月曜日という日の始まり②
屋上に着き、辺りを見渡すが人気はない。空は未だに雲に覆われていた。息を吸い込むと、僅かに心が和むのを感じた。後ろからドッと、重いモノが落ちた音が聞こえる。驚いて振り向くと、そこにはプルプルと足を震わせ、踏ん張っている黒田の姿があった。高台から飛び降りて足が痺れたのだろう。過去にも似たような事があったと、思い耽っていると、その間に足の痺れが取れた黒田はキメ顔で言い放つ。
「奇遇だな。我が同士シルバよ」
「ーーなんだ。黒田か」
素っ気ない態度で返事をすると、黒田は「なんだとは失敬な」と言った後に、ぎんの近くまで歩み寄る。そして、全てを見透かすような鋭い眼光を向ける。
「ーーそんな事よりどうしたのだ? 生気が感じられぬぞ」
「気のせいだろ」
この馬鹿にも分かる程に俺は落ち込んでいるのか。
「気のせいとは、明確な根拠がないということ。だとしたら、我は気のせいなどとは無縁の存在。なぜなら、我の邪眼には全てを見通す力が秘められているから、だっ!」
足はやたらと開き、右手で右目を覆う。だっ! と共に左目をこれでもかというくらいに見開いた。
「そうかそうか、よかったな」
付き合いきれないと、無表情で適当に流す。すると、黒田は「流すでない!」と声を張り上げた後に、真剣な顔で頷き始める。
「ーーわかるぞ。なぜなら我も昨日の朝方から、友の力の波動が感じられぬのだ」
「ーーっ」
あまりの衝撃に言葉が出なかった。心の底から、思いがこみ上げてきたぎんは、黒田の制服の襟を掴んだ。
「ーー今なんて言った! おい! 答えろ!」
「お、落ち着け。答えるから」
取り乱すぎんを宥める黒田は素になっていた。
「すまねぇ。取り乱した」
「き、気にするな」
動揺する黒田の襟から手を離したぎんは、冷静になる為に大きく息を吸って吐いた。
つい、熱くなっちまった。黒田のさっきの言葉はつまり、そういことだろう。
黒田はこほんと咳をし、仕切り直してから堕天使モードになる。
「ーーそれでは、今一度述べるとしよう。昨日から、我が友の力の波動が感じられぬのだ」
「その友ってーー」
やはりと思い言葉を続けようとしたが、黒田が割って入る。
「それが、我としたことが名前が思い出せぬのだ。大事な友の名を忘れるなど、堕天使失格である。なので、昨日から我は思い出す為にあらゆる手段を試したのだが、未だにこのざまだ。だから、シルバ。貴様の気持ち、痛いほど分かるぞ」
国を揺るがす程の大富豪があらゆる手段を使ったと、一体どんな事をしていたのか検討も付かない。でも、黒田の口ぶりからすると、俺が悩んでる事を理解しているということは確かだと思う。他の奴らは点で話にならなかったのに……。
「そのお前が思い出そうとしてる名前、俺は知ってる」
「なんだと! いや、待てよ。シルバならあり得るかも知れないか。ーーそれで、何という名なのだ?」
ああだこうだ言いながら自分で納得した黒田が、訪ねてきたので答える。
「よもぎ」
その言葉を口にすると妙に懐かしくて、感情が湧き上がる。三文字の言葉が耳から入り身体に溶けていく。
「よもぎだと? いや、そんな名前だったような……いや、もっと、神々しい名前だったような……」
黒田は険しい顔つきで頭を悩ませている。
「神々しいって……」
神々しいって言われても、よもぎはよもぎだからな……いや、そう言えば黒田はよもぎの事を、違う呼び方で呼んでいた気がする…………。
頭を抱え、悩んでいる黒田に閃いた言葉を告げる。
「ーー思い出した! ミカエルじゃないか?」
「うっ。ーーそうだった気がするが、頭が痛いーー」
頭を抑え苦しい表情で、膝をつき崩れる黒田に駆け寄り声を掛ける。
「大丈夫か、黒田!」
「ーーだ、大丈夫だ。こ、この程度で、我は死なぬ……」
「そうか。それで思い出せそうか?」
悲痛に顔を歪めながらゆっくりと口を開く。
「い、いや。思い出せない……どこかで……強力な力場を作り出し。こちらから干渉が、出来ぬよう妨害を……行なってる奴が、いるようだ」
苦しそうに息を荒げながらゆっくりと話す黒田に、ぎんは真剣な視線を注ぐ。
「俺はどうすればいい?」
全く意味がわからないけど、誰かの力で思い出させないようにされているってことか。でも誰がそんなことを……。
「ーーわからぬ。だが……例え存在が、認識できなくなり。名前すら、忘れているとしても……わ、我に取っての友とは……その程度で断ち切れぬ……程に、深い絆で結ばれている筈だ。だから……安心しろ。きっと、お前とも繋がっている」
はぁはぁと息を切らし、苦悶の表情浮かべながらも綴ってくれた言葉に、ぎんは戸惑う。
「俺とも繋がってる……そんなこと言われたって。わかんねーよ……」
会いたくたって、もうよもぎには会えない。見つける手段がないんだ。繋がってるだけじゃどうにもならないことだってある。そもそも繋がっているのかも疑問だ。俺には何も出来ない。これ以上は無駄なんだ。
「ーーそんな、顔をするな……お前ほどの男なら、何をすればいいか……わかってるはずだ。最後に……我から一言だけ、ーー送ろう」
額に汗を滲ませ苦しそうな黒田は、力を振り絞り魂のこもった声を上げた。
「ーー諦めるな!」
黒田はそのままガクッと意識を失った。黒田の身体を支えながら空に向かって呟いた。
「ああ。目が覚めたよ」
うじうじと考え、湿っていた俺を乾かすかのように、雲の隙間から太陽が覗いた。
黒田のお陰で吹っ切れた。何をすればいいのか、わかった気がした。流石は堕天使と、今は賞賛を贈りたい。
その後黒田を背負って保健室まで連れて行き、ベッドに横たわらせた。黒田を保健の先生に任せ、昼休みがのこり僅かだったので教室に戻る事にした。教室に到着すると、まさしが焼きそばパンを投げてきたので、それを受け取り、ラップを剥がし頬張る。一日ぶりに食べたご飯は思った以上の効果を現した。身体に力が漲るのを感じる。先程までの気だるさは全くない。不思議なもので、いつもよりも周りが色づいて見えた。やっと、今日という日が始まった気がした。




