ミス研、戦争回避目指して裏工作
「それではまもなく次の試合が開始されます。青コーナー、ここまで無傷で勝ち上がってきたケンタウロス族の武術の達人カルロス。赤コーナー、こちらも無傷で勝ち上がってきた体調3mはある巨人キングオークの武蔵丸弁慶。尚、ご存知のとおり、この試合では武器の使用は禁止されております。互いに素手と素手。熱き拳を持った漢達の魂のぶつけ合いを心行くまでご覧ください。」
実況アナウンスが2人の試合を大げさな口調で脚色し、試合開始のゴングが鳴らされる。まず武蔵丸弁慶の巨大な拳がカルロスの頭上に振り下ろされる。カルロスは横方向ではなく前方向に倒れ込みながら、紙一重で拳をかわす。カルロスのボディーブローが武蔵丸弁慶のみぞおちに綺麗にきまる。だが、手応えはほとんどないようだ。武蔵丸弁慶は両腕を組んで、再度カルロスの頭上に振り下ろした。カルロスは今度はサイドステップで攻撃を避ける。
「おおっと、これは最初からすごい攻防が始まっております。両者一歩もひきません。あっと、カルロスここで一旦距離をとった。そして勢いをつけて、武蔵丸弁慶にドロップキックです。
武蔵丸弁慶、今度は後ろに倒れ込む。カルロスがマウンティングポジションをとった。そのまま武蔵丸弁慶の顔面に容赦なく拳を振り下ろす。武蔵丸弁慶、若干不利か?いや、この体制からバックブリッジで返した。横に転がり落ちたカルロスの頭を両手で掴んで、上に放り投げる。カルロスも負けてません。
空中で体制を立て直し、3mある武蔵丸弁慶の頭上から強烈な蹴りを叩き込みます。武蔵丸弁慶ついにふっとんだ。カルロス尚も攻撃の手をゆるめません。再びマウンティングポジションをとります。だが殴らない。カルロス向きを改め、武蔵丸弁慶の足首をつかんで間接と逆側にねじまげた。武蔵丸弁慶タップです。勝者カルロス!」
レフェリーがカルロスの手を取り高々と突き上げる。その後もカルロスは順調に勝ち上がり、ついに準決勝まで駒を進めた。エルドォワ国王も側近や屈強なボディーガード数名とともにVIP席から試合の様子を観戦しており、カルロスの試合に拍手を送る。
俺はリアとミワ姉と一緒に観客席でカルロスを応援していた。他のメンバーはそれぞれ各自ランシアから与えられた役割をはたすべく下準備をしている。俺たちの出番はもう少し先になるため、今は自由時間だ。試合が終わると控え室に向かいカルロスの様子を見に行く。ミワは水と日の魔法を、リアも光と聖の魔法が使えるため、余程の大けがでない限り、カルロスの受けた傷を治療する事も出来る。もっともそんな魔法なんて頼らなくてもカルロスは十分戦えるだろう。控え室のドアをノックすると中からドアが開く。
「おう、おまえら。来てくれたのか。いい感じで進んでるぜ。さっきのキングオークもガタイはデカいが喧嘩慣れしてない部分があったしな。」
あれで喧嘩慣れしてないのか・・いや、カルロスが喧嘩慣れしすぎてるってだけだろう。まったくこいつはミス研に入る前まではどんな生活送ってきたんだ?
