時が経つのは早い②
ぎんは涙を堪えて必死に訴える。
「そもそも可笑しいと思う。せっかくの部活なんだ。もっと楽しみたい。みんなもそうだろ?」
「お兄ちゃん。たまにはいいこと言うの」
「たまには余計だぞ」
「まぁ、ぎんにしてはまともな意見ね」
「そら、どうも」
「私も賛成です。みんなともっと仲良くなりたいです」
みんなが共感してくれて本当によかったと、胸を撫で下ろしたぎんを横目によもぎが仕切り始める。
「その言葉を待ってたの。みんなで楽しく遊ぶそれ即ちよもぎを愛でること」
「違うから、お前は黙ってろ。今日は俺に任せておけ」
ぎんはドヤ顔をしつつ親指で胸を叩く。
「そこまで言うなら任せてもいいの」
無事に司会の座を奪い返す。これでサービス回続行だ。黒田よ、お前は家で一人シコシコゲームでもやっていろ。ははは。
「それで何やるの?」
「何をやるか楽しみです」
なずなと瀧崎さんのご要望に応えて、ぎんは高々と言う。
「ーーツイスターゲームだっ!」
「却下」
なずなに光の速さで否定されたがゾンビの如く喰らいつく。
「いや、そんな即答しなくても」
「するでしょ。下卑た下心が見え見えだから」
「そんなことないぜ。よもぎと瀧崎さんはどう?」
下心とかあるわけ無いだろ。ツイスターゲームとかただのゲームだからな。体と体が触れ合い、身体がツイストするんだぜ。しかも、二人の今着てる衣装はメイドとエルフ。なずなも一応制服だし、こんな格好でツイスターゲームしたら見えちゃいけないところまで見え、ーー落ち着け。一旦落ち着こう。今日の俺は可笑しいぞ。もう、何がなんだかわからないぜ。ふふふ。
なずなを説得はできないと思い。他の二人へと標的を変える。
「私やったことはないんですけど、なんかちょっと嫌です」
「そっか、残念」
だいぶ心を抉られたね。「なんかちょっと嫌です」より、傷つく言葉を今は思いつかない。
「よもぎもやなの。やる時はお兄ちゃんの部屋で二人きりの時がいいのん」
「黙れチビ」
「もう、ツンデレさんなの」
よもぎメイドに甘えた顔をされても今の俺には通じない。お前に付き合ってる場合ではない。俺はこのままだと大事なものを失う。作戦をフェーズツーに移行する。
自分の尊厳を守る為に、欲望を押し殺したぎんは唇を噛んだ。
「まぁ、今のは冗談だけどね。ツイスターゲームとかやる訳ないよねーー」
ぎんはカバンの中からあるものを取り出して机に置く。
「ーー本当はこれだ」
「ジェンガなのん」
「懐かしいかも」
「私やったことないです」
中々の好感触。流石はジェンガだ。ツイスターゲームは残念だったけど、またの機会にと言う事で今日はこれで我慢しよう。
「瀧崎さんもやったことないみたいだし、さっそくやってみよう」
「賛成なの」「腕がなる」「緊張します」
三人共やる気はあるようだ。ジェンガを箱から出し、机の上に置きゲームスタート。順番は時計回りで、ぎん、よもぎ、なずな、瀧崎さん。
まずはぎんが手早く真ん中から抜き取る。
「よし。まぁ最初の方は楽勝だよな」
「簡単なの」
「余裕ね」
二人続けてあっさりとクリア。
「じゃあ、行きます」
ジェンガ初心者の瀧崎さんは緊張して手が震えてるようだ。けど無事に抜いてから上に置くと胸を撫で下ろした。
「よかったです」
「そんじゃ、二周目行くぞ。ーーまだ余裕だな」
「ーーまだまだこれからなの」
「ーー後半が楽しみね」
「ーーみんな早いです」
瀧崎さん以外は躊躇なしに積み上げていく。三、四周目も危なげなくクリア。五周目に入りだいぶ歪な形になってきた。
「もうそろそろやばそうだな。慎重にいかないと」
ぎんがどれを抜くか迷っていると、よもぎが煽ってくる。
「はよ。はよしろなの。はよはよ」
「ずりーぞ。急かすんじゃねーよ」
「ずるじゃないの。これも一つの戦略なのん」
「確かにグレーゾーンかもしれないけど、どうかと思うぞ」
「何をしたって勝てばいいの。勝たなきゃ意味がないの」
「この野郎」
よもぎと言い合っているとなずなが鋭い視線を向けて来る。
「ぎん遅い。早くして」
「わかってるって。今やるから」
「浅井くん。頑張って」
瀧崎エルフが胸元の前で両手をグーにすると、笑顔で応援してくれた。俄然力が漲る。
「ありがとう。頑張るぞー。ーーじゃあこの下から三番目のやつをーーあれ? 抜けない。これーー」
