大掃除
放課後になりまさと帰ろうと思っていると、よもぎに声をかけられた。
「お兄ちゃん。こっち来るのん!」
よもぎの周りはいまだに人は集まるものの、以前ほどではない。なので、普通に一人で行動できるようになったのだ。俺にとってはそれほどいい事ではないが、あいつを邪険にすると周りの目が痛いからな。特に男子の。
「ったく。なんだよ」
「いいから来るの」
はやくはやくーと、手招きするよもぎ。
「わかった。今行くからーーまさ。ちょっと待っててもらってもいいか?」
「おう。それはいいんだけど、俺もちょっと部活の先輩に呼ばれてんだよ。それが終わったら連絡するんでいいか?」
丁度まさにも用事があるようだ。これで心置きなくあいつの相手ができるな。まったくもってしたくないんだけど。
「それでいいわ。そんじゃまた後でな」
「おう。またな」
まさしは軽く手を挙げ教室を後にする。ぎんもよもぎの元へ駆け寄った。
「それじゃ行くのん」
「どこにだよ」
「着いてからのお楽しみっ」
「さようですか。まぁ、いいや。ならさっさと行くか」
「うん。レッツゴーなのー!」
よもぎは笑顔でそう言いながら教室を出る。その後ろをついて歩くこと三分。場所は二階一番置く。なんの変哲も無いただの教室だったが散らかっていた。
「ついたの」
「ーーなんだよここ?」
笑顔のよもぎに比べ、浮かない表情のぎんは辺りを見回す。
確かここって、今は使われていない教室だよな。また何か企んでるのか。
「お掃除するのん!」
「えー。なんでだよ」
やる気満々のよもぎに対して、ぎんはうなだれていた。
「この前話したの。ここを掃除すれば部室として使っていいのん」
「ああ、確かそんな事言ってたっけ。それにしても気が早くないか? 部活の申請は出しただけで、まだ受理されるとは限らんだろうに」
そうそう。部活が始まったらやればいいんだよ。めんどくさい事はやらなくていい。俺は出来るだけ省エネで生きて行くんだ。
「何を言っとるのかねちみ。そんなの受理されるに決まっとるだろう。まったく最近の若者はこれだから困る」
「いったい誰だよ。いきなり変なスイッチ入るよなお前
」
学校の先生という職について、早20年のベテラン先生の真似をしているだとしたら、かなり似ているな。
「お前とは失礼な。まったく最近の若者はこれだから困る」
やれやれと呆れた表情で首を振るアホに、突っ込まずにはいられない。
「それ、さっき聞いたわ! これじゃ、いつまで経っても話し進まねぇぞ!」
「ははは、若者にしてはなかなか言うではないか、それでは早速取り掛かるとするかね。君はそこを頼むよ」
よもぎは教材などがやたら散らかっているところに指をさし、命令を下す。かなりのドヤ顔で。反論したいところだが、どうせ片付けに入るのが遅くなるだけとわかっているし、「はいはい」と軽く返事をした。
「素直でよろしい。ーー私はこのモッピー君で床をふきふきするのだ」
モッピー君て誰だよ! そもそもそのモップどこから出したんだよ?