「その様子なら思った通り治療なんていらなそうね。」
「いや、そんなことはないぞ。男の治療はいらないが、女の治療は大歓迎だ。さ、俺の体の好きな部分に触れてくれ。」
ミワ姉が何も言わずカルロスの頭を殴りつけた。
「ってー。お前大会に参加してもいい線行くんじゃねぇのか?」
「あんたが馬鹿な事言ってるからでしょ。それよりもう準決勝よね。そろそろ、”あれ”を実行した方がいいんじゃない?」
「余裕があればな。準決勝ともなればさすがに敵も強敵揃いだろうし、試合に集中するだけで精一杯になるかもしれん。」
まぁ確かにそうだな。ランシアの作戦とは別にカルロス自身出来れば優勝したいという思いもあるだろうし、優勝した方が王の心証もよくなるだろう。ランシアからカルロスが武術大会に参加するにあたって、上位を目指すとともにもう一つ、仕事が与えられたのだが、その仕事は出来れば御の字といったもので、必ずしもやらなくてはいけないというものではない。となれば、ランシアの作戦を実行するよりも、試合に勝つ事に集中したいのは当然だ。
それに準決勝まで進んだ時点でカルロスはもう十分役割を果たしているしな。
「んじゃ、そろそろ行ってくるぜ。応援宜しくな。」
カルロスは軽く膝を屈伸させて準備運動すると、肩にかけていたタオルをかごに放りなげて、試合場に向かった。
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リッチマンはランシアと二人でリンガイア王国に入国していた。ここまではランシアにリッチマンがつかまる形で飛んできたのだ。
「サンキュー、ランシア。僕を担いでここまで飛んでくるの、疲れたろう?」
「別に構わないわよ。それにリッチマンと二人になれたんだし・・いや、そんなことはどうでもいいのよ。さ、とっとと済ませるわよ。カルロスが王にお目通りする前には片付けなきゃいけないんだからね。」
リッチマンは一瞬怪訝な顔をしながらも、気を取り直し、ランシアとともにリンガイア王国の城に向かう。
「これが、アリシアがドラゴン使って破壊したって言う部分ね。また、随分と派手に壊したものね。これじゃ、リンガイアの王も怒るの当然だわ。さて、リッチマン、準備はいい?」
「ああ、大丈夫。お、ちょうど良いタイミングで見張りの兵がきたみたいだ。よし、兵士さん、もっと近づいてくれ・・今だ!」
リッチマンは城の城壁の破壊された部分の一部に物体復帰の魔法を使う。一部分だけだが、一旦は元の石材に戻り、そして元通りの城の壁の一部として再現されていく・・破壊された部分の数カ所が元通り、いやそれ以上に綺麗な壁となって復元された。
「おい、おまえら。そこで何やってる?」
兵士が異変に気づいてこっちに向かってきた。リッチマンは兵士に向かって恭しく頭を下げた。
「突然のご無礼失礼いたします。私はエルドォワ国で魔法を使った大工仕事をしておりますリッチマンと申します。こちらは助手のランシア。実はこのたび、我が国の王よりリンガイアに傷つけた部分を急いで修復するようにとの仰せをつかり、こうして馳せ参じた次第です。本来ならリンガイア国の王の許可を先にいただくのが筋なのですが、このような状況故、御許しいただけるかどうか不安でした。未熟者故、先走ってしまったことをしてしまい、誠に申し訳ありません。」
リッチマンとランシアはもう一度頭を下げた。兵士はもともと学が少なく、このような丁寧な礼節や対応に慣れていなかった。それ故、自分に対して敬意を払ってくれる事に気を良くする。
「そんなにかしこまらんでも良い。そうか、エルドォワからの使いであったか。隣国とは言え、道中大変だったであろう。エルドォワ王は乱心したと聞いていたが、このような行為をするとは正気に戻られたのかな?さ、こちらに来るがよい。我がリンガイア国王へのお目通りを特別に許してもらえるよう門番に口添えしてやろう。」
道中大変ね・・本当はひとっ飛びだったが、もちろんそんなことは言わない。ま、ランシアが疲れたのは確かだろうから、大変だと言えば大変だったのかな。そんなことを思いながら、見張りの兵士についていく。ランシアが肘でつついて、なんで私が助手なのよと小声で愚痴ってくるが、仕方ないだろ、そこは設定してなかったんだからと言って渋々納得させる。
「ここだ、少し待ってろ。」
見張りの兵士は門番にしばらく話をしていると、門番も最初は驚いていたが、見張りの兵士の事は信頼しているらしく、城門をあけてくれた。
「王の間に案内する。ついてこい。」
ここまで送ってくれた見張りの兵士に礼を言い、今度は門番についていく。リッチマンは内心不安になる。上手く行き過ぎてないか?王の間といって牢獄に案内されたらどうしようと内心冷や汗をかく。もし、そうなったら、何とかランシアだけは逃がす手を考えなくては。だが、リッチマンの心配は杞憂に終わり、無事玉座に通されたリッチマンとランシアはリンガイアの王にこの国の作法に則ったやり方で最敬礼を行う。
