
「そうですが、殿下がさくら様に好意をお持ちなのは傍から見ていてもわかります」
「そうだな」
「アールヴもそうだがラヨシュの結婚についても、本人に任せようと思っているのだよ」
「陛下?」
「もし、一生ひとりでいたいならそれでいいと、不幸な結婚だけはさせたくないと思っている。父親としての部分が強いのは、国王としては失格かもしれんがな」