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彼女が紫水晶の瞳をファウスティーナたちに向けた瞬間——広場全体に、巨大な建造物すら押し潰すかのような、圧迫感のある重圧が降り注いだ。
「「ッ……!?!?」」
会場にいた全員が息を詰まらせる。特に、直接その視線を向けられたファウスティーナとトゥッリアは、まるで頭上から巨岩を落とされたかのように、その場に膝をつき、床に顔を叩きつけられた。
「哀れで、惨めで、救いようのない愚か者どもよ」
カッシア様の声は、氷点下よりも冷たく広間に響き渡った。
「ファウスティーナ。お前は自分が天才だと自惚れていたようだが、知っていたか? お前が『自身の力』と誇っていたその風の魔法は、全てヴァレリアーナの『起源の魔力』によって裏から支えられ、底上げされていた偽りの力に過ぎん」
「なんですと……!?」
床に伏したまま、ファウスティーナが血走った目を上げた。
「ヴァレリアーナはお前の狭小な魔力を壊さぬよう、自身の絶大な力を極限まで圧縮し、無意識にお前に与え続けていたのだ。お前が『任務で疲れた』と偽って魔力注入を怠っていた十ヶ月間、彼女はたった一人で、お前の分の魔力まで背負い、命を削って結晶を守っていたのだぞ」
カッシア様の告発に、会場から「まあ……!」「なんて酷い……」「悪行だわ!」という非難の声が湧き上がった。
貴族たちにとって、誓約を結んだ伴侶に一人で魔力を負担させ、自分は遊んでいたなど、騎士としてどころか、人として最低の恥晒しだった。
「お前がヴァレリアーナとの契りを自ら切り捨てた時、お前は自分を支えていた唯一の足場を失ったのだ。そして、ヴァレリアーナを失ったお前の脆弱な魔力は、トゥッリアの炎の魔力を受け止めることができず、自滅した。……すべてはお前の無知と慢心、そして浅はかな欲望が招いた結果だ。ヴァレリアーナは何一つ、お前を呪ってなどいない。それを清く受け入れよ」
「う……嘘だ……! そんなはずはない! 私の力が……あの女のおかげだったなんて……そんなの……嘘だあぁぁぁっ!!」
ファウスティーナは己の存在意義を根底から打ち砕かれ、髪をかきむしりながら狂乱した。
自分が誇っていた天才としての才能も、積み上げてきた功績も、全ては彼女が「無価値」と切り捨てた平民の女の手のひらの上で踊らされていたに過ぎなかったのだ。これ以上の屈辱が、この世にあるだろうか。
さらに、カッシア様は冷ややかな視線をトゥッリアに向けた。
「トゥッリア。お前もだ。公爵家の権力を笠に着て、他人の伴侶を奪い、まともな確認もせずに結晶に強引な魔力を注いで破裂させた。お前のその浅はかな行動が、ファウスティーナの魔力にとどめを刺したのだ。お前たちの不誠実で醜い愛など、精霊樹の結晶が受け入れるはずもない」
「あ……あ……私……私は公爵家の……」
「黙れ。公爵家だろうと何だろうと、精霊樹の理を乱す者に与える慈悲はない。……トゥッリア公爵!」
カッシア様が会場の奥へと呼びかけると、青ざめた老貴族——トゥッリアの母親である公爵が、ガタガタと震えながら前に出て、床に頭を擦り付けた。
「は、はいっ! カッシア様!」
「お前の娘のこの醜態、並びに精霊樹に対する不敬。……どう落とし前をつけるつもりだ?」
「す、すぐに! すぐにこの愚娘を廃嫡し、領地の最果ての修道院へ幽閉いたします! 我がトゥッリア家は、カッシア様とヴァレリアーナ様に一生の罰金を支払う所存です! どうか、我が家へのお裁きだけはお許しを……!」
「お母様!? 何を仰っているのですか!? 私を修道院にだなんて……嫌! 嫌ですわあぁぁっ!」
トゥッリアは金切り声を上げて暴れたが、公爵が手配した私兵たちによって、容赦なく口を塞がれ、引きずられていった。名門貴族としての彼女の栄華は、今この瞬間に完全に終焉を迎えたのだ。
そして、最後に残されたファウスティーナ。
彼女は絶望と壊れた回路の激痛に苛まれながら、血の滲む手で私に向かって這い進もうとした。
「ヴァレリアーナ……! ヴァレリアーナぁぁっ! 頼む……助けてくれ! お前の魔力を……お前の『起源の魔力』を私に注いでくれれば、私の回路は治るんだろう!? 私を愛していると言ったじゃないか! お前は私の伴侶だったんだぞ!?」
あまりにも虫が良く、醜い命乞い。
自分を捨て、自分の子供を殺した者が、今さら私に救いを求めている。
私は、カッシア様の傍らから一歩踏み出し、バルコニーの欄干に手をかけた。
そして、眼下で這いずり回るファウスティーナを、静かに見下ろした。
「ファウスティーナ」
私の声が広間に通ると、彼女はすがるような目で私を見上げた。
