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土曜日という至福の日


「ーーまだ八時、もう少し寝るか」


 ぎんは時計をチラッと確認した後、また眠りにつく。


 休みという日は最高だ。好きなだけ夜更かしできるし、好きな時間まで寝られるし、好きな所に出掛けることだってできる。兎に角好きなように自分がやりたいことができる日なのである。

 なので、俺はもう少し眠るとする。


 カーテン越しの日差しが眩しいので、布団を顔まで掛けると、すぐに寝息をたて始める。


 その様子を見透かしていたかのように、扉がゆっくりと開く。黒い影がぎんへと駆け寄りベットの前で跳ね上がる。


「チェストオオオオッ!」


 叫び声と共に飛び蹴りがベットに突き刺さる。ぎんはそれを読んでいたのか上半身を起こし交わした。


「ばかめ! 何度も同じ手に引っかかるかよ」


 ぎんはベットの上に立ち上がる。一矢報いた事が自信に繋がったのか、蔑むような視線で見下ろす。


 寝込みを襲うという極悪非道な手を使い、人の道から外れてしまった。外道の名はよもぎ。飛び蹴りが避けられた事が悔しかったのか、むっきぃーと地団駄を踏む。


「お兄ちゃんの癖に生意気なの!」


「いいザマだ。毎回毎回土日になると俺を無理やり起こそうと色んな事を仕掛けて来やがって。俺だって馬鹿じゃないんだ。いつまでも同じ手が通用すると思うなよ」


「下を見てみるといいの」


 よもぎは、あざ笑うぎんの下半身辺りに指を向ける。言われた通りにそこを見やると、唖然とした。ぎんは冷静さを取り戻した後に叫ぶ。


「ーーーーパンツじゃねぇかぁぁあ!」


「その通り。お兄ちゃんはパンイチなのん」


 よもぎは小悪魔のような笑みを浮かべ、人差し指を立てると、それを傾けた。


 その傾けた人差し指をへし折ってやろうか!


「パンイチなのん。じゃねーわ! いつの間に俺のズボンを下ろしたんだよ!」


「ーーそんな事をよもぎの口から言わせるの? ぽっ」


 わざとらしく、真っ白な小さい手で顔を隠すよもぎを、勢いよく捲し立てるぎん。


「ぽっ。じゃねーわ! お前は鳩か、鳩なんだな。ぽっぽー」


「お兄ちゃん。鳩は、ぽーぽーぽぽなの」


「リアルな鳴き声聞いてんじゃないの!」


「ああ、わかったの。よもぎのスリーサイズは86、58ーー」


「スリーサイズなんてもっと聞いてねーわ! ーーしかもそれ前聞いたし、勘弁してくれよ……」


 言葉を遮り、強く放った声はしりすぼみになる。ぎんは額を抑え、疲弊している。そんなの御構い無しのよもぎは声を弾ませる。


「それで、今日はどこに連れてってくれるの?」


「行かねーよ! どうして行くことが前提で話が進んでんだよ」


「えー。つまらないの。遊びたいの。どこか行きたいの。あの世行きたいの?」


「ーーおい。なんで最後のだけ俺に尋ねてんだよ。完全に脅してんだろ」


 よもぎのヤンデレのヤンの部分が、少し顔を覗かせたせいで返事が遅れた。もう高校生だって言うのに、チビるかと思ったよ。大丈夫だよね? 漏れてないよね? 多分耐えたと思うけど……。


 そんな心配をしている事などよもぎはつゆ知らず、不敵に笑う。


「いひひ、そんなわけないの。お兄ちゃんは相変わらず被害妄想が激しいの」


「相変わらずって、いつ俺が被害妄想したんだよ。もういい。俺は寝るからな」


 ぎんは布団の中に逃げる事にした。仰向けでベットに寝転ぶと顔まで布団で覆った。よもぎはその横に座ると、ベットに両腕を置いて口を尖らせた。そして一言囁く。


「やだ」


「なんて?」


 ぎんは聞こえていたが、わざと聞き返す。するとよもぎが、うーと唸ってから甘く小さな声で囁く。


「やだぁ」


「そうですか。ではおやすみなさい」


 こんな攻撃今の俺には通じない。何度も同じ手は通用しないぞ。


 ぎんは頑強な意志により、少しも揺るがない。そんな彼をよもぎは揺すりながら、ふわっとした綿菓子のような甘えた声で言う。


「起きて、お兄ちゃん」


「ーー甘えてもダメだ」


「お願い……起きて」


 弱々しくも艶のあるよもぎの声に、心を揺れ動かされないようにぎんは無心になる。


「……」


「ーージェンガ」


 よもぎの会心の一言で、布団から起き上がる。


「ーーわかったよ。起きればいいんだろ。起きれば」


 ジェンガを出されたら起きるしかない。なんせ俺は敗者なのだから、『一位が一回だけビリになんでも命令できる』を今日使うのならそれは俺にとっても好都合だ。これで、何に怯えることもなく普通の日常が送れる。


「お兄ちゃん。愛してるの」


 不満が表情に滲み出ているぎんに、よもぎは微笑む。カーテン越しから差し込む光が照らす。それは天使のように眩しい笑顔だった。


 神々しいそれを見ても俺の答えはそうは変わらない。


「俺はそうでもない」


「いけずぅ」


 ハムスターみたいにほっぺたを膨らましご機嫌斜めのよもぎを、普通に流して話を進める。


「それで、今日はどこに行くんだ」


「どこでもいいの。今日はお兄ちゃんとデートがしたいの」


「そうか、デートか……」


 珍しい単語に、ぎんは考える人になる。


 デートとは、確か男女が二人っきりで遊びに行く事だったと思う。そうか、よもぎは一応女だがらデートか。それにしてもデートって、どこからどこまでがデートなんだ? 俺は昔からなずなとは二人でよく遊んだりしてるしな。あれは、デートだったのか? いや待てよ。あれがデートだとすると、俺はかなりの回数デートしている。デートマスターになってしまうんではないか? そもそもデートってなんだ? やばい、デートデート言いすぎて気持ち悪くなってきた。


 ぎんが一人の世界でああだこうだ考えてる間も、よもぎは声をかけ続ける。


「もしもーし。起きてますかー。聞こえてますかー。生きてますかー」


 やっと、よもぎの呼び掛けが届いたのか、ぎんは正気に戻った。


「ーーおお、すまんな。つい聞き慣れていない言葉だったものだから。そんでなんだっけ?」


「だから、デートするの。今日はどこに行くのかは全てお兄ちゃんに任せるの」


「デートってあのデート?」


「そのデートなの」


 ぎんは冷静に話を進める。


「ーーそれは一旦置いといて、いきなり行くところ決めろって言われても無理だ」


「大丈夫なの。きっとお兄ちゃんなら成し遂げられる。よもぎは信じてるの」


「信じんでいいわ。まぁ、仕方ないからやってやるよ」


 俺は学ぶ男だ。ここで嫌だと断っても、結局遠回りするだけでゴールは同じなのだ。そもそも下僕の俺に逆らう権利なんてない。


「それでこそよもぎのお兄ちゃんなの。それじゃあ、二時間後に駅前で待ち合わせなの」


「おい。急にーーってもう居ないし」


 よもぎは、「デート、デート」と口ずさみながら弾む足取りで部屋を後にするのだった。


 仕方ないから、一旦冷静にシャワー浴びて来るとするか。後の事はそれから決めよう。


 ぎんは重い足取りで部屋を出るのだった。

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