第1話 トラックが来ない
目の前に、ボールを追いかけて走る女の子がいた。
その先には片側二車線のでかい道路。
これだ。
俺は走った。人生で一番速く走ったと思う。
「あぶない!」
女の子の体をがしっとつかんで、歩道のほうに放り投げる。
そして目をつぶり、迫り来るトラックの衝撃に備えた。
これで俺の二十九年も終わりか。
運送屋のバイトで荷物を運ぶだけの毎日だった。
そこそこの家に生まれ、チョイ下の高校を出て、だいぶ下の大学に入り、カスみたいな単位しか取れずに二年で除籍。
運動もダメ、勉強もダメ、ゲームすら下手くそ。取り柄がなさすぎて、逆に自分をほめたくなってくるレベルの人生だった。
でも、それも今日で終わりだ。
ここでトラックにはねられて、異世界転生。
チート能力で無双して、ハーレム作って、うっひょひょーい。
……あれ?
来ない。
薄目を開けると、道路はがらがらだった。
「え、なに今の……」
「あの人、女の子投げなかった?」
「警察? 警察呼ぶ?」
まずい。
俺が「あぶない!」とか叫んだせいで、めっちゃ人が集まってきてる。投げた女の子は歩道で大泣きしてる。
逃げよう。
すたこらさっさ。
「はぁ、はぁ……ここまで来れば大丈夫だろ。ったく、なんでトラック来ねぇんだよ。うおっ」
何もないところでつまずいた。
顔面から地面に突っ込んで、そこで俺の意識は途切れた。
◇
目を覚ますと、そこは病院のベッドの上、ではなく、一面まっしろな空間だった。
目の前にジジィがいた。
「ずいぶんダサかったのぉ」
「え?」
「いや、ダサかったなって」
「な、何が? っていうかどこ? ここ」
「ここはいわば天国じゃよ。死んだ生き物の魂が集まる場所じゃ。で、それはいいとして、おぬしの死に方ダサすぎなんじゃが?」
「えっと……どうだっけ」
「少女を助けたかったんじゃろうが、トラックは来んし、何もないところで転んで顔面打つし、それで脳出血でそのまま死ぬとか、ちいとダサすぎじゃ」
「うっ」
「それに少女を適当に放り投げるもんじゃから、あの子、指の骨折れとるぞ。病院で発覚して超恨まれとる」
「えぇ……」
思い返してみれば、我ながらダサいというか情けなさすぎる。
いや待て。
死んで、目が覚めたら白い空間で、目の前にジジィ。
これ、異世界転生物の序盤そのまんまじゃないか?
「まぁ、そうじゃな。ダサかったとはいえ、俗にいう“異世界転生”には成功しとるからの」
きたな、これ。おい。マジかマジかマジか。
まずは能力決めか? 神様の祝福的なやつ。
定番だと取得経験値アップが強いよな。相手のスキルをコピーしたり奪ったりするのもいい。
種族選びがあるなら、絶滅した古代種とかもアリだ。
職業を選ぶタイプなら、不遇職を選んで実は最強でしたーってやつ。テイマーか? 無難に勇者か? 暗殺者も闇に潜む感じでかっこいいよな。
ステータスを割り振るタイプなら速さ極振りが……
「あー、盛り上がっとるとこ悪いんじゃが、この世界はスキルじゃよ」
「スキル?」
「それも好きに決められるわけじゃなくての。十柱の神による評議会にかけて、八票以上もらえたら認可される」
スキルかぁ。まぁ、なんもないよりはいいか。
しかし評議会ね。天国も一人じゃ回せないんだな。
強すぎるとバランスが崩れるとかかな? 自分たちが作ったものを、よくわからんやつにぶち壊されたら気分悪いもんな。
ってことは、どこまでがセーフなんだ? 過去に通ったスキルの一覧とかないのかな。
「残念ながら見せられんのぉ。個人情報とか、うち厳しいから。試験でも採点基準を明かさんやつあるじゃろ? あれと一緒じゃ」
「そっかぁ」
「あぁ、でも複数出して、通った中から選ぶのはアリじゃから、何個か考えるのが普通じゃな」
さすがに一覧はダメか。でも複数いけるなら、考えがいがあるぞ。
……ん?
俺、今の声に出してたか?
「言い忘れとったが、おぬしの考えは筒抜けじゃからな」
「おい、マジかよジジィ。さっき個人情報に厳しいとか言ってなかった? 頭の中って一番の個人情報だと思うんだけど」
「昔、転生者のふりしてここに来て、めちゃんこ暴れたやつがおっての。それ以来、ここにいる間は思考を開示してもらっとる」
「え、こわ。そんなやついんの?」
「だいぶ前じゃがの。単身で乗り込んできて、六柱ほど殺していきおった」
「すげぇなそいつ。神って倒せるんだ」
「生き物の延長線上におるからの。普通に死ぬぞ。ちょっとコツはいるが」
「じゃあ、死んだ神がここに転生しに来たりすんの?」
「わしらは人格をしまっとく魂が体の中にないからのぉ。死んだらそれっきりじゃないかの」
「へぇ」
「……まぁ、多分じゃが」
さらっと怖いこと言うな、このジジィ。
まぁ、俺には関係ない話だ。
「よくわからんが分かったぜ! 早速スキル考えたいんだけど、ここでいい?」
「こっちの部屋じゃ。この紙に、スキルの名前と能力を書くんじゃ。足りんくなったら、そこの棚にあるからの」
「サンキュー! 締め切りっていつ?」
「だいたい一週間じゃな。砂時計を置いとくから、落ちきったらリミットじゃ」
「了解」
「あと暇つぶし用に、そこにDS Lite置いとるから遊ぶといいぞ」
「おぉ、DS」
「ただし水色のほうは使うな。わしのじゃ。それとポケモンやるなら、ダイヤモンドとブラックはやるなよ。それもわしのじゃ。勝手にセーブデータ消したら許さんからな」
「おじいちゃん、趣味ちょっと古くない? 3DSどころか、DSiですらないの?」
「DSiなんぞ、カメラが付いとるだけじゃろうが」
「え、人の顔撮って、その顔がついたプロペラを撃ち落とすゲームなかった?」
「それは3DSからじゃ。DSiのカメラは、人の顔を歪めるくらいにしか使わん」
「そうだっけ……まぁいいや。じゃあ、一週間後な」
「いや、わしは基本このドアの向こうにおるし、DS取りに来るから普通に会うと思うんじゃが」
「あ、そう」
部屋に入ろうとしたところで、ジジィが「あ、そうじゃ」と呼び止めてきた。
「一個だけ、わしのおすすめのスキルも書いといてくれんかの」
「やだよ。自分のスキルなんだから自分で考えるって」
「まぁまぁ、そう言わずに。損はさせんから」
にこにこしているジジィを無視して、俺はドアを閉めた。
机の上にはDS Liteが二台。
……水色のほうは触らないでおこう。
さて、最強のスキルだ。




