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第二十一話 視界

視界は、夜明けの前に入った。


入った報を、アリアが東の石垣の上から落とした。落とした声が、槍の石突きより先に中庭へ届く。赤髪が夜気と Sweat で一色濃い。濃い匂いが、門の四樽の湿った木を殴る前に、言葉だけが走る。


「見えた。尾ではない。頭だ。頭が、旧街道の切れ目に出た。出た影が、学院の旗の方向を見ている。見ている」


見ている。旗を見ろ、の命令が、成体の目になった。なった瞬間、緊急の下書きの条件が揃う。揃った条件を、セレナが防衛卿の扉へ運ぶ。運ぶ足は走らない。走ると手続きが先に見える。見える前に、紙だけが引き出しの前へ着く。


防衛卿は眉を動かさなかった。動かない作法のまま、蠟に触れた。触れた印が、下書きを有効にする。有効になった紙を、娘の旗が門の上で受ける。受ける金髪は解いている。解いた Sweat が、夜明け前の冷気で白く光る。


「緊急防衛を発動する。門を閉じる。閉じた内側は、騎士団の所管だ。所管の外の客は、敷居を越えるな」


閉じる。棒が落ち、鎖が内側からかかる。かかった門の外で、四樽が熱を返す。返す水は、もう学院の喉へは入らない。入らない在庫を、外套の男が笑って見た。笑いは、商人の皮をほぼ脱いでいる。


「閉じたな。閉じた門の内側で、影を斬れ。斬ったあとに空の井戸が戻らなければ、戻らない水位を机が配る。配る印は、すでに下書きにある」


下書き。本印ではない。ではない紙が、門を一時的に騎士へ戻した。戻した所管を、クラッドが内から翻訳しに来る。香水は薄い。薄い口が、閉じた門と四樽の分断を知っている。知っている顔で、彼はリリアの貼りついた胴衣を見る。見る位置は、右隣のつもりをまだ捨てていない。


「閉じたなら、本印を重ねろ。重ねた印が、影を予備の内側にする。内側の影は、戦争ではない」


「重ねない」防衛卿の声が、扉の内側から落ちた。「緊急は門を閉じるだけだ。閉じた門で影を視認し、視認した範囲で防ぎ。防いだ先の本印は、今日も出さない」


出さない。四度目の空白が、緊急のあとも本契約を拒む。拒んだ空白の下で、神官正が空の縁で手を合わせる。合わせた手の下で、円筒は底の殻のまま。殻を、彼は試しの完成と呼ぶ。呼び方を、帳面は水位ゼロと鎖の外れと、視界の報で否定し続ける。


トオルは六袋の残を、剣の届く距離でリリアに見せた。見せる数字は、門の外へは出られない、に変わっている。出られない代わりに、閉じた内側で旗が斬る側に戻る。戻った旗の Sweat が、石垣の上の風に揺れる。


「影はどこまで」


「切れ目まで」アリアが石垣から答えた。「切れ目から門まで、歩いて一刻弱。一刻弱のあいだに、誘導の杭が最後の二本を残している。二本を嗅げば、中庭の旗が正面に見える」


二本。キリカが本数の最後を置いた。置いた声が、柱の陰で短く落ちる。


「呼ばない。呼ぶと、閉じた門の内側が保護の予備になる。予備になったあとに斬っても、水位は机のものだ。机のものを、緊急の紙だけではまだ呼べない」


呼ばない。空の顔、鎖の外れ、視界。三つが揃っても、本印が乗っていない。乗っていないあいだ、誰も魔王とは呼ばない。呼ばない沈黙が、閉じた門の内側で薄く残る。残る沈黙の外で、甘い臭いが旧街道の切れ目から近づく。近づく臭いを、ミレイユが医の鼻で嫌った。


「幼体ではない。成体の甘さだ。甘さの中に、鉄の匂いが混ざっている。混ざった鉄は、外した金具の残りだ」


残り。外した鎖の匂いが、影と一緒に歩く。歩く影を、石垣の生徒たちが見始める。見始めた視線が、団長の旗と成体の頭を同じ列に置く。置いた列が、旗局の仕事を相手側で完成させる。完成を、リリアは斬る側の位置で受けた。受ける木剣は、今朝は本物の細身に持ち替えられている。持ち替えた柄が、朝練の Sweat をまだ残している。


門の外で、四樽は三になった。


三は、閉じた門の外の減少だ。減少を、帳面は追記できない。追記できない水が、客の喉と、残った交易の在庫になる。在庫を、外套の男が自分の側の慈悲として抱える。抱えた慈悲を、閉じた門は受け取らない。受け取らない朝が、緊急防衛の最初の勝ちだった。勝ちは、影を止めていない。止めていない勝ちを、石垣の上が視線で測り続ける。


リリアが影でトオルを止めた。止めた距離は、指定どおり剣の届く長さだ。金髪の Sweat が頰に張り、閉じる旗の熱になっている。


「六袋は、内側の予備だ。予備で影は斬れない。斬れない代わりに、視界のあいだを旗で持て。持ったあいだに、棚の紙を父上の空白の横へ置け。置いた紙が、本印のない緊急の根拠になる」


根拠。破片、見本、帳面、下書き、完成報告、水準器の写し、視界の報。七枚が、閉じた門の内側で同じ棚に固定されている。固定された紙を、誰もまだ魔王の名で綴らない。綴らない沈黙が、第二十一の夜明けの全文だった。


東が白い。白い切れ目に、頭の影がある。影が杭の最後の二本を嗅ぐ前に、門は閉じ、緊急は有効になり、本印は出なかった。出なかった空白の下で、旗は斬る側に戻っている。


――第二十一話 了――



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