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099

 ――ぎゅっと目をつむったぼくの頬を、何かがかすめていった。


 痛みはない……外れたのか――?


 そっとまぶたを上げたぼくの目の前には、青い瞳を大きく見開いたシオンだけが見えた。

 まるで時が止まってしまったかのように、何ひとつ、ピクリとも動かない。

 ただ顔を囲む銀髪だけが、神秘的にふわりと揺れた。

「……シオン……」

 ぼくの声に、シオンがピクリと反応した。

 どこからか軋む音をさせながら、シオンがぼくを見下ろす。

 そんなシオンの胸からは、何者かの腕が突き出ていた。

「あの方を……どうか助けて……――」

 シオンが聞こえるか聞こえないかぐらいの声でそう言って、ついに瞳から色を失わせた。

 途端に、シオンを貫いていた腕と共に、シオンの体が持ち上がる。

「まったく、手間をかけさせて」

 聞き覚えのある女性の声が、ため息交じりにシオンの向こうから聞こえてきた。

 シオンの胸を突き破っていた腕を引き抜くと、ようやくオレンジ色の短髪が見えた。

「……マーシア」

「何だい、あんたに呼び捨てされる覚えはないね」

 マーシアは吐き捨てるようにそう言って、ぐったりと力を失ったシオンを乱暴に地面へ投げつけた。

 そしてもうひとつ、毒々しい色の液体がまとわりつく、小さな物体をシオンの隣に転がす。

 あれがぼくらの心臓部――。

 ぼくが完全に壊れたシオンをただ呆然と見つめていたら、突然マーシアがぼくの胸ぐらを掴み、引っ張りあげた。

 ぼくのほうがマーシアより長身だっていうのに、女性らしからぬ力で持ち上げられ、ぼくはただ力なくマーシアに吊るされる。

「この出来損ないめ。何のためにあんたたちを造ったと思ってたんだい」

 マーシアがぼくを睨みつけ、唸るようにそう言った。

 ぼくは衝撃的な光景が目に焼きついて、ただ首を横に振ることしかできない。

「人を殺すため? 生きるため? 違うね、あんたたちはお父様のために造られたんだ」

「……どうして」

 ぼくはただ一言、擦れた声をあげた。

「どうしてだって? それが定めじゃないか」

 マーシアはあっさりとそう返して、ぼくを地面へ叩きつけるように突き放した。

 ぼくはなすすべもなく地面へ倒れ、覗き込んでくるマーシアを見つめる。

「あんたたちを造りだしたのは誰だい? この地下世界の長、公司長さまだよ。あんたたちの作られた目的は、あの方の願いのためだ」

 マーシアがぼくの額に親指を突き立て、そう言った。

 目が焼けるように痛い……シオンとはまた違った威圧感が、ぼくを押しつけているのがわかる。

 ぼくがかつてゼルダだった頃のマーシアと、まったく違う――ぼくを本気で嫌っている目だ。

 気づけばぼくは、残った片手を小刻みに震わせ、何も言い返せなくなっていた。

 なぜだろう……怖い――まるでお父様がすぐ側に居るみたいだ――。

 額に突き立てられた指一本で、今にぼくの体を内側からぐちゃぐちゃに壊してしまいそうな気さえする。

 全身が唸った――ものが考えられなくなる――力が抜けて……――しまった、消される!

 ぼくはとっさに右腕に力を入れ、精一杯体を捻った。

 マーシアの瞳が赤く染まる前に、指先が離れ、マーシアが悔しそうに舌打ちをする。

「役立たずが、あいつと同じように大人しく消されてしまえばいいんだ」

 マーシアのその言葉に、ぼくははっとした。

 まさか――

「ヴォルトは!?」

「消してやったよ。もとはといえば、あいつが元凶なんだ。最初の裏切り者だからね」

 マーシアがそう言い、口元を歪ませる。

 見たこともない表情を前に、ぼくは目を見開いた。

「嘘だ!」

「嘘なんかじゃない、たった今、あんたがこの役立たずに追い詰められいてる間に、この指で消してやったよ」

 マーシアが自慢げに細い親指を掲げ、ふんと鼻を鳴らす。

 前にぼくがゼルダと戦った時、確かに強制終了させたと思っていたゼルダを、お父様にしかできない方法でテイルが目覚めさせたことがあった。

 ぼくらに記憶されたデータを消し去ることは、お父様にしかできないこと。

 マーシアも、あの時のテイルと同じように、その能力をもらっていたとしたら――。

「そんな……それじゃあヴォルトは……本当に……」

 動かない口から、小さな擦れ声が漏れた。

 ぼくは地面に膝をつき、ただ呆然と前を見つめる。

 ――ヴォルトが……消えた――

「……そんな……だって今までずっと……一緒に居たのに……」

「ふん、嘘なもんかい。あんたも見ただろう。公司ごときに傷つけられて、気を失うあいつを」

「嘘だ! そんなの絶対――……!」

 その時、どこからか生暖かい風が吹き、ふわりとぼくの頬を撫でた。

 風……? いや、違う。これは――

「いや……やっぱり嘘だ」

 ニヤリと笑ったぼくに、マーシアが顔を顰めた。

 次の瞬間、ゴッと風を巻き上げる轟音と共に、マーシアが炎に包まれた。

 細い悲鳴をあげ、地面へ崩れ落ちるマーシアの後ろで、ヴォルトがふんと鼻を鳴らす。

「誰がお前なんかに消されるか! この体は俺が造ったんだぞ。お前たちとは出来が違うんだよ!」

 やっぱり、消されてなんかなかったんだ……!

