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僕の後悔

僕はクロに『しばらく休む』と伝えた。

会社の方も溜まっていた有給休暇を一気に使って10日間の休みを取った。

土日も含めると2週間の休みである。

同僚たちは勝手に僕が旅行にでも行くのだろうと思っているだろう。


何もする気になれなかった。

パソコンの電源を入れることなく、スマホも充電が切れた。

カーテンも閉め切り、音が鳴るものはすべて電源を落とした。


静かだった。

聞こえるのは僕の息遣いだけだった。

食欲もなく、動くことが面倒になった。

頭はクラクラして体は沈んでいくようだった。


深く、暗い、闇の中へ落ちていく。


────


目が覚めると僕は病院にいた。


そして僕をみつめる両親がいた。

僕は一瞬何が起きたのかわからなかった。

「シンちゃん!」

母親は僕の手を握りしめ、泣きそうな顔をしていた。

父親は目頭を押さえている。

「馬鹿野郎。」

と小さな声で言った。


僕は僕が逮捕されたときのためにある仕掛けをしていたことを思い出した。

パソコンの電源が5日間入らなかったときには両親に謝罪のメールがいくというものだった。

『お父さん、お母さん、こんな息子で申し訳ありませんでした』という1文だけだ。


急にそんなメールをもらえば自殺でもしたんじゃないかと思っただろう。

いや、実際病院にいるということは、もしかして僕は気がつかないうちに自殺未遂を起こしたのか?


