閉ざされた退路
C.E.2063_05/20_13:25
あの日から、さらに一週間が経過した。
この間、ユエは医療チームによる手厚い治療を受けながらも、同時に雲林前線の悲惨な戦況を強制的に聞かされ続け、さらには今後の反撃作戦に対する意見や提案を執拗に求められていた。言うまでもなく、すべては天上の指示によるものだ。
当然、わたしはユエに一切の助言を与えないよう固く釘を刺したし、ユエ自身も完全に同じ意見だった。これ以上彼らに頼り切られては堪らない。介入すればするほど彼らの泥沼の戦いに嵌まり込み、ここから無傷で抜け出すことが困難になるのは目に見えているからだ。しかし、天上の執着心は相変わらず極まりなかった。
わたしのスタンスは、あの時から一歩も揺らいでいない。この地で行われている戦争なんて、わたしにとっては心底どうでもいい不毛な内紛だ。わたしたちの当面の最優先事項は、一刻も早く冰人と接触すること。正直、わたしから見ればただの共食いに過ぎない戦争に、貴重な時間とリソースを割く余裕なんて微塵もないのだ。
唯一、少し興味深かったのは、ユエの絶望的な重体を繋ぎ止めてくれたあの医師に関する噂話ね。
聞けば、御年八十を超える老紳士で、台湾全土でも片手の指で数えるほどしか存在しない希少な『透視』の超能力の持ち主らしい。惜しむらくは、ユエが治療を受けている間ずっと昏睡状態だったせいで、その医者に直接お目にかかることも、ましてやお礼を伝えることもできなかったことね。
噂によると、その『透視』能力は、人体内部のありとあらゆる構造──血管や微生物、果ては細胞レベルに至るまで、見たいと思ったものをすべてダイレクトに視認できるらしいわ。レントゲンなんてチャチな機械とは比較にならないほど強力で、それゆえに完璧な対症療法を施すことができ、医療効率も極めて高いのだとか。
……ただし、最大の問題はその診察料が目玉の飛び出るような大金だということ。結果として、ユエはまたしても莫大な借金を背負う羽目になった。もちろん、この費用は一時的にレイランが立て替えてくれたみたいだけれど、押し付けられた「人情の貸し」だけは、どうしても踏み倒すわけにはいかないのよね。
それから、キョウゴが以前口にしていた「E級」だの「D級」だのという格付けについてだけど、気になって尋ねてみたところ、この世界の超能力には本当に厳格なランク分けが存在することが判明した。
セントの話によれば、これらの格付けは「超能ギルド」によって定義されているらしい。ギルドに加入すると、能力の強弱や種類、あるいはその性質に応じて細かくカテゴリー分類され、業務の管理や適正なタスク割り当てを行うための指標にされる。現地ではこれを「ギルドランク」と呼んでいるそうよ。
このランク制度は、古い漫画やアニメにあるような「貢献度や実績に応じてランクが上がっていく」といったシステムとは根本的に異なる。ギルドには「貢献度による昇格」という概念自体が存在しない。報酬は純粋に依頼内容とクライアントが提示した報酬額によって一定の範囲内に決定され、ランク自体はよほどの事情がない限り、あげることも下げることもできない。
そして名声や社会的地位といった要素は、あくまで個人の「非物質的資産」として扱われる。ギルド側が定義することなどなく、すべては本人の実力と努力の結晶。
このような仕組みにしているのは、「ハヤブサ」が高額な報酬や権力者からの依頼ばかりを優遇し、一般庶民のささやかな案件を黙殺して、ただ自分のランク上げだけに没頭するのを防ぐためだとか。
結局のところ、口コミや世論というものは、広大な市井の民の間でこそ語り継がれるものよ。もしあるハヤブサの評判が悪ければ、ギルド側も自然とその者への仕事の斡旋を減らしていく。ギルドという組織自体が信頼と実績で成り立っている以上、一人の不届き者のせいで組織の名誉を泥塗れにさせるわけにはいかないからね。
なんだか、現代の選挙制度によく似ているわね。ハヤブサたちが立候補者で、ギルドが政党といったところかしら。この絶妙な構造によって、底辺の民の小さな願望も見落とされることなくハヤブサたちに重視され、弱者が見捨てられるリスクを回避している。つまりハヤブサにとって一番重要なのは、こういう「目に見えない人間性」というわけだ。ギルド側から定義されたランクは、ただの「能力ランク」であり、ハヤブサの真の価値を定義するものではない。
そして、先ほど触れたあの老医者だけど、ここの人間は誰もが彼のことを「神医」と崇めている。神の二つ名を冠されるくらいだし、その名声と口コミの高さは折り紙付きでしょうね。その「神医」もまた、ギルドランクにおいて最高峰とされるA級に位置する超能力者だそうよ。
──さて、話を現在に戻しましょう。
昼食を平らげた後、ユエはベッドの上に座り、セントが退屈しのぎにとわざわざ持ってきてくれた漫画をパラパラと捲って時間を潰していた。
……って、この「漫画を読む」という一見なんてことのない行為が、実はわたしを死ぬほど疲弊させているのよ!