ぎんは口を押さえつつ下を向いた。
あっぶねぇ。危うく口に出しちまうところだったぜ。出したら最後、いらないやりとりが増えるからな。
ぎんはよもぎに言われた通り、教材などをまとめていくが、量が多いためかなり時間が掛かりそうだ。
誰か助っ人はいないかと考えた俺は、ある人物を思い浮かべた。なずなだ。あいつも一応は部員なんだから、やって貰わないと困る。善は急げと言うように、俺はこのアイデアをよもぎに打ち明けた。すると、「なずなは用事があるらしいの」と言われ、絶望しかない。
そこで俺は諦めた。諦めるのが早いと思った人もいるだろうが、諦めも肝心だと俺は思う。
諦めた俺は更にペースを上げた。
よもぎはというと、モップで床を拭いているのだが、ふざけてるようにしか見えない。滑って遊んでいる。
これは、兄として見過ごせない。本当の兄ではないけど、一応な。
「おい! よもぎ!」
「へっ? ーーうわわわわわわ」
ぎんの張り上げた声に、驚いて振り向くよもぎは盛大にコケた。マップを放り投げ、ヘッドスライディングしたのだった。その結果スカートが捲れ純白のパンツが露わになった。
ふむふむ。白か、それにしてもなんだろう。この罪悪感は、小学生のパンツを見てしまったようなこの感じ。
まぁ、コケ方は完全に小学生レベルだったし、そこはあっているのだが、なんというか、健全な男子高校生なら、もっとこう、なんて言えばいいのか、興奮するものだろう。よもぎって可愛いし、スタイルもいいしな。
ーーまさか、妹だからという理由なのか! だとしたら。俺は、もう……認めてしまってるという事なのか……。
「いてててて、急に声かけないでほしいの」
「ーーなんてこった」
よもぎは膝をぶつけたのか、膝をさすりながら起き上がると、服をパンパンと払い埃を落とした。
ぎんの方を向くよもぎはほっぺたを膨らませていた。だがぎんはその顔を見てはいなかった。何故なら、四つん這いになっていたからだ。「くそーっ」と言いながら床を叩く姿は、大事な人を救えなかった主人公のようだった。
その謎の行動に、よもぎは小首を傾げた。
「お兄ちゃん。なにがあったの? 白じゃダメだったのん?」
「別に、なんでもない。自分の順応性に嫌気がさしていただけだ」
ゆっくりと立ち上がりつつ、返事を返した。パンツの色にはまったく触れなかった。でも、白はいいと思うぞ!
「そうなの。お兄ちゃんは悩み多き年頃なのん!」
「ははは、そうなんだよ」
特に最近悩みが増えた気がするな。ははは。
「何かあれば、よもぎがなんでも聞いてあげるの」
よもぎは、自分に任せとけと言わんばかりに、自分の胸を叩いた。ぽよんと、音が聞こえるほどの弾力。ぎんはその姿を目の当たりにしたが、何も感じず、ただ棒読みで返事をした。
「あーそれは心強いな」
「でしょでしょ。よもぎちゃんは心強いマン」
「うんうん。強いマン強いマン」
「へへへー」
えっへんと、腰に手を当てるよもぎに、ぎんは適当な返事で返すが、よもぎは表情をほころばせていた。
いつもなら、「適当はダメなの」とか言うのにな。今日はご機嫌らしい。
それにしても、適当に言った言葉にそんな純粋に喜ばれると心苦しいのだが。
まぁ、いいか。めんどくさいのよりは全然マシだな。
「よっし。気を取り直して掃除だ、掃除。ーーよもぎもちゃんとやれよ。このままじゃ終わらないぞ」
「はーい。さっきよりも勢いよく滑ることにするのん」
天高く突き上げられた純白で滑らかな小さな右手。そして謎のドヤ顔である。それを見て、ぎんは全身を使って論破する。
「返事だけはいいな! その滑るのをやめろ! さっき見たいにコケたら危ないだろ」
「お兄ちゃん……。そんなにもよもぎのことを思っていてくれたの。ーーよもぎ感激なの!」
「もうそういうことでいいからちゃんとやれよな」
うるうるとか言いながら両手で目をゴシゴシする。あざとすぎるよもぎを流す。
「了解しました!」
「ほんと返事だけは一人前だな」
よもぎは警察顔負けの敬礼を披露すると、ぎんは呆れた顔でため息をつく。何を勘違いしているのかよもぎは照れている。
「そんなに褒められても、パンツくらいしか見せないのん」
恥じらいながらスカートに手をかけるよもぎに閃光の如き速さで言う。
「褒めてもないし、パンツも見せんでいい」
「そ、そんな。パンツじゃ物足りないの……」
よもぎは潮紅させた顔を両手で隠した。その後色気のある表情で、「こ、の、お、ま、せ、さ、ん♡」 と、一言ごとに人差し指でちょんちょんちょんとぎんを指す。
「……」
流石に、ブチッという音が聞こえ気がしたが、俺は大人だから冷静にスルーする。そう俺は寛大な心の持ち主だ。イライライライライライラ。
「ーーもう。照れてるのー。お兄ちゃんかわいいの!」
「……」
ぎんの態度が気に食わなかったのか、よもぎはレイプ目になり、片言で喋り始めた。
「お兄、ちゃん、は、よもぎを、無視、しま、した。これ、より、ヤンデレ、モード、に、切り、替わります」
「へ? なんだって? ヤンデレモード?」
片言で聞き取りづらいのと、やばい空気というかあの表情に疑問形しか出て来ない。
ぎんは冷や汗を滲ませたいた。
あれか、あれだな。いつものやばいやつだ。どどどどうしよう。
「これ、より、殲滅、を、開始し、ます」
「待て待て待て。殲滅はやめておこうよ。ーーお、おい。こっち来るな! タイム使っていい? いいよな? タイム! タイム! タイーム!」
ゆらゆらと近づくよもぎにテンパりながらも御託を並べ、自分の前で必死にTの文字を作る。
あれか、さっきイライラしたからか? 心の中見えちゃう感じ? だとしたらすいませんでした!