「今どき栄養失調で動けなくなるなんて…お母さん、ビックリしたんだから。シンちゃんが死んじゃうんじゃないかって…」

母親は僕の頭を叩いた。

「何かあったのか?会社か?嫌なら辞めてもいいんだぞ?」

父親は心配そうにこちらを見ていた。


「いや、別に何もなくて。疲れていたのかな。休みを取って寝ていたら起きるのが面倒になってね。」


本当にそのとおりだった。

別に死のうだなんて考えていなかった。


─本当にそうだろうか?─


「わざわざ出てきてくれたんだね。心配かけてごめん。」

「そんなことはいいのよ。シンちゃんが元気なら。」

二人ともそれ以上詳しく聞いてくることはなかった。

僕は点滴を受けて体は元気になっていた。

「しばらくうちに戻ってきたらどうだ?」

父親がそんなことを言うのは初めてだった。

いつも元気でやっているならどこにいてもいい、なんて言う人だったから。


「仕事があるから、本当にごめんなさい。ちゃんとご飯食べるから。心配しないで。」

二人ともそう言われても心配そうだった。

二人は退院手続きをしてくれて、僕は母親が用意してくれた服に着替えた。


車でマンションまで送ってくれた。

母親は最後まで「本当に大丈夫?」と聞いてきた。

父親は「シンイチがいいって言ってるんだ」と言って母親をなだめてくれた。


二人は車で帰って行った。

ここからは3時間くらいかかるだろう。

僕は笑顔で手を振った。


────


部屋に入ると消毒のにおいがした。

部屋はきれいに片付けられ、寝具はすべて新しいものになっていた。

僕はここでまるで死体のように眠っていたのだろう。


パソコンは立ち上がったままだった。

実家のパソコン宛にあの文章を送った履歴があった。

僕はそれをそっと消した。


逮捕されるなんてごめんねって意味だったんだけどな。

充電が切れていたはずのスマホは充電器にささっていた。

親がやってくれたのだろう。

日付を見ると休みを取ってから10日間が過ぎていた。

まるでタイムスリップでもしたような気分だった。


どうして僕はあのまま死ななかったのだろう。

僕に生きる意味なんかないのに。


そう思ったときにあのハンカチが目に入った。

まるで『いいんだよ』と言っているようだった。

僕はハンカチを手に取った。

柔軟剤のいいにおいがした。


僕はそのままハンカチをカバンに入れて外に出た。

いつの間にか夕方になっていた。

僕は急いで電車に乗り込んだ。


2つ先の駅で降りてそのままデパートに向かった。

ハンカチ売り場で同じものを探した。

すぐにそれはみつかった。

僕はそれを手に取り、包装してもらった。


────


次の日、僕はマンションの前であの人を待った。

トラックが停まり、あの人が出てきた。

僕を見るとニコッと笑顔になった。

僕は彼女に駆け寄り、新しいハンカチを渡した。

「この前はありがとうございました。あの、汚してしまったので新しいものを買いました。」

そう言ってハンカチを渡すと、

「気にしなくてよかったのに。」と言って受け取ってくれた。


「顔色悪いですよ!ちゃんと食べてくださいね!」

彼女はそう言うと渡したハンカチをトラックの運転席に置いた。

僕は「失礼します」と言って逃げるように部屋に戻った。


彼女は女神なんかじゃない。

ただの優しい人だ。


僕は勝手に僕の妄想を彼女に当てはめていた。

彼女は僕の女神じゃない。

僕は何度もそう自分に言い聞かせた。


もう彼女のことを考えてもドキドキはしなかった。

僕は僕の心から彼女を追い出した。


────


パソコンにはクロからの連絡がたくさん入っていた。

『ごめん、もうやめるよ』とクロにメッセージを入れた。

クロは『了解』とだけ返事をしてきた。

僕たちはこんな関係だ。

一言で切れる縁しかない。


────


有給休暇が終わり、出社した僕は上司に辞表を出した。

僕はそのまま私物を持って会社を出てきた。

同僚たちは驚いていたが引き止める人はいなかった。

僕なんてそれくらいの存在だ。


貯金を使い、実家の近くに土地を買った。

古い小屋のような建物もついていた。

僕はその小屋を直し、引越をした。


小屋はボロくて汚かったけれど僕には気にならなかった。

風呂もトイレもついている。

立派な家じゃないか。


両親は何事かとその新しい家にやって来た。

そして僕が汗を流しながら畑を耕しているのを見て言葉を失っていた。

「これから冬なのに畑を耕すバカがいるか。」

父親はそう言って大笑いした。

確かにもう11月だ。

何を植えても育たないだろう。

僕も大笑いした。


小屋で三人でお茶を飲んだ。

バカバカしいどうでもいい話で僕たちは笑った。

両親はいつでも帰って来いとだけ言い残して帰って行った。

あのマンションから帰るときのような悲しげな顔はしていなかった。


借りていたオフィスもたくさんのサーバーもすべて処分してきた。

今の僕にはこの小屋と300坪の土地しかない。

コツコツ貯めていた給料もボーナスも使い果たした。

笑うしかなかった。


天才の僕が一文無しになっただと?


────


父親の紹介で僕は工場で仕事をもらった。

小さな町工場だった。

そこでは素晴らしいネジを作っている。

量産品ではなく、特別な注文で特別な機械に使うそうだ。

社長であるおじいさん一人でやっているのでたくさんは作れないという。

かと言って僕がやってきても生産性が高まるわけでもない。

しかし社長は僕にネジの作り方を教えてくれた。

教えることでネジの生産スピードは落ちた。

それでも社長は僕に丁寧に仕事を教えてくれた。

もちろん教えたからと言ってすぐに使い物になるわけでもない。


僕は社長の横でネジを作る練習をさせてもらった。

素晴らしい体験だった。

僕は今まで薬物の生産しかしたことがない。

こうやって目に見えるモノづくりをするのは初めてだった。


────


そして月日は流れて春になった。

社長は相変わらずネジを作っている。

僕にも簡単なネジを作らせてくれるようになった。

どう考えても量販店で買うネジのほうが安い。

しかしこの工場にはファンがいるそうで注文が途切れたことはないのだそうだ。


僕は空いた時間で畑を耕して種を植えた。

農作業なんてしたことがない。

広い土地のほんの一画だけの畑。

芽が出るといいな。


僕が畑をぼんやり見ていると一人の女性が話しかけてきた。

いつか監視カメラで見たあの女性だった。


「やぁ、シロくん。はじめまして。私はクロだよ。」


────

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