月曜日という日の始まり③
五、六限目も終わり。放課後になった。これから楽しい部活の時間だ。黒田に言われた一言でやっとわかった。いつまでもくよくよしてる場合じゃない。もう、会えないなんて思わない。会えるまで探す。会えるまで待つ。諦めなければ必ず会えるって信じている。また会うその日までは……。
部室前に着いたのでドアを開ける。中に入ると、もう部員は勢揃いしていた。昼の出来事などなかったように、黒田は生き生きとしていた。勿論よもぎを除いて、ということは言うまでもない。
「よう」
「ぎん。遅い」
「浅井君待ってました」
「待っていたぞ。シルバ」
三人が返事をくれる。当たり前のことだけど、とても嬉しかった。
実はここだけの話。部活もないものだと思っていた。よもぎが作ったのだから無いのだと、勝手に思っていた。だけど放課後、瀧崎さんが「部活先に行ってます」と声を掛けてくれたので、気が付けた。そもそもあいつが作った部活なのに、なぜ残ってるのだろう。しかも、部室はそのままの姿で、最早部室とは呼べない程に豪華なそれも、よもぎの提案だった。
これは、唯一よもぎが残してくれたモノだと思うと、心臓が強く締め付けられた。
そして、遊部部長は俺になっていた。俺がこの部活を作ったことになっているらしい。こんな馬鹿げた部活作るわけがないのにな。こんな部活を作れるのは、この世に一人しかいない。
四人でいつものように遊ぶ。というかダラダラ過ごしていた。そもそもこの部活はよもぎを愛でる会なのに、肝心のあいつが居ないんじゃ。意味がないのではないかと思った。でも、よもぎが居た時も基本こんな感じで、変わりはない。それがなんだか心地良くて、ここが俺の居場所で、それを作ってくれたのがよもぎだ。最初は乗り気ではなかったけど入ってよかった。そもそも入るのは確定していたけど、それでもありがとうと言いたい。だから必ずーー。
午後六時前。今日はこの辺で解散することになった。
夕日が沈む直前。夕焼けが空を燃やす中。一人寂しく下校する。いつもは隣によもぎが居た。そのことを思い出すだけで、胸にチクっと痛みが走った。
家に着き、玄関を開けるが靴はない。親はまだ帰って来ていないようだ。自室に向かう為に階段を駆け上がる。部屋の前に着き横を見る。
「ないか」
一言だけ呟きドアを開け部屋の中へ。机の上に鞄を置き、ベッドへと横たわる。よもぎが居た時とは真逆で、静寂に包まれた空間。耳を澄ますとシンとした無音が耳に残る。
今日も無事に乗り切る事が出来た。よもぎが居なくても平気だ。無論諦めたわけではない。けど、いつ戻ってくるかもわからない。だから居なくても大丈夫だと、言い聞かせる。そもそも今までの普通の日常に戻っただけのこと。たいしたことはない。家族だって友達だっている。友達はここ二ヶ月で少し増えたし、十分すぎるほどに充実している。これ以上何を望むというのか。それに、
「よもぎはきっと帰ってくる。それまでは笑顔で待っといてやるかーー」
固い決意を胸に刻むぎんの頬を雫が伝い、シーツの上と流れ落ちる。
「あれ……可笑しいな」
自分の意思と関係なく流れる涙を手で拭う。
「ーーたいしたことないって。あいつが居なくても平気だって。思ってたんだけどな」
頬伝う涙を拭おうと瞼をゴシゴシと擦っていると、空中に黒い穴が現れた。そこから現れた少女は、初めてあった時と同じ言葉を口にした。
「こんばんは。お兄ちゃん」
「ーーっ」
よく通るその声は、ぎんの心の靄は吹き飛ばし、ぽっかりと空いた穴を埋める。歯車を取り戻し、静止した身体が動き出す。あれだけ重かった身体が、翼が生えているかのように軽い。今なら飛べるかもしれない。そんな思いにさせる少女。
