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悪役令嬢の不在  作者: 木口 困
続編・第3学年編
17/17

エピローグ

アナリシアは手繋ぎ登校はやめたものの、下校時は時々スキロと手を繋ぐようにしていた。

昼食も普通に前庭ではない他の場所で摂るようになり、食べさせあいも強要しなくなった。

要はサフィニア・ドリニアード伯爵令嬢の現れる前に戻っただけである。

彼女から声を掛けられてから1ヶ月が経過したが、ナリシフィアの言う通りその()姿を見せることもなく、アナリシアはスキロ共々平穏な日々を送っていた。

しかし変わったこともある。

以前に比べればという程度だが、アナリシアからスキロへの愛情表現を能動的に行うようになったのだ。新ヒロインへ対抗しようと躍起になっていた頃のようではなく、ごく自然に触れあえる程度には進歩していた。もちろん目立つことは嫌なので、人目に触れない時にそっとするくらいである。

それはそれで忍んでそういうことをしているのが気恥ずかしく、ドキドキと胸が騒ぐのと顔に熱が集まることを回避することは出来ないでいるのだが。

ラブラブ大作戦をやめてからというもの、夜組の級友達からは口々に、元に戻って良かったとお言葉をいただいた。

いくら第2学年の時と面子がほとんど変わっていなかったからとはいえ、平民としての遠慮もあり、そんなに交流を深めていたわけでもなかったのに。同組の仲間としてちゃんと認識されていたようで、今度酷いことをしてくる貴族令嬢がいたら相談してほしい、などと申し出をしてくれた者さえいた。

特にサフィニアの呼び出しの伝言役を担ったダナフィシアは、とても後悔していたようで、「わたくしが余計な伝言などを伝えてしまったばっかりに、辛い思いをさせましたわね」と謝罪のような言葉まで口にしてくれた。お貴族様がである。

最も、新ヒロインに対抗しようと思いラブラブアピールをしていただけのつもりだったアナリシアには、周りから気遣われるほど心苦しく、恐縮する一方だった。ともかくもう平気だから気にしないでほしい、と必死に頼み込むこととなった。

まさか級友達がこぞって、自分の行いに対してそんな斜め上の解釈をしているなど予想しえなかったので、こんなに大事(おおごと)になるなんて、と周辺が落ち着くまで自分の早とちりを大反省する日々だった。


「もうあれ、やらんのかいなぁ。残念やわぁ」

「ルジノスさんも止めるように言ってきたじゃない」


からかっているわけでもなく、純粋に惜しんでいる様子のルジノスに、羞恥でむくれながらアナリシアはジト目をする。


「同じ男の身として辛さは分かっとったけど、見てる分には楽しかったんやで。一応窘(たしな)めたけど、本音はもっとやったれと思っとったわ」

「悪趣味め」

「すまんなぁ、スキロ。オレは正直、自業自得やと考えとったし、もっと振り回されたらええと期待してたんやで」

「……うわぁ、ルジノスさんって……うわぁ」

「そういう奴だよ」


溜め息をつくスキロに、良い笑顔のままのルジノス。

2人のやり取りを眺めながら、アナリシアはこのニコニコしている級友が、ただ惰眠を貪るだけの人間ではなかったことを知った。


「あ、そういえばスキロ、お前の目論見通り済んだで。良かったな」

「片付いたか。感謝する」

「恩に感じるんやったら、うちの商会贔屓にしてや」

「村が反対方向なんだが」

「大丈夫やって、支部作るし。てわけで、情報寄越しぃ」

「後でな」


世間話のような軽い調子で、2人はなにやら不穏そうな話をしている。

一体何の話題なのか不思議に思っていると、スキロが席を立ちアナリシアに帰ろうと促してきた。

ルジノスに帰りの挨拶をすると、軽く手を振って応じられる。

この日ナリシフィアは既に教室に姿がなかったが、先に挨拶は済ませていたので改めて挨拶をする必要もなく、アナリシアは幼なじみと一緒に教室を後にしたのだった。


「シア、寄り道しないか?」

「いいけど、近場?」

「ああ」

「ふぅん?」


素直に従って、アナリシアはスキロの誘導のままに人気のない方向へと歩を進める。

方角としては裏庭かとも思ったが、どうやら学園の裏手にある森の方へ向かっているようだった。

寮とは反対方向にあるので、滅多に行かない所だ。


「スキロ、さっきルジノスさんと何話してたの?」

「ああ、大したことじゃないが。ドリニアード伯爵家がふざけたことをもう言い出さないように、代替わりしてもらっただけだ」

「へ?」

「ちょっと協力してくれる貴族が何人かと、軽く手を回せば難しいことじゃない。母さんも勘当されたのに今更親子面されても困ると言ってたし、迷惑だからな。老害にはご退場願った」