どういうバグなのか知らないけれど、ユエは未知の言語を脳内で瞬時に解析して流暢に喋ることすらできるくせに、なぜか文字の判読だけが一切できない。
おかげでわたしが専属の翻訳機兼朗読係として、一文字一文字を彼女の脳内に読み聞かせる羽目になっているの。しかも難しい文字や単語の意味も英語で解釈しなければならない。前にキョウゴの資料を読み込んでいた時もそうだったけれど、このイヴ・システムの言語モジュールは一体どういう構造になっているのかしら。まったく、とんだ重労働だわ。
「ユエ様?」
「うわっ!?」
唐突に響いたその声に、漫画の世界にどっぷりと没頭していたユエは心底飛び上がるほど驚いていた。
というか今更だけど、この病室には何故か「ドア」がないのよね。ちなみにわたしたちはまだ布袋城の中にいて、ここは城内で唯一まともな規模を持つ病院の院内よ。
「もう何度も声をかけたのですがね。随分と熱心に読まれていたようですね」
苦笑しながらそう告げたのはセント。いまやユエの病床のすぐ脇に立っていた。
「お身体の具合はいかがですか?」
「あ、ええっと……うーん、まだ完全に治りきっていないみたい」
「……ユエ様、あなたが故意に病人の振りをしているのはお見通しですよ。私が以前言ったことをお忘れですか?私たち治療系の超能力者には、対象が本当に病気か否かを『おおよそ』見分ける能力があるのです」
「『おおよそ』でしょう?100%じゃないじゃない。とにかく、あたしはまだ身体が不調なのよ」
ユエの狙いは明白、露骨な時間稼ぎよ。実際のところ、彼女の肉体はとっくに全快していたわ。
認めざるを得ないけれど、専門の医療チームによる治療の効果は絶大ね。今回の負傷は澎湖の時より遥かに深刻だったというのに、わずか一週間足らずで完全に元通りになってしまったのだから。けれど残念ながら、セントの言う通り、この手の子供騙しな仮病が彼らに通用し続けるはずもなかった。
「ユエ様、あなたが戦争に加わりたくないお気持ちは痛いほど分かります。あなたのような若い少女を戦場へ駆り出すなど、私個人としても非常に心苦しい。ですが、天上様のお話では前線の戦況は極めて最悪とのこと。これ以上あなたに時間を引き延ばされては、嘉義全土が敵の手に落ちることになりかねません」
「セント、冷酷に聞こえるかもしれないけれど……嘉義が陥落したところで、あたしに何の関係があるっていうの?最悪、ゾゾとユユを連れて台南へ逃げるだけだわ。もし台南もダメなら、別の場所に逃げる。なんなら、いっそ逃げるのをやめて、大人しく彰化の統治を受け入れたって構わない。あたしにとってはどちらでも同じことよ。そもそも、あなたたちがあたしに何をしてくれた?飴と鞭で散々こき使って。それに、彰化に統治された方が、あなたたちの支配から解放されて、スムーズにギルドに加入できるんじゃないかしら?ギルドって中立の組織でしょう?ならここが彰化の領地になったって、ギルドには何の影響もないはずよ。あたしにとっては、むしろその方が好都合かもしれないわ」
ユエの奴、本気で頭に血が上っているらしく、言葉を選ばずに一気にぶちまけたわね。
まあ、言っていることはすべて紛れもない事実だし、わたしだって完全に同意見だけれど──今のわたしたちの脆い立場を考えれば、こんな挑発的なセリフを吐くなんて命知らずもいいところよ。相手が温厚なセントだったから良かったものの、もしあの天上がここにいたら、その場で一刀両断にされていてもおかしくなかったわ。
