第60話 飴とムチ
「ゼ、ゼノン様……この度は俺やみんなをこの国へ連れて来てくれて本当にあ、ありがとうございました!」
アルテリアはそう言いながら、立ち上がってぎこちなく我へ頭を下げる。
「以前にも言ったが、そなたの祖父に縁があっただけだ。それと我に対して無理に敬語を使う必要はないぞ」
「わ、わかった。だけどゼノン様には本当に感謝しているんだ! ここでの生活は本当に快適だった。周りのやつらが俺たちのことを普通に扱ってくれているし、子供たちに親切にしてくれるやつもいた」
「ええ、私からも改めてお礼を言わせてください。本当にありがとうございました」
「そうか……」
共に隣にいたマーナという修道女も頭を下げてくる。実際のところ、アルテリアと修道女のこれまでの環境が悪すぎただけで、今のが普通の環境なのだがな。まあ、あの街では厄介者として扱われていたから、よりそう感じるのかもしれない。
まともに物を売ってもくれず、孤児院にゴミなどが投げ込まれている酷い惨状だったからそう思うのも仕方がないか……。
「なにかゼノン様の役に立てることはないか? このまま恩を受けっぱなしじゃさすがに気分が悪いんだ」
「その気持ちだけで十分だ。それにアルテリアはこの街付近の魔物を狩っているのであろう? それだけで間接的に我の役に立っているぞ」
「そ、そうか……」
屋敷の庭にはアルテリアが狩ってきたと思われる魔物の毛皮が並べられていた。ちゃんと我の言った通り自分たちの食いぶちは自分たちで稼いでいるようだし、それで十分である。そしてこの街付近で人や田畑を襲う魔物を狩っていることは多少なりとも我の役に立っていることとなる。
だが、我がそう言うとアルテリアはあからさまにがっかりした表情を浮かべる。まあ、あまり他者から施しを受けすぎるのもそれほどいい気はしないものか。
「そうだな、この街の治安を維持している騎士団に聞いてみるか。あそこなら実力があれば使ってもらえるだろう」
「き、騎士団!? ……俺が本当にいいのかよ?」
「我は家柄など一切考慮せぬからな。逆を言えば、アルテリアが勇者の孫であるからといって優遇したりはせぬぞ」
この街の騎士団長であるルーカスは平民であるし、他の騎士たちも実力のある者を採用している。ミラがこの街に貢献した者の希望する者を治療するようになってから騎士団を希望する者も増えたので、実力のある者でなければ入れないはずだ。
「おう、望むところだぜ!」
「まあ! アルテリア、応援しているわ!」
突如としてやる気を出すアルテリア。
人族の中で騎士という職業は憧れの強い職のようだ。我が領主となるまでは完全に腐りきっていた組織だったが、それでもルーカスのようなまともな者も多少はいたからな。もしかすると騎士団へ入って祖父である勇者の汚名を返上するという目的もあるのかもしれぬ。
そういえばアルテリアと出会った時は暗く淀んだ瞳をしていたが、今では瞳にうっすらと光が宿り始めてきたようだ。少しだけ勇者の面影が出てきたかもしれぬな。
今回アルテリアは特にミラと言い争うことなく屋敷をあとにした。そのままミラとセレネと共に騎士団へと向かっている。
「あの者もゼノン様の偉大さがわかってきたようですね。様付けで呼ぶようになったことは評価しましょう」
「ちゃんとゼノン様に頭を下げていましたね!」
……いや、そこについてはどうでもいいのだがな。どうやら2人が初めからアルテリアを敵視していたのは勇者の孫であることの他に我への態度が悪かったこともあるらしい。
アルテリアもたった5日間でよく我に頭を下げるほど素直になったものだ。……まあ、アデレア国での扱いがあまりに酷すぎたこともあるのだろう。
「ゼノン様、わざわざご足労いただきまして感謝いたします」
騎士団へ行くと、団長であるルーカスは不在であったので、騎士団の副団長と話をする。相変わらずルーカスは団長であるというのに自ら走り回っているようだ。話をする分にはこの者のほうが話は早いのである意味よいか。
「それで街の治安の方はどうだ?」
「はい、ミラ様のおかげもございまして、騎士団の希望者も増えております。また、犯罪への処罰を強化したおかげで犯罪自体が少なくなっております。もちろんそれはこの街の者の生活が豊かになったおかげでもあります」
街の犯罪の数は減っているらしい。まあ、これまでの治安が悪すぎただけでもあるが。
わかりやすいミラの回復魔法の飴と、たとえ貴族であっても罪人を容赦なく処罰するムチが効いているのだろう。




