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 シオンの体に巻きつけているこれは、服というより、長い布だ。

 指の先まですっぽり隠れるそでがついていて、胸の少し下のあたりを、シオンが“おび”と呼ぶ色の違う布でぐるぐる巻いてある。

 裾をひきずりながら、シオンは階段を一歩一歩大事そうに上がっていく。

 ぼくは未だ、シオンの体は腕以外、見たことがなかった。

 いつでもこの真っ白な布に覆われているから、つま先さえ見たことがない。

 もしかしたら、ないのかもしれない。だって、今だってちっとも足音がしないんだから。

 階段を上りきると、ふわふわの赤い絨毯の上を、お父様の部屋へ向かって進む。

 その間時々、シオンはちらりとぼくを振り返った。何かを気にしている様子だ。

 それでも、ぼくは「何?」とは聞かないでおいた。なんだか様子がおかしいし、何かあるのだったら、シオンから話してくれるだろう。

 もう、階段を何回上がっただろう。シオンの足元に気をとられ、数えるのも忘れていた。そろそろ、変えたて新品の膝の部品が悲鳴をあげてくる。

 まっすぐに歩くのは楽なのだけれど、階段とかで、足を上げたり力を込めたりするのは、メンテナンスのすぐ後だと、新しい部品との折り合いがうまくいかない。

 それから三度階段を上がり、ようやく、お父様のお部屋がある最上階へ辿り着いた。

 シオンは相変わらず一言も話さず、廊下を直角に曲がり、突き当たりのお父様の部屋へ向かう。

 この階には、公司長であるお父様の部屋しかない。

 もちろんこの階にも、天井からぶら下がる明かりはなく、赤い絨毯のほんの少し上に、足元を照らすための赤いライトがついている。

 赤は、お父様の好きな色だ。それに、お父様は闇を好む。

 ぼくはお父様の姿を見たことがない。だって、部屋はいつも暗闇に包まれていて、何もかもが見えないのだから。

 ティーマは、お父様に頭を撫でてもらったとか、褒められたとか、嬉しそうに報告してくることがあるけれど。

 ぼくはいつでも扉のすぐ側に立って、お父様に言葉で褒めてもらう。それに、こんな大きなぼくが頭を撫でてもらうというのも、おかしい話だしね。

 ぼくは足元のランプを意味もなく数えながら、シオンについて進んだ。

 やっぱり足音がしない。本当にシオンには足がないのか……今度、お父様にこっそり聞いてみよう……。

 シオンは廊下の一番奥にたどり着くと、その前でぴたっと立ち止まった。

 見上げても輪郭がどこなのかわからないほど、大きな黒い扉がある。

 シオンはまた少し進み、小さな手で扉を軽く叩いた。

「お父様」

 シオンが、そっと扉に囁きかける。

「シオンか」

 すぐに、お父様の声が、扉の向こうから返ってきた。

「はい。ゼルダも居ります」

 シオンは頷き、軽くぼくのほうを振り返る。

 その言葉に、お父様は歓喜の声をあげた。

「ゼルダ! そうか、早くお入り」

 急かすようにひとりでに扉が開き、ぼくらは中へ進んだ。

 ぼくの後ろで、軋む重い音を響かせて、扉が閉まっていく。

 それと同時に、真っ暗な部屋の一番奥で、お父様の優しい声が響いた。

「ゼルダ。あぁ……会いたかったよ。一週間も閉じ込めてしまって、すまなかったね」

「いいえ」

 お父様の声に、ぼくはにっこりと微笑んで、首を横に振った。

 そしてすぐに、申し訳なくなって頭を下げる。

「ぼくこそ、ごめんなさい。なんだか、記憶がとんでしまっていて……あんなことを」

「いいや、いいのだよ。ゼルダ。私の見落としがあった。あぁ、すまなかったね」

 お父様が辛そうな唸り声をあげる。

 お父様を苦しませてしまった。「本当にごめんなさい」と謝りたい気持ちでいっぱいだったけれど、ぼくは微笑み、首を横に振るだけにした。

 お父様は「いい子だ」と呟き、椅子の軋む音をさせる。

「ティーマやテイルがとても心配していた。すぐに顔をみせてやってくれ、可愛い姉妹たちに」

「はい」

 ぼくは微笑み、すぐに頷いた。

 きっと帰ったら、すぐにティーマのタックルをくらうことだろう。

「あぁ、お前はいつも素直でいい子だ、可愛い我が息子よ。さぁ、行ってやってくれ」

「はい」

 ぼくは深く一礼して、一歩後ろへ下がった。

 それと同時に、シオンが少し前へ進む。

「シオン、お前は少し私の側に居ておくれ」

 お父様が優しく頭を撫でるように、柔らかくそう言った。

「はい」

 シオンも返事をして、前を見据えたまま、頷くようにほんの少し頭を下げる。

 そしてぼくのほうを向き、「また今度」とぼくに微笑んだ。

 ぼくも同じく頷き、お父様へもう一度頭を下げる。

「失礼します」

 ぼくはそう言って、一人でお父様の部屋を出た。

 黒い扉に背を向けた途端、また重い音が赤い廊下に響き、扉がひとりでに閉まる。

 ぼくはそれを合図に、一歩一歩踏みしめてじゅうたんの上を進んだ。

 お父様は、いつだってお優しい。普通なら、怒鳴られても、罰を受けてもいいようなことをしたのに、あんなに優しく許してくださった。

 ぼくは、お父様のためになることなら、なんでもしよう。

 お父様はすばらしい人だ。


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