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裕也

 それが3月の話だった。

 世田谷の貸主からは、改築許可を取りつけていたので、邸宅の周りを、堀のような池で覆っておいた。

 門前から玄関まで至る、曲がりくねった石畳の両脇はつねにスプリンクラーが作動してしる。

 冬でも夏でもお構いなしだ。

 裕也と時雄が通るときだけ作動はやむが、第三者、それこそ犬でも迷い込むと急激に作動して、人も犬もずぶ濡れになるという

システム的な凝りようだった。

 

 ランドクルーザーでここまでたどり着いて初めて、時雄はほっと一息がつけた。


 東京は雪が積もる土地ではない。

 積もるにしても雪山はできない。

 念のため、雪の日は外出をひかえさせる。


 一息はついた。

 が、怪異の不安は取れない。

 彼は裕也を有名な私学に入れて、送り迎えを必ず自分でした。

 

 彼は裕也の下校の30分前に校門前にランドクルーザーを乗り付け、車外に出て、サングラスをかけたまま仁王立ちする。


 - 悪魔野郎、来るならこい。ポリタンクの水をぶちまけてやる -


 生徒たちもグラスで威嚇する。

 特に、裕也の同級生たちに。


 - 俺の裕也を苛めたら、追い込むぞ。何があっても、どういう理由でも、だ。 -


 

 

 ……実際裕也は同級生に訊かれたことがある。


 「お前の、送り迎えさん」

 「う、ん」

 「誰?」

 「とう、ちゃん」

 「こわいな。やくざの親分?」


 裕也は困ったように笑うしかなかった。

 が、裕也自身もうれしいことがあった。


 父がとても優しくなった。

 そして、母と離れる隙間をうめるように、いつも一緒にいてくれる。


 朝晩は一緒に歯磨きをしてくれる。

 休みの日はスプリンクラーの効いた公園でキャッチボール。

 ご飯もお弁当も作ってくれる。

 晩御飯は一緒につくってくれるし、たまねぎのみじんぎりをすると、


 「泣かないな。強い。裕也は強いな」

 とほめてくれる。


 料理は、実は裕也のほうができる。

 こっちに越した当初は、彼の父は父自身が作った味噌汁に顔をしかめて、

 「康子のを、よく味わっとけばよかったよ。研究が必要だ」

 と言ったりした。


 たまにふと、母や、新潟のクラスメートたちを思い出して、さびしい顔をすると、父は、

 

 「さびしいか?」

 と訊いて来るので、裕也はうなづく。

 と、必ず

 「全部、俺が悪いんだ。」

 といって、強く抱きしめてくるので、裕也も胸の奥が、きゅううとしまる。

 父が悲しそうだからだ。


 けれど、父は裕也が寂しい時以外は、堂々としている。


 「護身術はな。裕也。男が生きる術だ」


 と言って、じーくんどーという教室に連れて行ってくれる。

 一緒に

 「ほわ!」

 とか

 「は!」

 とか言って、足や手を前に出していると気持ちがいい。

 裕也は言葉に困らない。


「は」

 でも

「ほわ」

 でも

「あ」

 でもいいからだ。


 父の体は迫力があるので、かっこいい。

 一緒にならっているのに半年もしたら、道場のえらいひとを

 吹き飛ばしてしまった。

 あやまる姿も、堂々としていてかっこいい。

 仕事をうちでするすがたも。

 一緒に絵を描いてくれるときも。

 勉強だってとても分かりやすく教えてくれるしクリスマスなんか、サンタのカッコをしてくれて、大きなラジコンをくれるのだ。

 ……とまあこんな感じで裕也は10歳を迎えた。



 東京の、雪のない冬を過ごし、2月に入ると、父が赤い目をすることが多くなる。

 

 - なんかしちゃったのかな。 -


 と、不安な顔をすると、父は寂しそうに微笑んで


 「俺が悪いんだ。お前のせいじゃない。……堂々としていろ」


 と言って、裕也の髪をくしゃくしゃにしてくる。



 裕也は安心するが、不安に思う。



 - なんか、へんだ。-



 3月に入った初めに、東京に雪が降った。

 

 父は

 「今日は、家から出るな。道場も休め。いいか。一日、俺から、離れるな」

 と、ものすごい怖い顔で言うので、裕也はなぜか悲しくなった。

 裕也はうまくいえないが、父がとても怖がっているので


 - ゆうやが とうちゃんを まもるよ ー


 と言いたかったが、強さに自信のない裕也は言えなかった。


 裕也も怖かった。

 玄関のスプリンクラーはとても強い勢いだった。


 でも、雪は溶けて、東京の道は乾いた。


 

 昨日ー



 とても、風の強い夜。


 停電が起きた。 

 午後は7時30分だった。

 真っ暗になった。


 「裕也あああああっ! 俺のそばにこいっ!」


 父の叫び声が聞こえた。

 行こうとしたら、ふっと、なんか、すごい眠くなって、祐也は眠ってしまった。



 現在ー。



 気がつくと、どこまでも雪が白くて明るくて、頬っぺたが風で痛くて裕也はぶるぶる震えた。

 寒いからだ。

 でも、とても、とても広くてどこが端っこか分からない白と銀の世界の向こうから渡ってくる風が、ケーキのデコレーションにつかう粉砂糖みたいに白くて、お月さまの光にきらきらしてそれがとても綺麗で、裕也は息を飲む。

 遠くでばさって音がして、振り向くと、おとぎ話の絵本みたいな藍色の空と山の間から、フクロウみたいな影が見えて、裕也はあんぐり口を開けた。

 口から白い息が漏れて、すぐに凍っていく。


 ― どこ? ここ ―


 と、裕也が思った時。


 「寒いかい?」


 と、後ろから声がかかった。

 とても穏やかで優しい声だった。

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