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「ごめん、格好が似てたから、マルシェだと思ったんだ」

 少年はそう言ってぼくを乗り越えて飛び降り、カエルみたいに見事着地した。

 肩を踏み台にされて、前のめりになりながら、ぼくは顔を上げる。

「似ているって、ぼくが? マルシェさん、こんな格好をしていたの?」

「あぁ? うん、あいつ、ヒゲとかはいい加減だったけど、服装はしっかりしていたぜ」

 少年が頭をかき、答えた。さっきは気づかなかったけれど、なんと髪が水色だ。

 普通のショートカットだけれど、絵の具を零したみたいな鮮やかな水色で、もみあげだけが異常に長い。

 さっきの身軽さと合わさって、ぼくの脳みそは勝手に彼を“特殊な人間”と位置付けていた。

「オレの名前はセイ=ロメンス。セイでいいよ。よろしくな」

 セイは鋭くとがった八重歯を見せ、にかっと笑った。

 歳は、ヴォルトの見た目と同じか少し下ぐらいか……だけど、ヴォルトよりは背が低い。

 ぼくがセイを見ている間、セイもぼくを観察していたようだ。

「変な色の頭だなぁ」

 セイはぼくの髪をじろじろと見つめ、遠慮なくそう言う。

 君に言われても……、と思いつつ、ぼくは苦笑いしておいた。

 すると、そんなぼくに気づいたのか、セイが自分の髪の毛を少しつまんでみせた。

「地毛だぜ、これ」

「え?」

 セイの予想外の言葉に、ぼくは呆気にとられた。

 セイは髪を離し、つむじをぼくに突き出してみせる。生え際まで、すっかり水色だ。

「突然変異ってやつでさ、ちょうどオレに能力が生まれた頃、染まり始めたんだ」

「じゃあ、君も能力者なの?」

「そうだよ。おまえ、名前は?」

「セイ、初対面の人に、そんな口の聞き方ないだろう」

 ぼくらのやり取りを黙って見ていたブリッジスさんが、セイの水色頭を手で掴み、唸るように言った。

 ぼくは「いいんです」と首を横に振り、精一杯明るい笑顔を作った。

「ぼくはアラン。よろしく」

 ぼくは簡単に名乗り、自分から手を差し出す。

 すると、セイもにかっと八重歯を見せて笑み、ぼくと握手をした。

「アランな。じゃあ、オレが案内するよ。このアンダーグラウンドの中をさ」

「アンダーグラウンド?」

「あぁ、ここの名前だよ。地下の地下だから、アンダーグラウンド」

 セイは、かっこいいだろ、とまた八重歯を見せて笑う。

 なるほど、とぼくは頷いた。

「じゃ、行こう。紹介したい仲間はいっぱいいるからな!」

 セイはぼくの腕を強引に引っ張り、ブリッジスさんたちのもとを離れていった。


 ぼくは、強引なセイについて、マルシェさんたちの街を歩いて回った。

 実際に歩いてみると、上ほどではないけれど、やっぱりすごく広い。

 さっきも見たように、普通に家は建っているし、あちこちの街灯や家から明かりがもれているから、街はとても明るい。

 それに、行く先で何人もの人が気軽に声をかけてくる。

「セイ! そちらは新入りかい?」

「うん、マルシェが帰ってきたんだよ! あいつが連れて来たんだぜ、あのマルシェが! きっとなかなかやるぜ、こいつ」

 セイに大げさに紹介されるたびに、ぼくはなんだか気恥ずかしかった。

 それと同時に、また不安が湧き上がってきていた。

 ぼくは、今までロボットの兄弟たちとの交流を中心にしてきた。人間に接することなんて、ほとんどない。

 公司たちも、ほとんどロボットのような人間だった。誰もがお父様に忠実で、規則通りに動き、ミスを恐れる。

 いくら人間だと口で言っても、ぼくの中身はロボットだ。こんなふうに、自分の意思がはっきりしている人間たちに、受け入れてもらうことは、出来るのだろうか……。

 ぼくはセイに紹介される間中、そんなことばかり気にしていて、しばらく顔をうつむかせていたが、徐々にその不安は、ぼくの中から削除されていった。

 街中でセイに声をかける人々は、口々に、笑顔でぼくに「ようこそ」と言ってくれた。

 時には、握手もしてくれる。冷たい手だと思っただろうけど、誰一人として、それを口にしなかった。

 そのたびに、ぼくはすごく嬉しくなった。まるで自分が何もかもを許され、受け入れられたような気分になっていた。早く、ヴォルトにもこの街を案内したい。

 そうやっているうちに、ついにアンダーグラウンドの端まで着いてしまった。

 セイが言うには、この世界は箱型になっているらしい。トンネルのように、壁もコンクリートで固めてあるのかと思ったら、土が少し固めてあるだけで、指で掻いたらポロポロと落ちてくるほど、脆いものだった。

 こんなもので、ここは崩れたりしないの? とセイに訊くと、「キヨハルさんが作ったんだから、そんなわけないだろ」とあっさり返された。それと、「土がないと人間は生きていけないんだぜ」とのことだった。

 その後は、その壁に沿って、横へと進んでいった。途中、あの居眠りしていた門番、エドワールさんの隣を通ったけれど、エドワールさんはやっぱり寝ていた。

 セイが鼻の穴に指を突っ込んでみても、耳を思いっきり引っ張ってみても起きないので、これはもうだめだと諦めて、そこは通り過ぎることにした。

 街のほうへ目をやると、家が規則正しく並んでいた。やっぱり、最初に入ってきた時に正面に見えた、あの通りが一番大きな通りのようだ。商店も、そこに集中している。

 一体、どこからこんなにたくさんの家を作る材料を手に入れたのか……ぼくは聞きたかったが、だいたいセイから返って来る答えはわかる気がする。きっと、「キヨハルさん」という単語が入っているに違いない。

