第7章 五人組
「鎖は、握る手より、握られる手のほうが固く結ばれる。」——キョウカ
【前回のあらすじ】 深夜の密室で、リオとアオイは神について語り合う。「私は、神になるために死ぬの」。リオは答えた。「その最期、私が見届けるわ」。
郊外の貸会議室に、120 人の女性が集まっていた。
キョウカはホワイトボードに、五つの丸を描いた。丸の下に、また五つの丸。さらにその下にも。
「今日から、皆さんを五人ずつの班に分けます。班の外の人間は、誰が誰なのか知らなくていい。知っているのは、班長と、私だけ」
部屋の空気が、かすかに張りつめた。
「私たちは法に逆らうのではありません。法が女性を守らなかった事実を、目に見える形にするだけです。そのためには、情報が漏れない仕組みが必要なんです」
キョウカの声は、いつものように優しかった。
「班の中では、秘密を隠さないこと。週に一度、同じ班の誰かについての報告書を、私に提出してください。誰かが規則を破れば、班全員で責任を負います。これは監視ではなく、信頼の可視化です」
拍手が起きた。それは、安心の拍手だった。誰もが、居場所の輪郭をもらえたことに、ほっとしていた。
会議が終わったあと、シホはキョウカを呼び止めた。
「ねえ、キョウカ。報告書って、密告のことじゃないの」
「どうして、そんな言い方をするの」
キョウカは、傷ついたような顔をした。
「だって、互いの弱みを握らせれば、誰も抜けられなくなる」
「抜ける必要がある人なんて、いないでしょう」
「鎖はね、握る手より、握られる手のほうが、固く結ばれるものなのよ」
キョウカは微笑んだ。シホは、その笑顔の奥に、一度も見たことのない暗い部屋が広がっている気がして、それ以上、何も言えなかった。
部屋の隅で、リオが壁にもたれてやり取りを聞いていた。帰り際、キョウカが囁く。
「いつか、この班をに二百から、千にします。街のあちこちに、見えない手足を持つ巨大な身体を作るんです」
「百の班ができたら」
リオは、窓の外の夕焼けを見ていた。
「どんなに綺麗に、壊れるのかしらね」
キョウカの頬が、歓喜に紅く染まった。
*
夜十一時。キョウカの部屋のドアが、控えめに二度ノックされた。
久世誠也は、コンビニの袋を片手に、いつもの疲れた笑顔で立っていた。三十四歳。大手新聞の政治部記者。取材で出会って一年、いつの間にか、キョウカの部屋の合鍵を持つようになった男だった。
「何も食べてないだろう。君は、演説の日はいつもそうだ」
「あなたは、記者の顔をしていないときのほうが、ずっと素直ね」
「君の前だと、書く手が止まるんだ」
誠也は台所で卵を割った。キョウカは窓際に立ち、眠らない街を見下ろしていた。
「氷室大臣の周辺が、君たちの動きをだいぶ気にしてる。来週、何か仕掛けてくるかもしれない」
「情報の出どころは、匿名の封書でな。やけに整った、綺麗な字だった」
誠也は笑ったが、キョウカは、もう聞いていなかった。
「そう。ありがとう」
キョウカは微笑んだ。胸の内で、その情報の使い道を、すでに数えながら。
誠也は気づいているのかいないのか、卵を溶きながら言った。
「なあ、キョウカ。君は、誰のために闘ってるんだ」
「女たちのためよ」
「それは、演説の答えだな」
鍋の火を止めて、彼は振り返った。
「俺には、君が、誰か一人の目に映りたくて走ってるように見えることがある」
キョウカの指が、カーテンを握った。
「……考えすぎよ」
「そうだな。記者の悪い癖だ」
誠也はそれ以上追及せず、温かい卵がゆを二つ並べた。
「革命家はさ、恋人の前でだけ、許されたいと思うのかもしれない。俺は、許す係でいいよ」
キョウカは、スプーンを持ったまま、しばらく動けなかった。
この男は、優しい。優しすぎて、使うたびに、胸の奥が少しだけ軋む。それでも彼女は、明日の朝には、また彼の優しさを、道具の列に加えるのだろう。