会いたかった少女は満面の笑みだった。最初と同じく白のワンピースを身にまとった姿で現れた。ぎんは衝撃のあまり、息を詰まらせ震えた。言葉にならないこの感情をどうすればいいのか、わからなかった。だけど、俺が言わなきゃならない言葉はわかる。
とても恥ずかしいが、目を背けずよもぎを見つめる。そして、心のこもった声で、
「ーーおかえり」
「うん」
二日ぶりに見たよもぎはいつもと変わらず、幼い表情で惚けていた。それだけで胸を締め付けられ、目頭が熱くなった。ぎんが言葉を詰まらせていると、よもぎは優しく微笑む。
「ーーただいま。お兄ちゃん」
よもぎの暖かい表情と声音に、女神が舞い降りたと錯覚するような、存在感に心を奪われそうになる。
ただ、不満が上回ったぎんは悪たれをついた。
「ーー遅っせーんだよ」
どれだけ探したと思ってんだよ。どれだけ心配したと思ってんだよ。どれだけ会いたかったと思ってんだよ。
「うー」
頬を膨らまし不服な表情のよもぎに、強めに言い切る。
「そんな顔しても許さないからな」
その言葉と裏腹に、無意識に涙が溢れる。
「ーーまさか泣くほど寂しかったなんて思わなかったのん」
よもぎはおちょくるような視線を向ける。涙を拭い強めの口調で言い訳をする。
「ちっげーよ。これは目にゴミが入っただけだ」
「ふーん。素直じゃないの」
ジト目で見つめてくる。
「そんなことよりどこ行ってたんだよ」
こうなったら洗いざらい話してもらう。
「天界に行ってたの」
「天界ってどこだよ」
「この上なの」
小さな人差し指を天井に向ける。
やっぱり神様だったのか。だとしたら今までの事も納得はできる。今までは疑っていたけど、信じてやるのもいいかもしれない。
「そうか。神様なのか」
「妹なのん!」
そう言い張るよもぎに、ぎんは真剣な顔で言う。
「今度から天界とやらに行く時は言えよな。あまり心配させんじゃねぇよ」
「うん。これからは寂しがり屋のお兄ちゃんの為に、前もって言うことにするの」
反省の色はまるでない。よもぎらしいというかなんというか。やはり自由な奴だ。
「誰が寂しがり屋のお兄ちゃんだ!」
「わかってるの。よもぎはお兄ちゃんのことならなんでも知ってるの」
「じゃあ、今なにを考えているかわかるのか?」
生意気にいうものだから質問してやった。因みに考えているのは、よもぎの部屋のことだ。
「部屋はあるから心配しないでいいの」
「なんでだよ!」
当たってるというか、部屋があるというその言葉に驚いた。
「よもぎだからなのん」
へへんと偉そうに胸を突き出すよもぎに、苛立ちを覚えたぎんは衝撃の真実を伝える。
「お前のことはみんな忘れてるぞ」
「その辺も抜かりないの」
非の打ち所がないとはこのことだろう。
「どういうトリックだよ」
「よもぎは最強の妹なの」
なんでも最強を付ければ良いというものではない。
「なんだよその極論」
「詳しくはウェブで」
「絶対載ってないだろ!」
激しく突っ込むと、よもぎは小悪魔のように微笑む。
「今載せたの」
「神かよ!」
「妹なの!」
その言葉の後に沈黙が続き、部屋は静けさを取り戻した。
こっちの気も知らないで、自由気ままな奴だ。だが、それでいい。正体がなんだろうと関係ない。帰ってきてくれただけで満足なのだから。そこに居てくれるだけで幸せなのだからと、口には出さないものの思っていた。もう、俺にとってよもぎは家族なのだと、だからこの言葉を言おうと思う。
「ありがとう」
突然の感謝の言葉を知っていたかのように、只々微笑んだ。それは月のように白く美しく煌めいていた。そして、よもぎはぎんへと飛びついた。
「どういたしまして」
「ーーおう」
こうして、俺に妹ができた。