 マルシェさんの友人で、このアンダーグラウンドの創造者。

 そのほかにぼくが知っていることといえば、とても高度な能力を持っていて、とても人柄のいい人だった事ぐらい……。

 あのマルシェさんが「恐ろしい」と言ったほど、キヨハルさんはすごい人らしい。だから、ぼくも会って話をしてみたい、なんて思うけれど、もうそれも叶わない。

 キヨハルさんはもう、亡くなっているのだから。

「なぁ、おまえの髪も地毛なのか?」

 ついうつむき加減になっていたぼくに、セイが問いかけてきた。

 ぼくは顔を上げる。セイは頭の後ろに手を回し、こっちを向いていた。

「え? あぁ、うん。そうだよ」

 ぼくが頷くと、セイはぱぁっと顔を輝かせた。

 大きな目をまん丸にするその表情は、ティーマにそっくりだ。

「へぇ! じゃあ、オレたち同類だ」

 セイは嬉しそうに、八重歯を見せてにかっと笑う。あんまり笑顔が大きいから、全身で笑っているような感じがした。

 あまりに嬉しそうな表情に、思わずぼくも口元がほころんだ。

「なぁな、ちょっと手合わせしようぜ。ここなら、家に被害が行くことはないし」

 セイは好奇心いっぱいの顔でそう言って、何度かぴょんぴょんと飛び跳ねてみせた。

 突然のその提案に、ぼくははっと体を引き、首を横に振る。

「だ、ダメだよ。できない」

「なんで?」

「な、なんでって……」

 いくら公司館からは独立したといっても、ぼくはGXだ。

 自分で言うのもなんだけれど、相当の能力者じゃないと、ぼくと対等にやり合うなんて、とてもできない。

 だけれど、ここで「ぼくはGXなんだ、君とでは力の差がありすぎる」なんてこと言ったら、セイの反応は目に見えている。

 ぼくがGXだと告げた時のセイの反応を思い浮かべ、必死に首を横に振るが、セイは知らずに体をワクワクさせて、そんなぼくの行動を無視した。

「マルシェが連れて来た能力者はみんな、半端じゃなく強いんだぜ。じゃ、行くよ! 3、2、1!」

「えっ!? ま、待っ……」

 ぼくの言葉も聞かず、目の前からセイの姿が見えなくなった。

 はっと気づいた頃には、ぐいっと下に押される感覚とほぼ同時に、セイはぼくの頭を踏み台にして飛び上がり、ぼくの後ろに着地した。

「鈍いなぁ!」

 セイの声が聞こえて、ぼくは振り返った。なんて身軽なんだろう。

 踏みつけられた頭を押さえている暇もなく、セイがぼくに向かって腕を上げた。

 その瞬間、まるで重たい岩が突進してきたような、容赦ない攻撃がぼくを襲った。

 土の壁に体を打ちつけられて、ぼくの周りの土がボロボロと崩れ落ちる。

 間髪いれずに、またセイが攻撃してきた。しかし、今度は能力でなく、拳でだ。

 ぼくはとっさにセイの拳を手のひらで受け、体をずらした。

「ダメだよ、できないよ!」

 ぼくはセイの手を放し、反対側へ逃げる。

 しかし、セイはさも嬉しそうに追ってくる。きっと、日々こんな遊びをしているのだろう。

「なんだよ、もったいぶるなって。そんなに痛めつけたりしないよ!」

「そういうわけじゃない! ぼくは、君みたいな子とは……うわっ」

 また見えない何かに体が押され、ぼくはよろめいたが、今度はなんとか踏みとどまった。

 しかし、その瞬間、ぼくの体の中で重い音が響き、そして目の前が赤く染まりはじめた。

 まずい!

 ぼくはとっさに目を隠し、セイに向かって手のひらを広げた。

 目隠しをしていて見えなかったが、セイのほんの少しの驚きの声と、土壁に何かが当たる音がして、その後は沈黙が流れた。

 土の壁が少しずつ崩れ落ちる音だけが響く中、ぼくは、恐る恐る目隠しをしていた手を下げる。

 すると、壁にへばりつくように座り、ぽかんとしているセイの顔が目に入った。

 頭から水を浴びたようで、びしょびしょだ。

 しまった、と顔をひきつらせていたら、セイがすばやく飛び起きた。

 まさか、まだやるんじゃ、と、とっさにまた手を構えると、セイはさっきのように顔を輝かせた。

「なんだ、やっぱりおまえ、すごいんじゃん!」

 青い目をキラキラと輝かせ、ぼくのほうへ駆け寄ってくる。

 そして、意外な反応に呆気にとられているぼくの手を持ち上げて、まじまじと見つめた。

「水なんて、どこから出たんだ?」

 そう言って顔を顰めるセイに、ぼくはさっと手を隠した。

 なんでもない、と苦笑いしてみるものの、セイはまだ不審そうにぼくを見上げる。

「まぁ、いいや。大体わかったよ。マルシェが連れて来ただけのことはある」

 セイは腰に手を当て、まるでマルシェさんそっくりに口元を片方だけ上げてそう言った。

 そしてその後は、さっきと同じようににかっと八重歯を見せて笑う。

 ぼくも精一杯の笑顔を返したつもりだったけど、恐らくまだひきつっていた。

 まさか、ここの人たちは、毎日のようにあちこちでこんなことをやっているんじゃ……。

 そうだとしたら、ぼくはGXとしての能力を隠し通さないといけない。けれど、早速自信がなくなった。

 人間になるって、むずかしい。

 毎日こんなことをやっていたら、脳みそが爆発しそうだ。


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