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ヒルデガルトは魔女の呪いに打ち勝つか?  作者: 柳瀬あさと


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8/8

8、貴族子女達は小さな社交界を泳げるか? <それぞれの思惑>

 その日、ジレアウト領のとある邸宅では、ひたすらに笑い声が響き渡っていた。


「駄目だ、わからん、何でそうなる。ヒルデ、お前は美味い物を食べて友人を作って王都見学をして帰ってくる筈だっただろう? それが何でお前……ック!」


 腹を抱えて大笑いをしていたのは、豊かな波打つ黒髪に煽情的な肉体を持つ美女。そして、その美女の前には頬を膨らませた子供と頭を抱えた一組の男女がいた。


「そこまで笑わなくてもよろしいのでは?! 私にとっても想定外の出来事でしてよ?!」

「想定外の事をしでかした人間が被害者ぶるな!」

「何度でも言いますが、先にやらかしたのはあちらです!」

「そもお前が問題を起こさなければ何事もなかったのだ!」

「結果的に全方向に良しでしたわ!」

「結果論に過ぎないだろうが!!」


 怒鳴りながら男、カール・ノア・パシュケルトは、娘であるヒルデガルト・ノル・パシュケルトの頭を抑え込んだ。「暴力反対です!」と叫ぶ娘の頬をクラウディア・ノル・パシュケルトは笑顔で抓り上げて黙らせた。


「あーおかしい……まさかこの独立独歩のジレアウトから王家へ嫁ぐ娘が出るとは。カール坊や、大出世じゃないか」


 目尻に浮かんだ涙を拭いながら言ったのは、黒髪の美女、魔女ゲルトルートだ。

 力ある魔女として国の賢者として敬われる立場の彼女は、しかしベッドかと見紛うほど大きなソファーの上で怠惰の極みと言わんばかりに寝ころんでいる。


「やめてくれトゥルーデ、おかげでいつ不敬罪で訴えられるかと夜も眠れなくなった。あと『坊や』もやめてくれ」

「はいはい。それで、ヒルデの生活はどうなるんだ?」

「暫くは、少なくとも婚約発表をするまでは変わらずでよいそうです。問題はその後で……」

「嫌だわお母様、全然変わりますわ、なんせ私正真正銘魔術師になりましたので! 魔術庁内に部屋を賜りましたので! これでいつでもゲオルク様やミュラー伯爵に頼らなくともあれやこれやを閲覧拝借し放題で色々と捗り痛い痛いお母様私の頬はチーズではありませんこれ以上は伸びません痛いですッ!」


 王子の婚約者になった、という事実よりも、国の正式な魔術師となって魔術庁内に部屋を得た、という事実ばかりが頭を占めているヒルデガルトに、両親は顰め面で溜息を吐き、ゲルトルートはいい笑顔で頷いた。


「まぁまぁ、ディディの心配もわかるが、実際ヒルデの言う通り捗ればいいじゃないか。王子の問題を解決してしまえば、別にヒルデが婚約者である必要はないんだろう?」

「あ……確かに」

「よし、ヒルデガルト、早急にお前の術式を解析してエリアス殿下をお助けするんだ、そして可及的速やかに婚約者を辞退しろ」

「勿論そのつもりでしてよ。王子妃なんて面倒臭そうで責任のある立場、真っ平ごめんですわ! 私は魔術師としてやりたい事が沢山あるのです、例えばエリアス様の有り余る魔力で色々な実験をするとか痛い痛いお母様ですから私の頬はチーズではなく!!」


 ぎゃいぎゃいと高位貴族らしからぬ喧騒を繰り広げる横で、笑いながらもゲルトルートは冷静に考えていた。


(さて、言う通り解決したとして、あのクロイセルが素直にヒルデを解放するかねぇ)


 ゲルトルートがこのパシュケルト家と縁を結んでもう長い。そしてこのヴァルベルツ国の賢者という地位を得てからも。その長い間に、この国の王家がいかに目敏く抜け目なく国を纏めてきたかもよく見てきた。

 ヒルデガルトだけではない、ジレアウト領の特異な点も気付かれるであろう。となれば、ジレアウトを押さえる為にパシュケルト家を取り込む事を考えるだろう。そうすると、エリアスの問題が解決したとしても、ヒルデガルトを手放す事などあり得ない。


「一度、改めて挨拶に行くとするか」


 ポツリと呟いた声は、まだ騒いでいる家族にも周りに控えている使用人にも聞かれなかった。

 もしも聞かれていたら、ヒルデガルト以外は顔を青褪めさせて止めに入っていただろう。




 * * *




 ヴァルベルツ国王フランツ・ヴァルベルツ・クロイセルは、実弟のウェルナー公爵であるハインツ・ノア・クロイセル・ウェルナーと宰相ヨハン・オルフと共に頭を抱えていた。


「……魔女の魔法、であろうなぁ……」


 フランツの声に、二人は溜息でもって肯定した。

 ジレアウト領が、ジレアウト侯爵家が特筆すべきことがない存在である、というのは、もう数代にわたっての国の上層部の認識だった。そしてそれは記録として残している書類の上でも間違ってはいない。間違ってはいないのだが、大きな目で見ればどうしても間違っていた。


