第5話 恋愛的には、アリだったかも
「春宮さんだったんだよ」
「冬月くんが付き合いたいって思う人は」と秋島さんが付け加える。
私たちの席だけ時間の止まったような静けさになった。
「そうなんだ」とだけ答えて彼女の表情を見る。
羨望や嫉妬が入り混じったような、複雑な目をしていた。
「……だから、私が冬月くんと付き合ってたんじゃないかって思ったってこと?」
「まあそうなるかな」
私から視線を逸らして、秋島さんは飲み物を口にした。
彼女の喉元が動くのをなんとなく眺める。
細い首筋に、小さな波が生まれた。
「さっきも言ったけど、冬月くんと付き合ってないよ」
付き合ったこともないし、とはっきり否定した。
私がそう答えると、秋島さんは切ない笑みでこう続けた。
「もう全部、終わったことなんだけどね」
蒼くんはいないから、と呟く。
その『終わった』という言葉にどんな意味が含まれているんだろう。
彼女のその言葉には、様々な含みを感じさせられた。
どう答えればいいのか悩んでいると、再び秋島さんが口を開いた。
「春宮さんはさっき、誰とも付き合ったことがないって言ってたよね?」
「そうだね」
「それってなんでなの?」
春宮さんってめっちゃ人気あったよね、と彼女は呟く。
「んー……」
上を見上げて少し考えてみる。
「いい人がいないからかな」
いい人がいれば、私だって付き合いたい。
でもそんな人を見たことはない。
だから付き合っていない。
「いい人ってどんな?」
「私に合った人かな」
「春宮さんに合う人ってどんな感じなの?」
「そうだね……」
立て続けの質問に、少し警戒しながら腕を組む。
「優しい人、とか?」
最もありきたりな答えを出した。
基本的に、タイプを聞かれたときはこう答えるようにしている。
お淑やかな私のイメージに合うから。
好きなタイプや趣味も、私の印象から外れないようにしなければならない。
そうすることで、今の関係を維持することができるから。
「イメージと違うね」という言葉は私がとても恐れている言葉。
それを隠すために、仮面を被って擬態している。
レモンサワーのグラスに付着した水滴が、重力に従ってツルツル落ちていった。
「……春宮さん的には、蒼くんってどうだったの?」
「どうって?」
「恋愛的にってこと」
逃げ道を塞ぐように、彼女は補足してきた。
冬月くんのことが好きだった彼女にとって、最も適切な返答は何か考える。
『お淑やかな私』としての適切な答え。
しかし「冬月くんがこの世にいない」という事実とアルコールが混ざり、上手く頭が回らない。
だから私は本音で答えた。
「恋愛的にアリかナシかって話だったら……まあアリだったかもね」
セフレのいる経験がある人なら一度は考えたことがあるはずだ。
『もしこの人と付き合ったらどうなるか』
ただセックスするだけで満足だから面倒、という人もいるだろうし、
できるんだったら独占したいと考える人もいるだろう。
もちろん私はセックスするだけで満足、というタイプだった。
でももし冬月くんが「映画を見に行こう」って誘ったり、
「ご飯食べに行きたいんだけど」って言ってきたり、
「付き合いたい」って言ってきたらどうだったか。
最初は拒否するけど、何回か頼まれたらおそらく惰性で受け入れていただろう。
私にとって冬月くんはそういう人だった。
「アリ」でもないし「ナシ」でもない。
少し好意的には見ている感じ。
でも決して好きではない。
だからこその『アリだったかも』だ。
「そっかぁー」
そう言って秋島さんは飲み物を口に含む。
私の答えをゆっくり解釈しているようだった。
「まあ蒼くんもなんだかんだかっこよかったからね」
「秋島さんから見てもそうだったんだ」
「まあね」
中学校あたりで一気に身長が伸びてスタイル良くなったし、と秋島さん。
「でも春宮さん的にもアリ寄りだったのに、蒼くんは何もしなかったわけか」
チキンだねぇ、と笑ってから、秋島さんは飲み物を口にした。
何もしなかった、というのはおそらく違う。
だって私たちはセックスしてたし、最後の日にはキスだって—
その時、テーブルに置いてある秋島さんのスマホが光った。
涙目のウサギのイラストがロック画面の壁紙として視線に入る。
「あ、ごめん」
ちょっと連絡返すね、と呟いて秋島さんはスマホを触り始めた。
隙間を埋めるために、私はレモンサワーをちびりと飲んだ。
氷が溶けて、かなりぬるくなっていた。
「彼氏からだった」
秋島さんはそう言ってスマホを鞄にしまった。
「へー彼氏いるんだ」
「うん」
同じ学部の後輩らしい。
「蒼くんと一緒の大学を受験したんだけど、あと1点足りなくってさ」
「うん」
「別の大学に行ってまで蒼くんのこと引きずるのって私らしくないなって思って」
「私らしくない」という言葉に少し身体が反応した。
「どうせだったら蒼くんのタイプな私になって彼氏を作って、私をフッたことを後悔させてやろうって思ったんだよね」
だから春宮さんみたいな綺麗系を意識してるんだ、と彼女は付け加えた。
秋島さんは冬月くんから見た私を目指している。
私から見て冬月くんはただのセフレでしかなかった。
だから冬月くんから見た私も、ただのセフレだと思っていた。
冬月くんから見た私は、どう映っていたのだろう。
「……でもその私を見せる前に死んじゃった」
俯きながら彼女はぽつりと呟いた。
周囲の騒音がやけにうるさく聞こえる。
「秋島さんはその、理由とかって、」
「知らないよ」
私の言葉を遮って彼女は口にした。
「何も知らないし、何も教えてもらえなかった」
「……」
「10年以上一緒にいたのに、電話をメッセージも何もなかった」
「……」
「結局、私って蒼くんにとってただの幼馴染みでしかなかったんだなって」
マジでなんなんだろーね、と彼女は軽く笑った。
彼女の目には涙が溜まっていた。
「ごめん、ちょっとお手洗い行く」と呟いて、彼女は席を立った。
私は残りのレモンサワーを一気に飲み干した。
さっぱりした味というのは、悪く言えばぼやけた味だと思った。
数分後、彼女は再び戻ってきた。
少しだけ目が腫れていたが気づかないフリをする。
「今日は来てくれてありがとね」
「うん」
どう返答するのが適切か悩み、ただ頷くだけになってしまった。
「もしよければなんだけどさ、連絡先交換しない?」
「もちろんいいよ」
秋島さんにQRコードを見せると、すぐ秋島さんのアカウントが表示された。
「まだ食べたりないとかある?」
「もう満足かな」
じゃあ帰ろっか、という彼女の言葉を合図に席を立った。
レジでどちらとも自分が出すと言ったが、「運転をしてもらってるのに悪い」と私が言い張ると、彼女が折れてくれた。
クレジットカードで精算を済ませて外に出る。
その後は他愛のない雑談をして私の家まで送ってもらった。
「ほんとにありがとね」
「こちらこそ」
車を出てから窓を開けて私たちは話をした。
「次会うってなったら成人式になるかな?」
「そうかも」
じゃあまたね、と彼女が見えなくなるまで手を振った。
「ふぅー……」
溜め息を吐いてから、自宅に戻った。