「ヴォルト!」

「指一本で消されるほど、やわじゃないんでね」

 ヴォルトは吐き捨てるようにそう言い、腹を押さえてこちらへ向かってくる。

 しかし、やはり抉られたような傷が残っていて、少し辛そうな表情だ。

 手のひらでは覆い隠せないほどの傷口を見て、眉を寄せたぼくに、ヴォルトは苦笑いしてみせた。

「情けねぇ顔してんじゃねーよ、どいつもこいつもバカだな」

「そんな言い方ないだろ。本当に心配したんだよ! いきなり気を失ってしまうから!」

「仕方なかったんだ。自分から強制終了しないと、暴走しちまうところだった」

 ヴォルトはそう言って、また少し顔を顰めた。

 傷口が傷むんだ。ヴォルトをこれほどまでに苦しめるなんて……どうやら相当のダメージをくらったらしい。

 それなのにぼくは……――ぼくだって、まだ全力を出し切ったわけじゃない。

 たとえからっぽだって、体ひとつあれば、まだ何か守れるかもしれない。

 ぼくは軋む足に力を入れ、なんとかその場に立ち上がった。

 よろめくぼくをヴォルトは片手で支えながら、炎を上げてうずくまるマーシアを睨みつける。

「いつまで這いつくばってんだよ。あんたに俺の炎がきくわけがないってことは十分わかってる」

 唸るようにそう言うと、炎の中でマーシアがニヤリと目を細めた。

 そして片手を振り上げ、体にまとわりつく炎を振り払い、ゆっくりと立ち上がる。

「上等だよ、このあたしに膝をつかせるなんて。あんたが残っているのに気づかないなんて、あたしも劣化したかね」

「老化してんじゃねぇの」

 ヴォルトは生意気にそう言って、鼻で笑ってみせた。

 マーシアが少し顔を顰め、ヴォルトを睨みつける。

「運がよかったね、あんた。もしお父様があんたたちを壊して来いって命令をくださったら、今この場で粉々にしてやったのに」

 マーシアはそう言って軽く舌を鳴らすと、指を一本振り、シオンを自分のもとへ引き寄せた。

 そしてボロボロのシオンの身体を抱きかかえ、意味深な笑みを浮かべる。

 かと思いきや、突然シオンが目も眩むような光に包まれ、ぼくは思わず硬く目をつむった。

 そして、ぼくが目を開いた次の瞬間には、シオンの姿はどこにも残っていなかった。

 ただ、マーシアの真っ赤な瞳だけが、真っ直ぐにぼくらを睨みつける。

「お父様からのご命令だ」

 マーシアはそう言うと、唇の片端をにやりと上げた。

 何のくずかもわからないほど燃やし尽くされてしまったシオンが、パラパラと地面へ落ちていく。

 ぼくらは唖然とその光景を見つめながら、ただの一歩も動くことができなかった。

 マーシアがそんなぼくらをあざ笑いながら、ぼくらに背を向ける。

「こんなにボロボロなんだ。あんたたち、修復できないぐらい、こいつらを痛めつけておやり。ただ壊さぬ程度に……お父様の気晴らしにぐらいなるようにね」

 マーシアがそう言った途端、どこからともなく大勢の足音が聞こえてきた。

 辺りには、ぼくが凍らせておいたはずの公司たちが、いつの間にかずらりと並んでいた。

 マーシアが最後に一度振り返り、皮肉っぽく笑った。

「せめて一分ぐらい、二人でこの街を守っておやりよ」

 その言葉と共に、マーシアの姿が目の前から消え、そして大勢の公司がこちらへ向かってきた。

 ぼくらはその歓声とも呼べる騒ぎの中で、ボロボロの身体を揺らす。

「……やれるか」

 ヴォルトが腹を押さえたまま、呟くように問いかけてきた。

 ぼくは苦笑いし、とりあえず頷く。

「……無理」

「だろうな」

 ヴォルトはため息交じりにそう言うと、突然自分の首に掴みかかった。

 そして首に指を突き刺し、チップのようなものを自分の身体から抜き取った。

 とたんにヴォルトの目が赤く染まり、今まで感じたこともないほどのプレッシャーが、辺りに圧し掛かる。

「持って十秒だ。マルシェを呼んで来い!」

 ヴォルトがぼくを突き飛ばし、そしてその手が宙を切った。

 とたんに公司たちの直前に炎が上がり、その壁に足止めされる。

 すごい……ヴォルトにはまだこんなに力が残っていたんだ。

 でも、言っていたとおり、こんな無茶はきっと長くは続かない。

 ぼくは頷き、そしてセンターへ向かってテレポートした。


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