32.レイジの受難2
扉が閉まり、ようやく静けさが戻った執務室。
レイジはソファに深く沈み込み、メグは紅茶を一口飲んで肩の力を抜いた。
「……ふぅ。やっと帰ったか。」
「お疲れさま。まさか、あの子がアンジェの娘だったとはね。」
「まさかですよ……」
「でも、あの子、なかなか見込みあるわよ?」
「母上、冗談はやめてください。」
メグがくすくすと笑いかけたその時――
「レイジ様はどこですかっ!!」
玄関の方から、またしても騒がしい声が響いた。
「……え?」
「……また?」
メグとレイジが同時に顔を見合わせた。
次の瞬間、扉が勢いよく開かれ、
今度はまったく別の雰囲気をまとった少女が現れた。
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長い銀髪に、氷のように透き通った瞳。
背筋をピンと伸ばし、完璧な礼儀作法で一礼するその姿は、
まさに“王族の鑑”といった風格を漂わせていた。
「レイジ様、ようやくお会いできました。
わたくし、正式にご挨拶に参りました。」
「……誰?」
「……誰?」
またしても、メグとレイジの声が重なった。
少女は微笑みながら、胸に手を当てて名乗った。
「わたくし、リュミエール・フォン・アルセリア。
隣国王家の第一王女にして、第二王女の姪にあたります。」
「……えっ、第一王女の娘?」
「はい。母上から“あなたの天敵”と聞いております、メグ様。」
「……あら、ずいぶんとストレートな自己紹介ね。」
メグは眉をひそめながらも、どこかで見覚えのある顔立ちに、
過去の記憶をたどっていた。
「まさか、あのときの……」
「ええ。幼少の頃、あなたに“お菓子は自分で買え”と叱られたこと、今でも覚えております。」
「……あの時の泣き虫が、こんなに立派になって。」
「おかげさまで、心に深い傷を負いました。」
「それは悪かったわね。」
レイジはというと、すでに察していた。
「……もしかして、あなたも僕に?」
「はい。わたくし、レイジ様の聡明さと品格に心を奪われました。
どうか、わたくしと婚姻を前提にお付き合いを――」
「お断りします。」
即答だった。
「……っ!」
リュミエールは一瞬、目を見開いたが、すぐに微笑みに戻った。
「では、まずはお友達から始めましょう。」
「いや、そういう問題じゃ……」
メグは頭を抱えた。
「……レイジ、あんた、どこまで無自覚で人を落としてるのよ。」
「僕のせいじゃないです!」
「……ホソイ、次の対策を考えなきゃいけないわね。」
「はい。すでに“王族対応用の婚約回避マニュアル”を作成中です。」
「さすがね。」
こうして、メグの執務室は再び騒がしさを取り戻し、
レイジの平穏な日常は、一歩また一歩と遠ざかっていくのだった。