「数字は間違っていない。言い分もおかしい事は無い。だが、その数字も言い分もこの流れでは持ってこられない。何故それに気付けなかったのか……」


 例えば天災や戦争により発生した飢饉、税収の滞り。それらがジレアウトには一切無い。正確には、周りと足並みをそろえたように大変だったと言ってはきている。だがそれでも、大変だっただけで問題は起きなかった、との報告しか上がってきていない。その報告内容も、都度『備蓄により解決』『余剰分を活用』『来年以降に厳しくなる』とそこ単体で見れば何とか凌げた、と判断できるし、そこに不可解な点は無いのだ。

 だが、ではいつその備蓄をしたのか、どれだけの余剰があったのか、次年は本当に厳しくなったのか、と探れば、どこにもそんな痕跡はない。


 ジレアウトは、いついかなる時も、過不足なく。


 そんな事は不可能だというのに。

 仮にそのような領が、領主が本当にいるとしたら、王としては疑ってかかるべきだというのに。


「認識阻害、でしょうね……今もこうして意識しているのに、頭の片隅で『ジレアウトは何も問題無いのに何故こんな議論をしているのか』と思っている自分がいます」

「ジレアウト侯爵が善良、というか、叛意が無い事が幸いですね。こんな劇物を抱えていたとは……」

「恐るべきは魔女ゲルトルートか。どうあれ、国の賢者として登録してくれていて助かった」


 国の賢者として登録する、という事は、エリアスとヒルデガルトが行ったような魔術契約を国対人で行うという事だ。様々な禁止項目や遵守項目があり、当然、国に意図的に害為すことを禁じる、という縛りがある。それゆえに、ゲルトルートが施しているであろうこの認識阻害も害悪ではないのだと、間接的にゲルトルートが庇護するジレアウトも国の癌にはならないのだろうと信じる事が出来るのだが。

 ハインツは暫し考えてから口を開く。これが杞憂で終わる事を祈りながら。


「……兄上、賢者登録も見直した方がよろしいのでは。万が一そちらも同じように認識阻害がされていたら……」


 恐ろしい可能性を指摘されて王は即時に命を下す。


「ヨハン、すぐに調べよ」

「御意」


 部屋を出ていくヨハンの背中を見ながら、王と王弟はもう一度溜息をつく。


「光が見えたかと思えば、その光が恐ろしい」

「ですがここですべての問題が解決されると思えば力も入るというものです」

「……そう信じよう」


 そうして調べ上げたヨハンが持ってきた結果は、間違いなくゲルトルートが正式に国の賢者として登録しているというもので、彼らにひとまずの安堵をもたらした。




 * * *




「婚約は、白紙……?」

「まだ秘密よ」


 マルク侯爵家次男シュテファン・ノア・マルクが目をパチリと瞬かせて言うと、エインハイム公爵令嬢のアデリナ・ノル・グライナーはこくりと首肯しながら返事をした。

 そこは王宮の中にある小さな庭園。庭園を囲むように護衛が見守っているものの、その場には先日決まったエリアスの側近候補であり遊び相手である子供達だけがいた。


「何でだ、アデリー以外エリアス殿下とさわれないんだろう? だから婚約者候補に選ばれたんだろう? それなのに……!」

「エインハイム嬢、何か失敗したの?」


 驚きの中にほんのわずかな怒りを混ぜて言うのはアデリナの従兄弟であるホフマン伯爵家三男ヴィクトル・ノア・ホフマンで、ニヤニヤしながらアデリナに話しかけてきたのはタクシス侯爵家次男ティーロ・ノア・ビアハルスだ。

