シロとクロ
僕はクロだと言う女性を眺めた。
ジャージのような格好をしたその女性は高校生くらいに見えた。
「何か用?」
僕は畑に視線を戻してそう言った。
クロは僕の目の前に移動してきたかと思ったら、僕をいきなり殴った。
「親父にもぶたれたことないのに!」
僕は咄嗟にクロにそう言った。
「なにそれ、リアルで初めて聞いたわ。」
そう言ってクロは大笑いした。
「疲れた。お茶くらい飲ませろ。」
クロはそう言って家の中に入って行った。
僕は急いで追いかけた。
冷蔵庫から麦茶を出してグラスに注いで飲んでいた。
「うまっ!田舎の麦茶うまっ!!」
クロはそのままおかわりをしていた。
僕はクロの前に座った。
クロはまるでビールでも飲んだあとのように口を拭ってプハーッと言った。
お互いを睨み合い、沈黙が流れた。
ここにクロがどうやってたどり着けたかは何となくわかる。
僕は以前、オフィスにサーバーを置いている話をした。
そのサーバーを大量に売ったのだから、ちょっと調べれば僕にたどり着けただろう。
それはいいとして、なぜ今さら僕に会いに来たのか。
そして僕はなぜ殴られたのか。
まったくわからない。
「なぜ殴られたのかわからないのか?」
クロは僕を睨みつけてそう言った。
「わからん。」
僕も睨み返している。
そこからクロは一気にまくし立てた。
「おまえさ、活動をやめるのは全然いいんだけどさ。1回死のうとしたよな?救急車で運ばれたんだろ?はぁ?なにそれ?なんでお前が死ななくちゃいけないん?
そんなん後から知ってみろよ?後味悪いっちゃないじゃん?
こっちはさ、自分のせいかも?とか考えちゃうじゃん?あれ、知らないうちに何か傷つけることしちゃったかな?とかさ。
だからやめるとか言い出したのかな?とかさ。
とにかくムカついたんだよ!
命の恩人が死ぬとか、マジでないんよ。わかる?わからんから、ここにいるんだと思うけどな!!!」
クロはそうまくし立て終わると泣き出した。
僕は怒られたことよりも泣き出すクロに驚いた。
「あ、あの、ごめん、ごめんなさい。泣かないで。」
僕は首にかけていたタオルを渡した。
クロは受け取ったがすぐに返してきた。
「乙女にこんな臭いタオル渡してんじゃねーよ!!」
クロは泣きながら怒っていた。
僕はティッシュを箱ごと渡した。
ひとしきり泣いて鼻をかんだクロはまた僕を睨みつけた。
「テロリストから農家に華麗に転身かよ。ふざけんなよ。」
僕はチクンと心が傷んだ。
「ごめん。農家になったわけでもないんだけどね。」
「パソコンもないし、連絡も取れないし。何なんだよ、このボロ屋は!」
「ごめん。ボロくてごめん。」
クロは何か言いかけてそこでやめた。
また沈黙が流れた。
「タイにいたんじゃないの?」
沈黙に堪えられなくなった僕はクロに聞いてみた。
「ガパオライスだけ食べて帰国したよ。やっぱり寿司だよね。」
「うん。寿司最高。」
クロはもう睨みつけて来なかった。
「布団ある?」
「自分の分ならあるけど。えっ?」
「はぁ?お客様が来たらどうするつもりだったん?」
ここにお客様が来るなんて考えたこともなかった。
そしてクロは僕の布団を奪い、泊まると言い張った。
僕は座布団を枕にして薄い毛布に包まった。
なぜこんな目に遭わされているのかわからなかった。
────
クロは想像とは別の生き物だった。
機関銃のように喋り倒した。
「あの時はマジで死ぬかと思ったよ!」
クロは楽しそうに大使館での話を聞かせてくれた。
「僕もさすがに無理かと思ったよ。でもなぜ捕まったんだい?」
「あいつら、報酬は足がつかないように現金で渡したいって言ったんだよ。マジでムカつく。結局もらえてねぇし。」
「もらえなかったんだ。」
僕は怒っているクロを想像して可笑しくなった。
「笑い事じゃねーし。でもあとでたんまり奪ってやったんだけどさっ!」
詳しくは聞かないことにした。
「消防隊に助けられるところまでは見たけど、あの後どうしたの?」
「すぐに逃げたよ。誰かさんがFBIまで呼んでくれたしね。」
「よく逃げられたね。」
「私、天才ですから。そのくらい簡単ですわよ。」
僕は吹き出してしまった。
どこかで聞いたようなセリフだった。
僕たちは徹夜で話をした。