「は?」

「家の中で派閥争いが起きたからって、縁を切った娘の子供を、自分の後継者にしようなんて考えてほしくないよな。ちゃんと男の内孫も居て、跡取りには苦労してないのに。まぁ、血統派ではないらしいが」

「どういうこと?」

「だからまぁ、ドリニアード伯爵家は既に新興派を表明している息子の方に代替わりしたから、血統派の前伯爵と孫娘が新しい後継者を据えようと俺に接触してくる理由は無くなった、ってことだな。そもそも何の権限もないわけだし」

「えぇ?!」


今この幼なじみは、さらりととんでもないことを言ったのではないだろうか。

派閥とは何のことなのだ。ナナおばさんが、伯爵から勘当されたとはどういうことなのだ。代替わりしてもらった(・・・・)ということは、スキロもそれに関わっているとでもいうのだろうか。

混乱して二の句が次げないアナリシアをチラリと一瞥して、スキロは肩を(すく)める。


「だいたい、本人と保護者の同意なく養子縁組なんか出来ないからな。ましてや国から招集された平民として、この学園に来てるんだ。俺たちの身柄は国が預かっているようなもので、成績優秀者と知ったからといって突然血縁表明したところで、跡取り指名が一方的に出来るわけもない。国の介入と、第三者機関からの立ち会いによる事実確認と、双方の意向確認が発生するだけだ」

「……スキロ、詳しいね」

「校則に書いてあるぞ。招集された平民が不利益を被らないためにと、あと、貴族がズルをしないように」

「貴族がズル?どういうこと?」

「この学園の運営費用、どこから出てると思う?」

「国からじゃないの?」

「いや、通っている貴族子息子女達の親からの寄付だ。明確に額は決まってないが、ともかく入学に伴い持参させる。国からの出費だとしたら、平民もあまねく通わせないと不公平だろう」

「確かに……?」

「主に貴族が必要としている学園だ、国民の血税は使えない。だから、運営する費用は貴族達の寄付となる。でも平民は義務として招集されている。ゆくゆくは国を支える官吏や、研究者として働くことを期待されている面もあるから、国から金を出す。そんな国が金をかけて面倒を見た平民に、後から親権を主張しだ貴族が現れたとしたら、どうなると思う?」

「えと、国が損をしちゃう?」

「あぁ、そうなる。正当な養子縁組なら、引き取りを表明した貴族は国に対して、ある程度の提示された額の寄付を行うが。親権を突然主張するような輩はそうはいかない。もともとの権利を行使するだけだとかなんだとか独自の理屈を並べて、寄付をしない場合もあるらしい。なにより、引き取られた平民の扱いが酷いらしい。ま、そう聞きかじっただけなんだがな。ついたぞ」


なんだか難しい話をしている内に、目的地に着いたらしかった。

そこは森の手前にある、小さな建物の前だった。

小さいとはいっても学園に比べればという程度で、2階建てでアナリシア達の村にある小屋や家とは比べようもないほど立派な一軒家だ。

いや、屋敷と呼べる程の広さはないが、一軒家という表現は正しくないだろう。何故ならそれは、人が住むことを目的として造られたわけではない建築物なのだから。


「え、“聖域の(やかた)”だ!なんでこんなとこにあるの?」


“聖域の館”とは、宝具を保管、管理する専属の建物だ。

神から賜った宝具を適当な扱いは出来ない為、専用の建物に保管することが義務付けられており、宝具を所持する貴族の屋敷には必ず併設されている。

どの“聖域の館”も警備態勢が厳しく簡単には近づけないものであり、平民であるアナリシアは見ようとすれば当然遠目からのみとなる。

宝具が見られるわけでもないのに、何故わざわざ建物を見に行きたいかといえば、そこに納められている宝具に対して外からでも礼拝することが目的の1つであり、建物自体も見る価値のある立派なものであるからだった。


「今より皇家から借りてる宝具が少なかった時に使っていたらしいが、今の“聖域の館”に建て替える際にこっちに移築したらしい。歴史的な価値があるらしくて、取り壊しはムリだったそうだ」


スキロの説明を聞きながら、アナリシアはその外観をじっくり眺める。

白い壁に細かな彫刻の施された柱。濃い藍色の屋根には、精緻な造りの羽を広げた鳥や駆ける馬等の像が左右対称に配置されている。なんといっても目を引くのは窓に()まる色硝子で、多彩な色を使い、それぞれ別の硝子絵を形成している。

