負けた代償④
アイス屋さんに着き、各々アイスを注文した。なずなはストロベリーチーズケーキ。瀧崎さんはラムレーズン。よもぎはチョコ。ぎんはクッキーアンドクリーム。店内フードコートの四人掛けのテーブルに座った。場所は右手前から時計回りに、ぎん、よもぎ、なずな、瀧崎さん。アイスをみんなで黙々と食べていると、なずなが口を開く。
「よもぎちゃん。少し交換しない?」
「うん。どうぞなの」
「ありがとう」
よもぎはスプーンを咥えながら自分のアイスをなずなの前に出す。それをスプーンですくうと、口に入れた。なずなからはおいしい笑顔が溢れる。
「ーーうーん。やっぱりチョコも美味しい」
「ーーなずなのも美味しいの」
よもぎは同じようになずなからアイスを貰い、小さなお口に入れると、幼さの残る笑顔を見せた。
二人して、本当に美味しそうに食べるな。ただ俺の選んだアイスが最強だけどな。このクッキーアンドクリームというアイスを作った人間は、最早人間ではないと思う。これは完全に神業としか言いようがない。大人から子供まで嫌いな人はいないだろう。この口に入れた瞬間にココアパウダーの香りが鼻を突き抜け、そしてその後にバニラビーンズの香りがそれを追いかける。噛んだ瞬間にクッキーのサクッとした感触。それも普通のクッキーとは違うこのザクザク感がたまらない。その後バニラの味が口いっぱいに広がる。クッキーとバニラが口の中で交わり、社交ダンスをしているかのように踊り出す。これはもう、アイスの王様と言っても過言ではないだろう。
ぎんはアイスを咀嚼し飲み込むと、顔をほころばせて一言。
「ーーうまい」
無言でラムレーズンを食べる瀧崎さんは美しい。俺の二番目に好きなのがラムレーズンだ。もし、瀧崎さんが男なら貰いたかったが、そうもいかない。ラム酒独特の香りを持っている為、ラムレーズンは好き嫌いが別れるアイスだと思う。ただ、好きな人にとっては、気が狂いそうになる程の美味しさ。いつも、クッキーアンドクリームかラムレーズンどちらにするか迷う。そのくらいに拮抗している。そんな俺が好きなアイスを美味しそうに食べる彼女。その光景をおかずにクッキーアンドクリームを食べる。なんと、至福の時。
ぎんはアイスを食べつつ瀧崎さんを見つめていた。すると、瀧崎さんがアイスを食べる手を止め、訪ねてきた。
「何か、ついてますか?」
「い、いや、何もついてないけど。ただ、美味しそうだなって……」
急に声を掛けられたから包み隠さず言ってしまった。最悪だ。変人だと思われたかも。
自分の失態に落ち込んでいるぎんに、アイスを向ける瀧崎さん。
「よければ、食べますか?」
天使かああああっ! 心で叫び冷静さを取り戻してから、返事をする。
「ーーはい。それじゃあ頂きます」
「どうぞ」
出されたアイスを震えたスプーンですくい口に入れた。興奮のあまり味がよくわからないが、言わせてほしい。
ぎんは涙目になりつつ重い口を開いた。
「ーー今までで食べた中で一番美味しい」
「それは良かったです」
瀧崎さんは会心の笑みを浮かべる。それに見惚れてしまっているぎんに、隣で楽しげに会話しながらアイスを食べていた二人から言葉の槍が飛んでくる。
「お兄ちゃん。顔がだらしないの」
「顔がアイスみたいに溶けてる」
「そんな事ないぞ! アイスはやっぱり美味しいなー」
とぼけた表情でぎんはアイスを食べる。それに呆れる二人は言う。
「白々しいの」
「ただのアホね」
「なんでそうなる。奢ってやったんだから少しは敬えよ」
全く失礼な野郎だ。どんな教育受けてるのか知りたいもんだよ。
ぎんの言葉に三人は答える。
「ありがとう。お兄ちゃん」
「そこだけは、感謝してる」
「私もありがとうございます」
「うむ。苦しゅうない」
適切な教育を受けているようだな。関心したぞ。
ぎんが腕を組み頷いていると、二人のスプーンがぎんのアイスを襲撃した。
「貰いなの」
「私も」
よもぎとなずなは俺の大事なクッキーアンドクリームを奪い口に入れた。許すまじ!
ぎんは二人に向かって鋭い眼光を向ける。
「おい。何勝手に食ってやがる?」
悪びれる様子もなく、無視して自分のアイスを食べている。これは、お仕置きが必要だなと考えていると、前から瀧崎さんが尋ねてくる。
「私もいいですか?」
「はい? ーーああ、どうぞ。是非食べて下さい」
一瞬意味を理解するのに時間が掛かったが、なんとか普通に対応できたな。
「じゃあ、いただきます」
瀧崎さんはぎんのアイスをすくい、潤った桜色の唇を開くと、口の中に入れた。スプーンが口から離れると、笑顔が溢れる。
この女性陣はわかってない。本当にやめて貰いたい。男子高校生はウブなのだから、そう簡単にアイスとか貰わないでほしい。飲み物も論外。だって、好きかと思っちゃうじゃん。男子高校生なんて、三日連続学校で話し掛けられただけで、自分のこと好きなのかな? とか思うからね。後はボディータッチとかね。あれは絶対ダメだからね。やられた瞬間、こいつ俺の事好きだろ。と勘違いしたあげく告白して振られるからね。マジでやめてほしい。女子には細心の注意を払って、男子に接して貰いたいものだ。
男子高校生について長々と考えていると、よもぎが小首を傾げる。
「差別ですかな?」
「差別ではない。その人に見合った対応をしてるだけだ」
俺が差別などするわけがないだろう。小童めっ!
「なら、よもぎに一番優しくするべきなの」
唇の下に手を当て、首を少し傾ける。あざといよもぎを華麗に流す。
「はいはい。左様ですか」
「おい。このアイスがどうなってもいいのか」
よもぎはアイスを人質に取ると、下卑た笑みを浮かべた。それを説得するぎん。
「待て。落ち着け。話せばわかる」
なずなが二人に割って入る。
「何山門芝居やってんの。もうそろそろ帰るよ」
「そうですね。いい時間ですし」
瀧崎さんも同意する。よもぎの芝居はまだ続き、どこぞのマフィアの真似をする。
「そういう事なら、解放してやる。受け取りな」
ぎんはアイスを受け取り、芝居を続ける。
「交渉成立だな」
なずなはため息を漏らす中、瀧崎さんは微笑んでいた。午後七時を回っていたので、残り僅かなアイスを食べ終え、帰宅する事となった。コインロッカーに預けている荷物は、各々持ち帰った。もし家まで運ばせるつもりだったらどうしようかと思ったぜ。
やっと下僕から解放された。心技体ならぬ。心金体を大分使い切った。まだ、最後の方は普通に楽しかったから、よかったのかもしれない。だけど、もう二度と下僕はごめんだ。
もう当分賭け事はやらないと、心に誓ったぎんなのだった。