「タイ、ム?」
ゴキッという音ともに首を可笑しいくらいに傾げる。よもぎ(ヤンデレモード)
「そうそう。タイムタイム。ほら、俺を殲滅したら、掃除とか一人でやらないと行けなくなるだろう?」
「掃除、そう、だ。掃除、を、しな、くては、そこの、ゴミ、を、掃除」
必死に後退りながら抵抗するが徐々に距離は縮まって行く。
「待てって、俺はゴミじゃないぞ!」
やばい。このままだとやられる。言いたくないがもうあれしかない。
「ーーお前のお兄ちゃんだ! ほら。思い出せ」
「お、兄、ちゃん?」
ぎんが生きるために言わざるおえなかった言葉。そう、お兄ちゃんという言葉に反応したのか、よもぎの動きがぎんの目の前で止まった。
「そうそう。よもぎのお兄ちゃんだ。そうだ。今日帰りにクレープでも食って帰ろう」
「クレー、プ?」
よしいいぞ。このままいけば大丈夫だ。攻めて攻めて攻めまくるぞ。
「そうだ。クレープだ。よもぎ好きだろ? ーーああそうだ。クレープを食べ終わったら、アニメイトにも行こう。そうしよう」
その言葉を聞いた瞬間。よもぎは目を見開いた。
怖えー。洒落になってないぞ。俺漏らしてないよな? 大丈夫だよな?
よもぎはゆっくりと口を開いた。
「ーーアニ、メイ、ト……アニメ、イト」
何かが舞い降りたのかよもぎの表情は一転した。いつもの可愛いよもぎに戻り満面の笑みで、
「ーーアニメイト。アニメイト行くぅ〜!」
「お、おう。そうだな。そうと決まれば、さっさと掃除だ」
「うん。よもぎちゃん。張り切っちゃうの〜」
顔が引きつっているぎんに比べ、よもぎは楽しそうに腕をまくりをし肩を回していた。
こいつさっきと別人じゃねーか! 勘弁してくれよ。俺ノミの心臓なんだからよ。あまり驚かさないでくれよな。
ふー。それにしてもよかった。今回もなんとか生き残った。生きてるって素晴らしい。
その後は人間離れした動きでよもぎが掃除をしたお陰で1時間もしない内に片付いた。余程アニメイトに行きたかったんだろう。俺としても早く帰れるからいいんだけどな。
まぁ、実際家に帰るのは遅くなるんだろうけどそれはそれでいいか。
「そんじゃ、部屋も綺麗になったし、行くか」
「うん。もう待ちきれないの。走るよ。お兄ちゃん!」
「走らなくていいだろ。お店は逃げないから」
「そんなのわからないの。足が生えて逃げちゃうかもしれないの」
「そんな事は絶対にないから安心しろ。俺が保証する」
「お兄ちゃんがそこまで言うなら信じるの。ならせめて早歩きで行くの」
「わかったわかった。そんじゃ行くぞ」
「ヨーイ、ドン!」
見事にクラウチングスタートをきったよもぎは疾風の如き早歩きで、すぐに見えなくなった。
取り残されたぎんは呆然と言った。
「ーー俺、行かなくていいよな?」
そう言いながらもよもぎを追いかけるのだった。
この後、クレープを食べアニメイトで買い物をした俺たちは無事に帰宅した。その後に気づいたことなんだがスマホに着信が30件もあった。誰からの着信なのかは言うまでもないと思う。
この次の日、まさに学食を奢ったのだった。




