普通の一日②
今日は一段と長かった気がする。やっとの思いで昼休みになった。
いつものようにまさと一緒に学食に行き、各々注文した商品を受け取りテーブルに着く。間に会話を挟みながら俺はからマヨ丼、まさはカレーを食べている。俺達からそれほど離れていない場所で、三人の女子が楽しそうに会話を弾ませているのを見て、まさが尋ねてきた。
「なぁ、あの三人って最近仲良いよな」
「同じ部活なんだから当然だろ」
この三人とは遊部の女性陣、よもぎ、なずな、瀧崎さん。確かにここ最近は、三人でお昼も食べてるし、だいぶ仲が良いようだ。
まさしは怪訝そうな表情で言う。
「でもさ、瀧崎さんが話してるところなんて滅多に見なかったから、なんか不思議で」
「確かに、それはあるな。意外にあの三人は相性がいいのかもな」
まさの言う通り、少し前ならありえない光景だ。そう考えると、よもぎが来てから変わったように感じられる。そもそも部活を作ったのもあいつだし、三人の中でも中心にいるのはよもぎだしな。瀧崎さんにとってはいい出会いだったのかもしれない。
ぎんが熟考していると、納得の表情でまさしが口を開く。
「そうか、三人共まるで性格は違うけど、そこが上手く噛み合ってる感じか」
「よくはわからんけど、そうなんだろうな」
考えてみれば、よくあそこまで性格が違うのに噛み合うものだな。よもぎは自由人。なずなは冷徹。瀧崎さんは内気。これももしかして、よもぎのおかげなのかもしれない。あの三人の中によもぎがいなかったら、二人はあんなに仲良くはなっていない気がする。きっと、あいつが放つ独特な雰囲気が、周りを和ませ人を集める。これもまた才能なのかも知れない。名付けるならマスコットの才だな。
まさしは水を一口飲んだ後に、しみじみと言う。
「まぁ、同じクラスメイトとして嬉しくはあるわな」
「同感だ」
まさにしては良いことを言うと、感心してしまった。
「そういえば、今日も部活か?」
「多分あるけど、それがどうした」
ぎんが一瞬よもぎ達の方を見てから答えると、まさしが俯き気味で、言いづらそうに口を開く。
「いや、いいなーって。ーー俺だけ仲間外れだからさ」
「お前そんな事思ってたのかよ」
ぎんの言葉に反応して、まさしは顔を上げると強めの口調で言い放つ。
「思うに決まってんだろ! 前はずっと三人で居たのによ」
確かに、よもぎが来る前は、俺、まさ、なずな。大抵三人は一緒だった。あいつが来てからだいぶ変わったと思う。
まさしの気持ちを受け止め、強めに返す。
「女々しい事言うんじゃねーよ。お前にはボールと友達になるという大事な使命があるだろ」
「そうだった。俺はボールと友達になって、メジャーリーガーになるという夢があるんだった」
「それは野球だろ! お前がなりたいのはJリーガーだろ!」
期待を裏切らない馬鹿に突っ込みを入れると、馬鹿は言い返してくる。
「細かい事は気にするな。禿げるぞ」
「そのくらいじゃ、禿げねーわ!」
「そんなこと言ってると、直ぐにザビエルぞ」
「ザビエらねーわ! そして、今すぐお前はザビエルに謝れ」
不毛なやり取りが続く中。まさしは、やりきれないといった表情をすると、しんみりとした口調で呟く。
「ーー謝りたくたって、ーーあいつは、もういねぇ……」
「お前はいつからザビエルと友になった? ーー授業中か! そうなんだな。授業中になんやかんやあって、友になったんだろ! そうなんだろ!」
ぎんが捲し立てるが、まさしの表情は思い出を振り返っているかのような穏やかだった。
「実は、そうなんだ。最初の出会いは教科書だった。初めて、ザビエールっ! を見た時の衝撃は今でも忘れていない。あそこから俺達のーー」
「それ長くなりそうだから先に教室戻ってるわ」
言葉を遮り席を立ち上がるぎんに、まさしは力の限りを尽くし、威勢のいい言葉を吐く。
「乗ったんだったら最後まで付き合えよ! 鬼畜か! 鬼か! なずなか!」
