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月曜日という日の始まり


 全く寝れずに夜明けを迎えた。一握りの期待を胸に待っていたのだが、結局よもぎは帰ってこなかった。


 日差しが身体に沁みる。ベッドから立ち上がり大きくあくびをし、目尻に滲んだ涙を腕で擦るようにして拭き取る。眠れなかったせいで頭が冴えない。ぼけっとした感じ。それに加え心にまで靄がかかり、気分は最悪。最近の中で最も憂鬱な朝だ。


 少しでもスッキリした気分になろうと、洗面所に向かい顔を洗う。そしてタオルで拭うと、先程よりはだいぶ目が冴えていた。まぁ、肝心な心の靄までは洗い流してはくれないけど……。


「リビングに行くか」


 鏡に向かってぽつりと呟く。リビングの方へ無気力にふらふらとした足取りで向かう。扉を開け中へと入る。いつものように親は出勤していていない。人気のない静かなリビングを見て、懐かしいと思ってしまった。


 あいつが来るまでは、いつも朝は一人ぼっちだった。無論一人が嫌いというわけではない。小学校中学年くらいから常にこうだった。もう慣れている。居心地だっていいはずなのに、なんでだろう。ーー物寂しい。


 冷蔵庫から牛乳を取り出し、コップに注ぐ。その時、ふと目に入ったモノを見て、思い出す。



『よもぎ。食べ物で遊ぶんじゃない』


『はーい。でもこれ飽きたの。チョコワがいいの』


『わがままばかり言うんじゃない。今度チョコワは買ってあげるから、今日はそれで我慢しろ』


『仕方ないから、我慢するの』



 そうか、あの日の夜頼んでおいたから、母親が昨日買って置いてくれたんだろうな。まぁ、それを食べたいと言った奴は、もう居ないんだけどな。


 牛乳を冷蔵庫にしまう。コップを掴み、口へと運び一気に流し込む。飲み終わったコップを台所に置き、蛇口をひねり水を張る。四人掛けのテーブルの椅子に腰掛け、ぼーっと前を見据えていると、時計の秒針の音だけがやたらと耳に響く。


 静か過ぎて落ち着かない。どうも調子が狂う。最近までは俺の前にやたらとうるさい奴が居たからだな。本当にうるさかった。朝食は絶対に用意しないし、ギリギリまでダラダラしてるし、リビングで着替えようとするし、常に喋り掛けてくるし、全く迷惑な野郎だった。


 心の中で愚痴を言いながら顔は徐々に歪んでいく。そして、遣る瀬ない声音で、


「ーー勝手に消えんなよ」


 その言葉はリビングに切なく響き渡り、自分の心へと返ってくる。本心を打ち明けた後、暫くの沈黙が続いた。


 自室へ戻り制服に着替え、身支度を整える。今の時刻は七時半。いつもよりだいぶ早い時間だが、学校に向かうことにした。一人玄関を出る。何か、物足りない気持ちに包まれる。道路に出て、通学路を進む。ゆっくりと歩んでいると、近所のおばさんや、犬の散歩中のおじいさん。小学生や中学生。他にもサラリーマンと、色々な人が行き交っている。そんないつもとなんら変わらない風景。なのに、一番大事なモノが欠けているせいで、違和感しかない。


 ーーもう毒されていたんだな……。


 空を見上げると曇り空が広がっていた。ぎんは鼻で笑うと、ボソッと言葉を溢す。


「今の俺にお似合いだ」


 通学に普段の倍は要したものの、早めに家を出たお陰で、余裕をもって到着することができた。

 続々と生徒達が校門を抜けていく。悪ふざけをしている三人組、今日の授業について話している二人組、一人本を読んでいる生徒とか、そんな毎日繰り返される一駒を見ながら昇降口まで歩いていると、後ろから声が掛かる。


「ぎん。おはよう」


 後ろを振り向き、力のない声を上げる。


「おう。おはよう」


「珍しく。朝早いなと感心してたのに、物凄く辛気臭いんだけど」


 確かに珍しいかもな。あいつがいた時は、ギリギリに登校することが多かったし。それより、やっぱり覚えてないのか……。


「ほっとけ」


「生意気」


 ぎんの態度が気に食わなかったのか、身体を寄せて凄む。


「いいからほっとけよ。疲れてんだ」


 いつもとは違いそれに動じないぎんを見て、怪訝な瞳を向ける。


「ふーん。わかった」


 そう言い残し、先に昇降口を抜ける。ぎんも後に続く。中に入り、下駄箱で上履きに履き替え教室に向かう。


 心の何処かで、もしかしたら学校に居るかもしれないという僅かな希望はあった。だけど、すぐに打ち砕かれることになる。教室に着いたが、当然のように居ない。一限目が始まってもよもぎが姿を現すことはなかった。それどころか、席がなかったのだ。気になり、一限目の休み時間に職員室に向かい、遊部顧問の松原先生に調べてもらった。すると、衝撃的な言葉を口にした。「この学校に浅井よもぎという生徒は居ない」との事だった。当然先生も知らないと言っていた。冗談が好きな先生のジョークだと疑ったが、先生の真剣な顔が事実を突きつけてきた。


 一、二限に渡り、まさと瀧崎さんの様子を見ていたけど、やっぱりよもぎの事は思い出せていないみたいだ。なずなと同じで全く気にする素振りすらない。


 ぎんは二、三限目の休み時間も探し続けた。一年の教室は言わずもがな。二、三年の教室まで尋ねたが、奴を知る人はいなかった。


 四限の数学が始まるも、ぎんは全く授業に集中できていない。教科書に目は向けているものの完全に上の空だった。


 これだけ探しても、見つかるどころか知ってる人にすら会えないなんて……。そもそも存在自体が無いのに探せる訳もない。やっぱり俺の勘違い。妄想だったのかもしれない。正直、もう諦めるしかないか……。


 人が一人消えた所で世界は止まらない。回り続け、時は勝手に進み続ける。変わる事のないこの世の摂理。


 塾考するぎんを置き去りにし、知らぬ間に昼休みになっていた。その事に気付けたのは、前の席から聞こえたまさしの声だった。


「学食行こうぜ」


「ーーああ、終わりか」


 惚けた表情で呟くぎんに、訝しげな眼差しを向ける。


「大丈夫か? ぼーっとしてよ」


「大丈夫。ちょっと考え事してただけだ」


 まさかもう授業が終わってるとはな。そんなに時間が経っていたなんて全く気付かなかった。


「そうか。ならいいけど、それより学食行こうぜ」


 立ち上がり、早く行こうと催促してくる。


「悪い。今日あまり食欲ないんだわ」


 ぎんは首を横に振り拒むと、まさしは驚きの表情で言う。


「マジかよ。ーー確かに顔色悪い気がするな。それでも食わないと元気出ないと思うけどな」


「そうかも知れないけど、今日はやめとくわ」


 まさには悪いが、まるで食欲がないし、明るく振る舞える自身もない。行っても逆に迷惑になるだけだ。


「わかった。でも、ちょっとは食った方がいいと思うし何か買ってきてやるよ」


「ーーおう。ありがとな」


 優しい表情と心遣いが今のぎんにはかなり響く。そのせいで返事が遅れた。


 颯爽と学食に向かうまさしの背中を見送る。教科書などを仕舞い机を片付けた後に、外の空気を吸いたくなったぎんは屋上へと向かった。


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