アナリシアにはよく解らないが、それらの絵は建国神話の場面ごとを表したものなのだと聞いたことがあった。


「へぇ、そうなんだ。ステンドグラス綺麗ー、柱とか屋根の形もお洒落ー」


感嘆の溜め息をつくアナリシアに微笑みかけてスキロは、気に入ったか?と優しく見守る。

貴族なら珍しくもないのかもしれないが、平民のアナリシアにとってはこんなに至近距離で“聖域の館”が見られることなどない。

例え中に宝具が納められていなくとも、外観だけで充分に見た満足感が得られるものだった。


「スキロありがとう!よくこんなとこ知ってたね!」

「うちの組には、無駄に学園内のことに詳しい方々が何人かいるだろ」

「あー、そっか。持つべきものは友達だね」

「最初は面倒な組になったと思ったもんだが、今回のことで夜組で良かったとしみじみ思ったな」


何か含みのある言い方に、アナリシアはなんとなく嫌な予感がした。


「……まさかとは思うけど、皆があたしのことすっごく心配してくれたのって」

「良かったな、シア。あれだけのことをしてても破廉恥と言われずに済んで」


その無意味に完璧な笑顔を目にして、アナリシアは察した。

スキロが故意に、アナリシアがサフィニアをとても怖がっていたのだと情報をねじ曲げていたということを。

アナリシアがいつもと違う真似をしていても、周りがただそっと見守ってくれていたのにはそういう理由があったのだ。

しかも夜組は、実力、家柄ともにトップクラスの貴族子息子女達の集まりだ。彼らを味方につけられるということは、とても心強いだけでなく、学園内ではそうそう困ることにはならないという保証が得られたようなものである。


「やっぱり、スキロなのね……」

「シア、そろそろだぞ」

「なにが?」


強引にも思える会話の分断にあい、納得いかないながらもアナリシアはスキロの視線を追って“聖域の館”を見やる。


「わぁ!」


そして更なる感動を覚えた。

日が沈んでいくのにあわせて、壁が朱く染まり、硝子絵が光を反射してキラキラと輝く。

森の闇が深まったせいか屋根の彫刻が幻想的に浮かび上がり、建物自体も発光しているようにさえ見えた。

こんな光景、今までの人生で一度も目の当たりにしたことはなかった。

村に帰れば、より一層見られなくなるだろう。


「気に入ったか?」

「うん!とっても!」


あまりの感動に無意識に握っていたスキロの袖をグイグイ引っ張り、アナリシアは頬を紅潮させながら満面の笑顔で笑いかけた。


「すごく綺麗!学園に来て良かった!!」

「そうか」


優しい微笑みから少し悪戯めいた表情になり、スキロはアナリシアと一瞬で距離を詰める。

アナリシアが反応を示す間もなかった。

すぐに離れていった顔を呆然と目で追いながら、一拍置いて、唇に残る柔らかい感触を確かめるように指先でなぞる。


「スキロ、いま」


突然のことに状況の把握が遅れたアナリシアは、理解した途端に顔が熱くなり、その熱に浮かされたのか頭もクラクラし出した。


「ロマンチックなら良いんだろ?」


幼なじみは悪戯が成功したというようにニヤリと笑い、アナリシアの耳元に唇を寄せて「違ったか?」と色っぽく囁いてくる。

色気にあてられてふらつきそうになるのを支えられ、涙目になりながら「違わないけど」と小さく返事をしながらも、アナリシアは既に限界だった。

前世の記憶を足してもこんな経験がないためか、自分のこのいっぱいいっぱいでフワフワしてどうしていいか解らない言葉に出来ない気持ちを、処理するために脳が悲鳴を上げ始めたからだ。


「先に言ってよね、耐性がないんだから!」

「それだとロマンチックとかいうやつじゃなくなるんじゃないのか?」

「そうだけど!」

「嫌なわけではないんだな?」

「恥ずかしいこと言わせないでよ!」

「言ってもらわなきゃ解らないだろ?」


とてもロマンチックを希望しているとは思えない、賑やかで騒がしい掛け合いをしながら、いつものような気安さと安心感を覚えながら。アナリシアはゆっくりとだが確実に前進しているスキロとの関係と、自分を思いやってくれる幼なじみの姿に、2人が一緒に歩んでいく確かな未来を信じられるのだった。






─完─

お付き合いいただきまして、ありがとうございました。

これにて続編完結です。

人生初のラブコメに挑んでみたのですが、私の限界はここまでだったようです。発想力が貧弱ですいません。

お目汚し失礼致しました。

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