「この度は偉大なるリンガイア国王様にお目通りをお許しいただき、恐悦至極にございます。私、エルドォワで大工仕事をやっておりますリッチマンと申します。こちらはランシア。大工と言ってもまだ学生のみであり、駆け出しですが、幸いにも周囲の温かいご支援と魔法の才に恵まれ、こうして我が国の王より仕事をいただいた次第です。」
「頭をあげよ。まずは、はるばるご苦労だった。最近のエルドォワの王には対応を困らされていた者だが、わざわざ城壁を修復にこさせるとは、もう我が国に支配下に入れなどと言った狂言はないと考えてよいのだな?」
「もちろんでございます。王は以前から親交のあったリンガイアに対し、一時の気の迷いとは言え、今回このような行動をとってしまったことに、大変心を痛めております。今回の謝罪は改めてするとし、まずは何より破壊した城壁の修復を最優先に行うように命じられました。つきましては城壁を修復する作業を御許しいただければと、こうして切に願う次第にございます。もちろん、料金などは一切頂きません。」
「うむ。わかった。元々壊れたものを修復してくれるというのだ。余が何の異論を挟もうか。構わずやるがよい。して、どれくらいでかかる?普通に考えれば3ヶ月ほどか?それに人数はどれくらいおる?人手がいるなら、こちらからもいくらかまわすぞ。」
「いえ、私どもは魔法を使った大工仕事が出来ます故ここにいるランシアと二人だけで十分でございます。期間は小一時間もあれば足りるでしょう。城壁を修復しましたら、また挨拶させていただければと思います。」
「何だと?余をからかっておるのか?ここでそんなことをしても誰も笑わんぞ。御主らの命も危うくなる。」
「誤解があったようでしたら、謝罪いたします。ですが、からかってなどおりません。すでに一部は修復しました。ここからでも、そこの窓から修復した部分をご覧頂けるでしょう。」
王は側近の兵士に命じて確認させる。兵士の顔に驚きが広がる。
「王様。そのものの言う事に間違いはありません。すでに二割型修復されています。信じられない。あの作業だけでも数週間はかかりそうなものだが・・おぬしたち、実は前からリンガイアに入り密かに修復を行っていたのではあるまいな?」
「そんなことをしたら、とっくに気づかれてますよ。その程度の修復ならば数分もかかりません。もし宜しければ、ここからでも魔法による修復は可能ですので、少しご覧にいれましょうか?」
王は周りの側近に何やら耳打ちする。側近が厳かに発言する。
「王からの命令だ。やってみせよ。もし出来なければ対応はわかっておろうな。」
「ご安心ください。それでは」
リッチマンは先ほど見張りの兵士の前で行ったのと同じ要領で城壁の一部をさらに復元させていく。みるみるうちに元通りになっていく城壁をみて、周囲一同から驚きの声が上がる。
「なんと、これほど見事なものとは。おぬしたちまだ学生の身分といっていたが、我が国でこれだけの芸当ができるものなど、おそらくおるまい。大したものだ。」
王も同じように驚きを表情に表し、そして、改まってリッチマンとランシアに告げた。
「見事だ。お主達に城の修復を任せる事にしよう。本当にこちらからの手伝いは・・いや、いらぬだろうな。下がってよいぞ。」
リッチマンとランシアは王に敬礼をし、玉座から退出した。無事城門からも出ると一気に緊張がほぐれる。
「はぁ・・緊張した〜慣れない言葉はしゃべるもんじゃないな。何度舌かみそうになったかわかんないよ。」
「私もリッチマンがあんな言葉使うの、笑いこらえるの必死だった〜。途中で吹き出したら全部台無しだもんね。」
「全く。ランシアの作戦なんだからランシアが責任もってしゃべってくれよな。」
「いやよ。私めんどくさいこと嫌いだもん。それにああいうバカ丁寧な言葉はリッチマンがしゃべった方がしっくりくるんだって。もしカルロスにあんなセリフ言わせたら、きっと周り大爆笑よ。」
「おいおいそりゃひでぇって。カルロスだってやれば出来る子かもしれないだろ」
二人は顔を見合わせ、また大爆笑する。
「さてと、それじゃとっとと仕事済ませちゃうとしましょうかね。ほらよっと。」
リッチマンは残りの城壁の修復も10分もたたないうちに完璧に仕上げてしまった。
「じゃ、リンガイア王さんにご挨拶行きますか。そろそろカルロスの試合も決勝ぐらいまでいってる頃だろうしな。勝ち残ってればだけど。俺たちもそろそろ帰らないとな。」
「大丈夫よ。あいつなら、少なくとも準決勝くらいはすすめるでしょ。途中で怪我してもミワやリアがいるしね。後はニーナたちだけど・・ま、ニーナなら上手くやってくれるわよね。」
リッチマンとランシアは再びリンガイア国王の元へ向かう。リンガイア側にはもはやエルドォワ王国と戦う意思はなくなった。