 揶揄う気満々のティーロの鼻先を小さな扇でチョンとつつくと、アデリナはとっておきの情報を彼らに伝える。


「違うわよ、殿下と触れ合えるのに魔女ではない御令嬢が見つかったのよ」


 その発言に目を丸くしたのは、アデリナ以外の全員だ。


「そ、そんな方が?!」

「嘘だろ?!」

「聞いた事無いんだけど?! 誰?!」

「静かにして、まだ秘密なんだから! ジレアウト侯爵家のヒルデガルト様よ」


 アデリナが言うも、少年三人はきょとんとした。


「……うーん、ジレアウト、ジレアウト…………ああ! 小麦の生産地域の!」

「シュテファンは図鑑でも頭に入ってんの? 俺は全然わかんない」

「俺もわからんな! でも悪口とか嫌な噂とかでも聞いたことはないぞ!」


 ようやく自身の知識と結びつけられたシュテファンの発言に、けれど他の二人はぴんと来ていない。そもそもその存在を知らなかったのだろう。


「私も穀倉地帯を抱えてるっていう事しか知らなかったわ。確か国で三番目か四番目の規模だったかしら? お父様が仰るには目立つ家じゃないけど、悪い家でもないみたい」

「ふーん……エインハイム嬢は悔しい?」


 やはりからかう様に聞いてくるティーロに、アデリナはツンと顎をそらして素直に答える。


「全然。むしろありがたいわ。エリアスは好きだけど結婚なんて嫌だったし」

「アデリーはエインハイムの伯父様と叔母様みたいな夫婦をめざしているからな!」


 従兄弟ゆえに知っている事をヴィクトルが言えば、それを知らないティーロとシュテファンが小首を傾げる。アデリナの両親であるエインハイム公爵夫妻は、社交界でも有名な仲睦まじさでさらには子煩悩なのだ。


「そう、エリアス相手だと理想の夫婦は無理そうだから私としてはホッとしてるの」


 仲睦まじさは目指せるのかもしれない。だが子供は、少なくともエリアスとの間の子供は望めない。それはアデリナが内々に婚約者候補にあげられていた時から両親にやんわりながらも聞かされていた。


「それで? そのジレアウト侯爵? の御令嬢は、明日のお茶会に来るんだよね?」

「そりゃそうよ。今日、国の偉い人達が集まるらしいからそこで通達されて、明日の王妃様主催のお茶会で私達と顔合わせでしょ」

「なるほど」


 どんな子だろう、と興味深々な顔で話し出す三人を横目に、アデリナはそっと息を吐く。

 父であるエインハイム公爵に言われた事を思い出す。


『できうる限り、ジレアウト侯爵令嬢と仲良くなりなさい』


 今までエリアスの未来は定まっていなかった。

 王家に弟妹や王族公爵家に新たな子が生まれたら、エリアスは恐らく継承権を放棄させられる、と考えられてきた。だが王族に新たな子、正確には玉座に座るのに問題の無い子は生まれず。となれば王太子として指名されるのだが、子は望めないから中継ぎの立場。いずれ王族に王に相応しい子が生まれるまでの、一時的な。

 それがここにきて覆った。

 本当にヒルデガルトとの間に障害が無いのならば、エリアスは正真正銘の王太子になる。


 しかし、そうなるとヒルデガルトの立場に目が行く。


 ジレアウト侯爵家は王族の血が入っていなく、権力も財力も特筆する事の無い侯爵家。まだ幼少ゆえに仕方がないところもあるが、ヒルデガルト自身も現時点で社交界の話題になる事もない少女だ。王子妃や中継ぎの王ならば何も問題ないが、血を繋げる王太子妃となるには少し、そう、少しだけ、弱い。何せもっと尊い血を持つ家も権力財力を持つ家の令嬢もいるのだ。例えば、アデリナとか。


 エリアスを正式な王太子にするにはヒルデガルトが必要。だが、エリアスが正式な王太子となればヒルデガルトでは少し弱い。ここが問題だった。

 ヒルデガルトでは駄目、なのではない。少し弱い、なのである。それはつまり、付け込まれる隙があるという事だ。

 隙があるのならその隙を埋めるべく周りを固めるしかない。

 エインハイム公爵家は王族公爵というには血が薄まり過ぎた公爵家である。いくつかある公爵家の中では上の方とは言えない。とはいえ、貴族の頂点である公爵家。一滴も血が入っていない侯爵家とは比べる余地もない。さらには婚約者候補に担ぎ上げられていたアデリナは、エリアスと触れることが出来る魔女である。

 となれば、ヒルデガルトを借り腹扱いしてアデリナを正式な王太子妃に、という事もやろうと思えば出来てしまう。


 だが、それをやろうと思う程の権力欲がエインハイム公爵には無い。むしろエインハイムは貴族間でも有名な自領主義の中立派閥である。王家には強く揺るがない存在でいてほしいと望む立場である。

 それでも、やろうと思えば出来る、という事は、やらせてしまおう、と考える輩も出てくるという事だ。

 そんな輩を近寄らせないためにも、ジレアウト侯爵家の後ろ盾、とまではいかなくとも、良き友という立ち位置が欲しい。

 これらすべてをアデリナ自身が知っているわけではないが、アデリナは同年代の中でも賢い子で、公爵家と王宮での教育の賜物でもあろうが、父親の言う事もやるべき事もある程度理解が出来る子だ。自分の明日以降の役割は、ジレアウト侯爵令嬢と友人となる事なのだ、と。

 それゆえに、少し憂鬱なのだ。


「仲良くなれる子だといいのだけれど……」


 相性というものはある。恐らく今後も長く付き合わなければならない相手だ。出来る事ならば、気の置けない関係を築ければいい。もしそうでないならば、少し、面倒くさい。

 ジレアウト侯爵家を知らないがゆえに、期待よりも不安が上回ってしまうのだった。


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