普通の一日
朝七時半。リビングにて、まだ眠気が取れていないぎんは、呆けた表情で朝食を食べつつ前を見つめる。
流石に慣れてきた。よもぎが家に現れてから二ヶ月が経った。目の前でTシャツ一枚という淫らな格好でコーンフレークを食べている。自称妹だと言い張る謎の生物。それにしても、人間とは怖いものだ。こんな得体の知れないものでも、一緒に居るうちにだんだんと慣れてきてしまう。
初めて高校に入学した日の事を思い出す。浮き足立つ自分の姿。別世界に放り出されたかのような感覚。不安で胸がいっぱいだった。だけど、数ヶ月も経たないうちに、勉強に慣れ、クラスに慣れ、学校に慣れ、すぐに順応していく。人間とは面白い生き物だ。そして、もっと面白い生き物が、俺の前でコーンフレークをバシャバシャとかき混ぜている。来て間もない頃は喜んで食べていたのに、慣れてしまったようだ。だが、食べ物を粗末にするのは良くない。ここは、仮の兄としてしっかりと注意しようではないか。
ぎんはスプーンを置くと口を開いた。
「よもぎ。食べ物で遊ぶんじゃない」
「はーい。でもこれ飽きたの。チョコワがいいの」
「わがままばかり言うんじゃない。今度チョコワは買ってあげるから、今日はそれで我慢しろ」
「仕方ないから、我慢するの」
まだ納得いかないのか、不貞腐れながらもコーンフレークを口に運ぶ。少しすると、よもぎは問いかけてくる。
「お兄ちゃん。今日の部活は何するの?」
「そうだな。遊ぶと言っても、最近色々やりすぎてやる事がなくなってきてるからな」
遊部というだけの事はあり、部室でできるような遊びは大体やってしまった。なので、俺はお手上げ状態なのだが、よもぎはそうではないらしい。
「そうかな? まだまだあると思うの」
「なら、お前に任せるよ。部長」
考えなしに言った言葉に、よもぎは偉くご機嫌になる。
「もう一回言ってほしいのん!」
「部長」
ぎんが適当に言うと、よもぎは瞳を輝かせて人差し指を立てる。
「ワンモア」
「うるせーわ。早く食べないと置いてくぞ」
ぎんは顔を顰め言い放つと、よもぎは眉根に力を込めて言い返す。
「よもぎをナメるなよ! ーーいや、待つの。お兄ちゃんになら少しくらいナメさせてもいいかもなの」
わざとらしく、恥じらいつつの上目遣いをするよもぎに、カチンときたぎんは真顔で言う。
「マジで置いていく事に決めました」
「照れてるのが、バレバレなのん!」
肘で小突く仕草をするよもぎを無視して立ち上がる。
「じゃあ、行ってきまーす」
よもぎはゴルゴ並に険しい表情で、手のひらを突き出す。
「待って貰えると助かる。今こいつを片付ける」
「五秒な」
「それだけあれば、充分だ」
より一層ゴルゴに近づいた表情になるこの馬鹿は、何と戦っているだろう。考えるだけ無駄なので、「待て、待つんだ。ジョー」と叫ぶよもぎをリビングに置き去りにして、学校に行く準備を始める。支度が終わり学校に向かおうと玄関に行くと、「早く早く」と今にも走り出しそうなよもぎに出くわした。今日も結局一緒に登校する羽目になった。
教室に着き、自分の席に座る。よもぎも自分の席に着くと、クラスメイトが集まり始める。いまだによもぎは人気がある。この白くて小さいマスコット的存在がたまらないのだろう。女子もとい男子にも絶大な人気を誇っている。まぁ、容姿はいいし、頭も運動神経だっていい。そして、巨乳だしな。やれやれ、とんでもない化け物だ。
ぎんは心中でひとしきり語った後、窓の外を眺める。
「いい空だ」
「何が、ーーいい空だ。だよっ」
そう言って茶化してきたのは、朝練を終えたまさし事まさ。ぎんはまさしに視線をやると言い放つ。
「ただ、感想を言っただけなんだけど」
「そうなのか。でも普通は、一人教室で空についての感想は言わないわな」
まさのくせに常識的な事を言うものだから、ここは一つ本心を打ち明けよう。
「お前に言われると、なんだか腹が立つ」
「なんでだよ。理不尽だろ」
両手を広げてアメコミばりのリアクションを取るまさしに、ぎんは真面目な顔で言う。
「そうだな。悪かった。何も言われなくても腹が立つな」
「それは言い過ぎだろ」
「そんな事より、チャイム鳴ったぞ」
「うぃー」
丁度チャイムが鳴ったので、まさしを席へと促す。気の抜けた返事をしながらもまさしは席へと座った。
今日は一限目から英語なんだよな。授業かったるいな。でも、明日から休みだから頑張るか。
心の中で愚痴を溢していると、すぐにホームルームが始まった。




