第1章 光のサロン
「人は救われたいのではない。見られたいのだ。」——キョウカ
四十八階の窓は、東京という街をひとつの巨大な回路基板に変えていた。
藤堂キョウカは、その光を背にして立っていた。女性支援NGO「ウィメンズ・プログレス」の月例サロン。集まった女性は百八十人を超え、誰もがスマートフォンを伏せ、息を詰めて彼女の言葉を待っている。
「私たちは、選ばれる側でいることをやめます。選ぶ側になるんです」
「人は救われたいのではありません。見られたいんです。だから私たちは、あなたを見ます。一人も、見逃しません」
拍手が波のように広がる。キョウカは三十一歳。声は低くよく通り、語尾だけがかすかに笑っている。その笑みに人は安心し、気づかぬうちに頷かされる。
「そして今日は、私たちの顧問を紹介します」
キョウカが脇へ退いた瞬間、空気が変わった。
扉の前に、浅倉リオが立っていた。
白いシャツに黒のロングスカート。装飾は何もない。それなのに、部屋のどの照明よりも彼女が明るく見えた。二十六歳。フォロワー三百万人。投資家令嬢。どんな肩書きを並べても、その人を説明したことにはならない。
リオはゆっくりと歩き、壇上には上がらず、最前列の若い女性の前で立ち止まった。
「あなた、手が震えているわ」
「あ、あの、すみません。ずっと憧れていて……」
「謝らなくていいの。震えるのは、本気だからでしょう」
リオは微笑んだ。完璧で、少しも温度のない微笑みだった。それでも女性は涙ぐんで頷き、会場の誰もが、自分もあの言葉をかけられたいと願った。
キョウカはその光景を舞台袖から恍惚と眺めていた。
(ああ、この人だ。この空っぽの美しさこそ、世界を壊す旗にふさわしい)
サロンの奥、障子で仕切られた小部屋には、もうひとり「聖女」がいる。桐生アオイ。会が終わる頃、彼女に会うための列が、静かに廊下へ伸びはじめていた。