ーーやばくない? 声にならなかった。
力が漲っても、あまりジェンガには意味がない事をここに宣言する。
今回、最初にルールを決めた。一度触ったブロックを変えてはならないという。面白くするために俺が決めたルールが自分の首を締めることになるとは、だが落ち着け、少しずつ叩いて抜くしかない。
ぎんは選んだブロックを人差し指で優しく叩く。
「……後ちょっとだ。……よし! 抜けた」
固唾を呑んで見守っていた三人が口を開く。
「ちぇ」
「崩れればよかったのに」
「すごいです」
「ふう。よかった」
よもぎは舌打ち。なずなは悪たれ。瀧崎さんは感心。 ぎんはブロックをずらして上に置いた後、汗を拭った。
あの二人どうなってやがる。まぁ、勝負事だから仕方ないけどよ。それにしてもトントン作戦上手くいったな。そして極め付けにブロックずらし。ずらして置く事によりどんどん難易度が上がっていく。これは最初からやっていたから、もうそろそろ崩れる頃だろう。やっぱりジェンガ楽しいわ。
そんな気持ちはすぐに消え失せることとなる。五、六、七周目とぎりぎりの所でみんなはクリアしていく。そして八周目のぎんの番。かなり歪な形のジェンガ。それはもう息を吹きかければ崩れるのではないかと言うくらいに不安定だった。
それを目の当たりにすると愚痴が溢れる。
「楽しくねー。ここからどうしろと」
「お兄ちゃん。諦めるの」
よもぎになずなは共感する。
「そうね。私いちご牛乳」
「じゃあ、よもぎはお茶」
「私もお茶でお願いします」
「待て待て。まだ終わってないから。諦めてないから」
礼儀正しいので、瀧崎さんには負けなくても買ってあげようと思う。
これもジェンガを始める前に決めたルールだ。決めたのは俺。お金とか物を賭けてゲームをするのは嫌いだけど、ジュースくらいならいいだろうと思ったが、間違えだったかも知れない。また自分の首を締めることになるとは、まぁ、ジュースくらいなら安いもんだ。なんせまさとのテスト勝負で快勝したからな。一ヶ月分浮いている。だから奢るのはいいんだ。だけど負けるのは嫌なんだ。ならば抜くしかあるまい。
意を決して、できるだけ抜きやすそうなブロックに触れた。けど抜いたら崩れそうな気しかしなかった。
「これ。やばいかも」
「男らしく抜いて見ろなの」
「早く抜きなさいよ」
「浅井くん。頑張って抜いて」
ーーなんだろうこの気持ち。女の子に抜いて抜いて言われるとなんだか気持ちがいい。でもすごい背徳感。
ダメだ余計なことは考えるな。今はジェンガに集中しろ。俺は抜くしかないんだ。
「いっけー。ーーおっ。これはセーフなんじゃ?」
スッと抜いた瞬間ゆらゆらと揺れるが倒れない。
「早く上に置いてほしいの」
「わかってるって。ーーほら」
よもぎに急かされ持っていたブロックを上に置き、このドヤ顔である。
「ガシャン。ガラガラガラッ」
ドヤ顔同時当選である。ジェンガが崩れた事によりみんなの視線が集まる。
「ーーえっ? びっくりしたー」
「すごい音するんですね」
「よもぎもびっくりなのん」
「そうでもないでしょ」
「てか、俺の負けかよ」
一番驚くぎん。眼を見張る瀧崎さん。あざといよもぎ。クールななずな。そして負けたぎんに各々が言う。
「そうなの。早く買って来いなの」
「ぎん。行ってらっしゃい」
「それじゃあ。お願いします」
「わかってるよ。いちご牛乳にお茶二つでいいんだろ」
自分が決めたルールだから逆らう余地もない。念のため一応確認をするとよもぎが笑顔で答える。
「あとお菓子も食べたいの」
「なんでそうなる。コンビニまで行かなきゃいけなくなるだろ」
そんなルールはないので抵抗するぎんによもぎが一言。
「妹を愛でる会」
よもぎの視線だけで、逆らったら(殺)と言っているのがわかったので渋々了承する。
「わかったよ。買ってくればいいんだろ」
「お兄ちゃん。大好き」
「はいはい」
メイド服の効果なのか少し胸が締め付けられた気がした。
ぎんは重い足取りでコンビニへと向かった。無事に買い物を終え部室に戻る。それから再びジェンガで、二、三回戦と遊んだのだが全てビリ。そのせいで明日の放課後が大変な事になるのを、この時のぎんはなんとなく予想していたのだった。




