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【完結】愛しておりませんので、愛妾やめさせてもらいます。 ✦  作者: 逆立ちハムスター


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2

「な、何を言っているんだウアルバナ? 照れる必要はないのだぞ? 昨夜、貴様はポンポニアに突き飛ばされて傷ついたと――」

「いいえ殿下! 昨夜のそのお時間、私はお腹が空きすぎて倒れそうでしたので、王城の厨房に忍び込み、コック長のルキウス様から『お前はまた来たのか』と呆れられながら、豚肉の塩漬けと固いパンを分けていただき、夢中で食しておりました!!」


私の堂々とした宣言に、大広間がドッとざわめいた。


「ぶ、豚肉の塩漬け……?」

「可憐な男爵令嬢が、夜中に厨房で……?」

「っていうか、昨夜は噴水広場にいなかったの……?」


貴族たちのヒソヒソ声の質が変わる。

ドミティウスの顔から、急速に血の気が引いていくのが見えた。彼は冷や汗をダラダラと流しながら、引きつった笑みを浮かべて私に近づいてくる。


「ウ、ウアルバナ……? 冗談はよせ。私を庇うために嘘をついてくれているのか? だが大丈夫だ、私は王子だぞ? ポンポニアの嫌がらせなど――」

「嘘ではありません! コック長のルキウス様だけでなく、見張り番の近衛騎士カシウス様も『夜食を食うなら早く部屋に戻れ』と私に注意なさいました! 証人はたくさんおります! 私は昨夜、口いっぱいに豚肉を頬張っていただけで、ポンポニア様に突き飛ばされたことなど一度もございません!!」


「な……ッ!?」


ドミティウスは絶句した。

ハシゴを外されたのだ。自分が完璧な証拠として提示するはずだった『被害者(私)』本人から、全力で梯子を蹴り飛ばされたのだから当然である。


ポンポニア様が、すっと一歩前に出た。

その洗練された佇まいには、一切の揺らぎもない。


「……ドミティウス殿下。ウアルバナ様がこうおっしゃっておられますが? 私は昨夜、宰相閣下と対談しておりましたのでアリバイがございますが、そもそも『被害』そのものが存在しなかったようですね」


「ぐ、ぐぬぬ……ッ! こ、公爵家の権力で証人を買収したなポンポニア!!」


ドミティウスは往生際悪く叫んだ。完全にテンパっている。哀れなほどにボロが出始めている。


「だ、だとしてもだ! 昨夜の件は良かろう! だが先週の茶会はどうだ! 貴様がウアルバナのドレスに、わざと熱い紅茶をぶっかけたことについての弁明を聞こうじゃないか!!」


(出た!! 第二の冤罪ネタ!!)


私は間髪入れずに、ドミティウスの言葉を遮った。


「それにつきましても殿下!!」


「ぶふっ!?」

ドミティウスが妙な声を上げた。


「先週の茶会の件も、完全に私の過失でございます!」

私は胸を張り、毅然とした態度で広場の中央へと進み出た。


「あの時、配膳されていた特注の苺タルトがあまりにも美味しそうだったため、私は浮かれて走ってしまいました! その結果、自分のドレスの裾を自ら踏みつけて盛大につんのめり、ポンポニア様のテーブルへ顔面からダイブいたしました! 紅茶がこぼれたのは、私がポンポニア様のカップに鼻先を突っ込んだからです!」


「は、鼻先……!?」


「ええ! むしろ私は、ポンポニア様の素晴らしい特注シルクドレスを私の顔面紅茶スプラッシュによって汚してしまった加害者でございます! 後日、クリーニング代として我が家のなけなしの予算からお支払いしようと思っていた矢先でした!」


私の怒涛の自爆(事実)暴露に、会場のあちこちからクスクスという忍び笑いが漏れ始めた。


「なんだ……ポンポニア様が意地悪したんじゃないのか……」

「ただの食いしん坊なドジっ子じゃないか……」

「というか、ウアルバナ嬢のドジをポンポニア様のせいにしようとしていたのか、王子は……?」


風向きが、完全に変わった。

ドミティウス王子は、冤罪で公爵令嬢を追い詰める「正義のヒーロー」から、ただの「思い込みの激しい勘違いバカ王子」へと転落しつつあった。


ドミティウスは顔を真っ赤にし、プルプルと震えながら私を指差した。


「ウ、ウアルバナ……! お前、正気か!? 私たちは誓い合ったではないか! 貴様は私の『真実の愛』であり、二人でこの愚かな婚約者を排除し、幸せになろうと……ッ!」


(うわあああああッ!! 余計なこと口走るなこのバカ王子!! 私を巻き込むな!!)