「私は、あなたを愛していました。あなたの言葉を信じ、あなたとの子供を抱く日を、心から夢見ていました。……でも、あなたはそれを切り捨てた。私の愛も、十ヶ月間の努力も、私たちの子供の命も……『無価値だ』と言って、壊したのです」
「そ、それは……私が間違っていた! 悪かった! 謝るから……だから助けてくれ、ヴァレリアーナ!」
「いいえ、ファウスティーナ。あなたは間違っていたのではありません。……これが、あなたが選んだ結果なのです」
私は首を横に振った。私の瞳に、かつての未練や迷いは一切存在しなかった。
「私の魔力は、もう二度とあなたのために使われることはありません。私の愛も、私の命も……すべては、私を正しく愛し、包み込んでくださったカッシア様だけのものです」
「ヴァレリアーナぁぁぁぁぁっ!!」
私が明確に拒絶を告げた瞬間。
私の体から自然と溢れ出していた『起源の魔力』の七色の光が、私の強い意志に反応して、一筋の波となってファウスティーナへと降り注いだ。
それは攻撃魔法ではない。ただの純粋で強大な魔力の波動だ。
しかし、魔力が完全に破壊されているファウスティーナにとって、その至高の魔力は、もはや接触することすら叶わない『毒』でしかなかった。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!???」
ファウスティーナの体内の壊れた魔力が、起源の魔力の波動に過剰反応を起こし、暴走した。
精神が破裂し、彼女は途方ない激痛に襲われて床をのたうち回った。自身が「無価値」だと蔑んだ魔力が、今の彼女にとってはあまりにも眩しすぎて、直視することすらできない拷問となったのだ。
「連れて行け」
カッシア様の冷徹な指示により、近衛騎士たちが駆け寄り、泡を吹いて痙攣するファウスティーナを、罪人のように捕らえた。
「ファウスティーナ殿。騎士団の名誉を穢し、守護者様と起源の魔力保持者様に不敬を働いた罪により、地下牢へ投獄する。二度と日の目を見れると思うな」
「あ……あ……ヴァレ……リア……」
ファウスティーナは最後に壊れたような声で私の名を呼ぼうとしたが、そのまま意識を失い、ズルズルと会場の外へと引きずられていった。
こうして、私を踏みにじり、虐げた者たちは、己の過ちと愚かさによって、完全なる破滅を迎えたのだった。
◈◈◈
静まり返った広間に、カッシア様が優雅に手を叩く音が響いた。
「——さあ、今宵は祝祭だ。みな、我が伴侶ヴァレリアーナの誕生と、精霊樹の新たなる繁栄を祝って、宴を楽しもうではないか!」
カッシア様の呼びかけに、貴族たちは一瞬の静寂の後、爆発するような歓声と拍手で応えた。
ファウスティーナたちの惨死にも等しい落魄を目の当たりにした彼らは、カッシア様への恐怖と、私——ヴァレリアーナという至高の存在への崇拝を、完全に胸に刻み込んだのだ。
オーケストラが奏でる美しい祝祭の旋律が広間に満ちていく。
カッシア様は私に向き直ると、胸に手を当て、最高に優雅な作法で手を差し伸べた。
「ヴァレリアーナ。今宵のファーストダンスを、私と踊っていただけますか? 我が愛しい、世界の光よ」
「……はい、カッシア様! 喜んで!」
私は最高のエスコートを受け、カッシア様の手を取った。
私たちがバルコニーから大階段を下り、広場の中央へと進み出ると、貴族たちが歓声を上げながら道を譲り、私たちを円となって囲んだ。
カッシア様のリードに合わせて、私はゆっくりとステップを踏み出す。
私のドレスから放たれる七色の光が、カッシア様の纏う深紫のオーラと重なり合い、ダンスフロア全体に輝く光の花びらを散らせていく。
「見事だ、ヴァレリアーナ。……世界中のどんな宝石よりも、今のお前が眩しい」
踊りながら、カッシア様が私を見つめ、熱い吐息と共に囁いた。
「カッシア様……私、本当に幸せです。あなたと出会えて、あなたの伴侶になれて……本当に良かった」
「ふふっ、私のセリフを奪うな。お前を幸せにすることこそが、私の生涯の使命なのだからな」
カッシア様は私を強く引き寄せ、回転の勢いに乗せて、私の唇に深く、情熱的なキスを落とした。
会場全体から、今日一番の歓声と拍手が巻き起こる。
恥ずかしさに胸を熱くしながら、私は彼女の首に手を回し、その甘い口づけを受け入れた。
下界での苦痛と絶望の日々は、もう完全に過去のものとなった。
私には今、私を何よりも深く愛してくれる最愛の伴侶がいる。
そして雲の上の聖域には、私たち二人の愛と魔力を受けて、すくすくと育つ愛しい私たちの赤ちゃん——輝く『命の結晶』が待っている。
「愛しているよ、ヴァレリアーナ」
「私も……私も愛しています、カッシア様」
溢れるほどの光と祝祭の音色に包まれながら、私はカッシア様と共に、永遠に続く真実の愛の物語を歩み始めたのだった。