実にいい突っ込みだ。特に最後がいいと、ぎんが関心のあまり頷いていた。少し遠くに座っていた筈のなずなが電光石火の速さでまさしに近づき、脛にローキックをねじ込んだ。まさしは椅子から崩れ落ち、芋虫みたいに縮こまる。なずなはそれを見下ろし、「虫が」と一言。踵を返し、その光景を見ていた笑顔のよもぎと、目を丸くする瀧崎さんの元へ、強者たる風格を醸しながら堂々たる歩みで戻るのだった。
「大丈夫か! 少年!」
そうよく響く声で、まさしの元へと駆け寄るのは、自称堕天使。どこから現れたのかはわからないが、堕天使なので気にするのはやめよう。まさしは白目を向いて気を失っている。相当な激痛が走ったに違いない。その姿を確認すると背負った。そして、一言。
「我に任せろ!」
キメ顔を残し疾風のように姿を消した。それを目の前で見ていたぎんは口をぽかんと開けたまま取り残された。遠目で見ていたよもぎ達も同じ表情だった。
なずなは地獄耳なのだと、ぎんのメモリーに深く刻まれた。そして、黒田は優しい男だが謎が多いい不思議ちゃんだと、ぎんのメモリーに更に深く刻まれ、今日一日でどれだけの事をメモリーに刻まれてしまうのか、空き容量が気になるぎんなのであった。
余りの授業、部活も終わり。沈みかけた夕日が照らす中、よもぎと共に下校をする。今日の部活について話しながら帰っていると、よもぎが変な質問を飛ばしてきた。
「お兄ちゃん。よもぎは一体何者なんでしょーか?」
「急になんだよ」
どんだけ自由人なんだよ。でもよもぎの正体は気になるな。今までは得体の知れない何かって事でふわふわさせてきたから、ここらで正体を暴いてやるか。
「制限時間は五分なの」
よもぎは手を広げて微笑む。ぎんは額に手を当て考え始める。
「えーっと。そうだなぁ……」
何者って言われてもな。空中から現れたんだから、人間ではないのは確定だろう。色んな物を出すし、だとしたら前にも言った事があるけど、アレかも知れない。
熟慮を重ねた末にたどり着いた答えを、ぎんはキメ顔で言いきる。
「宇宙人!」
「惜しいの!」
楽しそうに飛び跳ねるよもぎに、次こそは正解だと言わんばかりに言い放つ。
「地底人!」
「ナニナニ人から離れてほしいの」
的が外れたからか、よもぎは口を尖らせる。
確か、あいつ天界から来たとか言っていたな。もしかすると、アレか!
ぎんの脳裏に電光が走り、とっておきの答えを閃いた。
「わかった。天使!」
「ぶっぶー」
よもぎは腕をクロスさせバツを作ると更に口を尖らせた。ぎんはポンと手のひらを叩くと、納得した表情で答える。
「ああ、悪魔か」
「そんなわけないの。こんな真っ白いプリティー少女が悪魔なんてありえないの」
自分でプリティーって言う奴を初めて見てしまった。
「そうですね。それにしても難しいな」
「そんな事ないと思うの」
後、言ってないのはなんだろうな? そもそもこんなのわかるのは神様ぐらいしかいないだろ! ーーいや待てよ。もしかしてこの子。
ぎんは思わず生唾を飲んだ。そして、恐る恐る尋ねる。
「ーー神様なの?」
「うーん。当たっているような、気がしなくもないの」
珍しく思案顔のよもぎに、ぎんは怪訝そうな目を向ける。
「何だそれ、ややこしいな」
違うのかよ。もう何が何だかわからない。全然当たらないじゃねぇか。
ぎんが鬱屈とする中、よもぎはしょぼくれた表情で言う。
「あーあ。時間切れなの。お兄ちゃんに当ててほしかったのん」
「そんなこと言われてもな。ーーそんで結局答えは」
「知りたいの?」
小首を傾げるよもぎに、ぎんは立ち止まると身を乗り出して言う。
「当たり前だろ。ここまできて教えないとかは無しだぞ」
「うん。教えるの」
刻々と色を濃くしていく夕焼け。道端が夕日に照らされ鮮やかなオレンジ色に輝く中、「本当の正体は」と言ったよもぎは目を閉じ俯く。周りの空気が静寂に包まれ時間の流れがゆっくりと感じられた。
ぎんは固唾を呑んで待ち構える。やっとの事でよもぎは口を開いた。
「ーー妹なの」
顔をあげ微笑む。頬が夕陽に輝き、それは、まるで一刻ずつ姿を変えてゆくまぶしい夕空のように儚い笑顔だった。
いつもとは違う表情に見惚れ、ぎんは言葉を失う。何故そのような表情だったのかわかるわけもなく、そのまま家路につくのだった。