私は深々とため息をつき、これ以上ないほど冷ややかな、しかし表面上は大変申し訳なさそうな顔を作って、ドミティウスに一礼した。


「……殿下。大変恐縮ですが、言葉の行き違いがあったようでございます」


「な、行き違い……!?」


「はい。私が殿下にスケッチを見せていただいた際、『まあ、殿下のお顔はまるで古代の彫刻のように整っていらっしゃいますね』とお世辞……失礼、お褒めの言葉を申し上げたことはございます。しかし、それは単に『顔造形に対する客観的な評価』を述べたに過ぎません」


「か、顔造形に対する客観的評価ぁ!?」


「ええ。それを殿下が『自分に対する真実の愛だ!』と過剰に解釈され、連日私の部屋に押しかけられ、本日も『面白い余興があるから来なさい』と強引に腕を引っ張られてこの場に連れてこられただけでございます。私と殿下の間には、愛も、特別な情愛も、一切存在いたしません」


バッサリ。

まさに、切れ味鋭い名刀で一刀両断にするかのような拒絶。


大広間の貴族たちから、「おお……」「顔しか褒められてない……」「完全に王子の空回り……」「痛々しすぎる……」という同情と軽蔑の混ざった視線が、ドミティウスに集まる。


「な……っ! ななな……っ! 貴様ら、私を愚弄するのか! 私はこの帝国の第一王子だぞ!!」


ドミティウスは完全にパニックに陥り、目を血走らせて喚き散らし始めた。

だが、もう誰も彼を「威厳ある王子」としては見ていない。


その時。

静かに、しかし絶対的な存在感を放ちながら、ポンポニア様が歩み寄ってきた。


彼女は私の前で足を止めると、フッと小さな、だが妖艶で美しい微笑を浮かべた。


「ウアルバナ様」


「は、はいっ! ポンポニア様!」

私は速攻で最敬礼の体勢をとった。ここで逆らったら前世の二の舞である。


「貴女の誠実な証言、感謝いたしますわ。ドレスの件は……まあ、後でじっくりとお話しを聞かせていただきますけれど」


(ひぇっ……! クリーニング代、やっぱり請求される感じ……!? でも命助かるなら安いもんよ!)


ポンポニア様は私から視線を外し、哀れな姿で立ち尽くすドミティウス王子へと向き直った。その瞳には、すでに死体を見るかのような冷徹な光が宿っている。


「さて、ドミティウス殿下。『冤罪による私への侮辱』『王家の威信を失墜させる愚行』『並びに、夜会における無秩序な混乱の招致』。……これらの件について、父であるコルネリア公爵、並びに国王陛下へご報告させていただきますわ」


「ひ……っ!?」


「それから……殿下がウアルバナ様との『真実の愛(笑)』にかまけて、ここ数ヶ月滞らせていた執務の書類、および私設騎士団の予算流出の件につきましても、すでに証拠は揃っております」


ポンポニア様がパチンと指を鳴らすと、控えていた近衛兵たちがゾロゾロと大広間に入ってきた。


「な、なんだ!? 無礼だぞ! 離せ! 私は第一王子だぞ! ウアルバナ! ウアルバナ、助けてくれぇ!!」


近衛兵たちに両脇を抱えられ、情けなく脚をバタつかせながら引きずられていくドミティウス。

彼は最後まで私に助けを求めて叫んでいたが、私は静かに目線を逸らし、心の中で合掌した。


(さようならバカ王子。君の自爆劇に付き合うほど、私はお人好しじゃないのよ。自分の撒いた種は自分で刈り取ってね)


騒然とする大広間。

ドミティウスが連行されていき、一応の収束を見せた現場で、私はそーっと壁際に後退し、この場からドロンしようとした。


巻き添え回避完了!

これにて一件落着! さあ、自室に帰って温かいスープでも飲んで寝よう!


そう思って足早に去ろうとした私の背中に、鈴を転がすような美しい声がかけられた。


「待ちなさい、ウアルバナ様」


ピクッ。

私の体が凍りついた。


ドアの軋み音を上げながらゆっくりと振り返ると、そこには完璧な笑みを浮かべたポンポニア様が立っていた。


「殿下のハシゴを見事な手際で外した貴女の度胸、感服いたしましたわ。……ですが、私と私の家に迷惑をかけた事実には変わりありませんわね?」


「あ、あの……! クリーニング代でしたら、実家の畑を売ってでも……!」


「ふふ、お金なんていりませんわ。……ただ、これほど面白い『人材』を、放っておくのはもったいないもの」


ポンポニア様の目が、獲物を狙う肉食獣のように妖しく光った。


「明日から私の家庭教師……いいえ、私の『参謀』として、公爵邸に来ていただきますわ。拒否権はありませんからね?」


「ええええええええええっ!?」


前世の記憶が戻り、無事に『巻き添え破滅』を回避したはずの私。

しかし、どうやら私の平穏な異世界生活は、別のベクトルで波乱に満ちたものになりそうだった――。

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