どうせ調べればわかるだろうと個人情報を教えあった。
クロの本名は『白木ことな』20歳になったばかりだと言う。
黒いどころか白かった。
そして、どう見ても高校生にしか見えないということは黙っておいた。
高校生のころからハッカーをやっていたらしく、のめり込んで危ない仕事もやるようになったのだそうだ。
お金のためではなく、危険を求める病気だと自分で言っていた。
だから僕との活動は刺激的で楽しかったのだと言う。
「前にちょこっと言ってたでしょ?世界を救いたいって。」
「え、そんなこと言ったっけ?」
「うん。こいつ中二病だなって思ったけど言わないであげたもん。」
やはりこの話はそういう反応になるのか。
「でもさ、なんかいいなって思ったんだよね。悪いことしてるのにさ、世界を救いたいとか言うの。」
僕は苦笑いをした。
クロは真剣な顔で僕をまっすぐ見た。
「続けようよ。大きなことじゃなくていいからさ。農作業の合間でもいいからさ。一緒に、何かしようよ。」
僕はビックリした。
今までこんなにストレートに僕を誘ってくれる人なんていなかったからだ。
僕は反射的に「うん。」と言ってしまった。
クロは「よし!」と言って布団をかぶって寝てしまった。
もう朝の5時だった。
僕はアラームを7時にセットして眠りについた。
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起きるとクロはいなかった。
布団はきれいに畳んであった。
僕に掛け布団をかけてくれてもよかったのに。
まだ朝方は寒いんですけど。
テーブルの上には真新しいノートパソコンが置かれていた。
開くとクロの連絡先がちゃんと入っていた。
僕はすぐに『ありがとう』とだけメッセージを送った。
すると、『分割払いでいいよ』と返事が来た。
僕にそんなお金があるわけがない。
僕は起きていつものように工場に向かった。
今日もたくさんネジを作るんだ。
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そして僕はクロとの活動を再開した。
クロは僕がやっていたことを全部引き継いでいてくれていた。
そしてあるサイトを教えてくれた。
『見知らぬ誰かに感謝を伝える』という名前のサイトだった。
そこには僕たちが活動してきたものたちの被害者だった人たちの書き込みがたくさんあった。
いじめに遭っていた子供とその親たち、親のSNSのせいで学校に行けていなかった子供たち、悪徳政治家のもとで働いていた元秘書、詐欺の被害にあったおばあちゃん、クレーマーに悩まされていたお客様サポートセンターの女性、みんながみんな感謝の気持ちを書き込んでいてくれた。
もちろん僕たち以外への感謝の言葉もたくさんあった。
僕は一つ一つ読んでいった。
そして書き込みをしてくれた人のことを想像した。
他人からしたらたいしたことじゃないかもしれない。
しかし当人には重要なことだったと書いてあった。
僕がしてきたことにこんなふうに結果がつくなんて考えたこともなかった。
僕の自己満足で終わっていると思っていた。
このサイトを作ったのはクロだった。
そして最初の書き込みもクロだった。
『私に仲間ができた。初めての仲間、初めての友達、初めて心が通じた。誰にも理解されなかった私に理解者ができた。ありがとう。私は君を大事にすると誓う。』
そう書かれたのは僕に連絡をしてきたすぐあとだった。
そんなふうに思っていてくれたなんて気がつかなかった。
僕は胸が一杯になった。
初めての気持ちだった。
くすぐったいけど悪い気はしなかった。
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僕は最悪の凶悪犯だ。
許されないことをたくさんしてきた。
だけど僕は生きている。
死に値する命かもしれない。
しかしまだ生きている。
そして僕は生きている限り世界を救おうとするだろう。
世界を救えるなんて無理だと知りながら、それでもやめないだろう。
自己満足で構わない。
僕は僕がしたいことをする。
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