「……ユエ様。私はゾゾ様やユユ様から、あなた方が澎湖から逃れてきた大まかな経緯と理由を聞いています。そして、澎湖に突如として規格外に強力な超能力者が現れたという話も。その一件ですが、様々な情報網を繋ぎ合わせた結果、その一団は高確率で『彰化』から送り込まれた手勢──つまり、今現在雲林を蹂躙している連中と同一の組織である可能性が極めて高いのです」
「急に何の話よ、話題をそらそうとしてるの?」
「ユエ様、まずは最後まで聞いてください。その彰化の勢力について、あなたはどれほどの知識をお持ちですか?」
セントはそう言いながら、傍らから椅子を引き寄せて腰掛けた。
「何も知らないわよ。ただ上層部から『状況が良くない』と言われて、ここに逃げるよう手配されただけだもの」
「なるほど。道理で、先ほどのようなお言葉が出てくるわけですね」
「……どういう意味?」
「彼らは、『表』において超能ギルドと真っ向から敵対している組織だからですよ」
「何ですって!?」
ギルドと直接敵対!?わたしたちはまだギルドについて全容を把握しているわけではないけれど、彼らの話が本当なら、現在の台湾においてギルドを敵に回すなんて、それこそ自ら死に急ぐようなものでしょうに。
「お聞きの間違いではありません。確かに『水面下』でギルドを快く思わない勢力は点在していますが、それはあくまで裏での話。ギルドの有する影響力はあまりにも強大です。ギルドが設立されてからの約十年間、公式に反旗を翻す者など一人として存在しませんでした。──半年前、彼らが現れるまでは」
「あたしはてっきり、ただの野盗の集まりが各地で紛争を起こしているだけだと思っていたわ」
「彼らは野盗などという低俗な集団ではありません。明確な分業体制と規律を誇り、カリスマ的な指導者も存在する。彼らの設立目的は、現在のギルドの転覆。そして自分たちの真の目的を果たすこと──少なくとも、彼らの掲げる公式声明ではそう謳われています」
「目的って……一体何なの?」
「最終的な目的は不明ですが、彼らの第一標的は、現在のギルドが敷いている『民生を安定させ、人々に安住の地を与え、戦争から遠ざける』という和平的な方針を打破することにあります」
「うわぁ……それって、ただの悪党じゃない……あっ!」
そこでユエは突如として目を見開いたわ。何かに思い至ったようね。
「ユエ様、どうやらご理解いただけたようですね。あなたが先ほど口にされた『彰化に嘉義を占領させれば、安心してギルドに加入できる』という前提そのものが、最初から破綻しているということに」
「ということは……もしあいつらが攻め込んできたら、嘉義にあるギルドの支部を真っ先に壊滅させるってこと?」
「少なくとも彰化の支部は、半年前の彼らの蜂起によって完全に根絶されました。現在の彰化には、ギルドの息がかかった施設など一処も存在しません」
「ちょっと待って。ギルドの超能力って、みんな凄く強いんじゃなかったの?そんなにあっさりと潰されちゃうものなの?」
「あなたが仰る『強い能力者』──すなわちC級以上の能力者は、絶対数として決して多くはありません。その上、その中には戦闘能力を一切持たない非戦闘系の能力者も多数含まれているのですから」
その通り。ギルドのランク制度というものは、純粋な戦闘力の高低だけで評価されているわけではないのよ。割り振られるのは「実用性の総合評価」。これは、ここ数日の間にユエが興味津々で顔見知りの連中にそれぞれのランクを尋ね回ったことで発覚した事実よ。
例えば、あの天上はB級。キョウゴはギルドに未加入だから公式なランクこそないけれど、セントの推測によれば彼女が加入すれば間違いなく最高峰のA級に格付けされるだろうとのこと。
純粋な一対一の戦闘力だけで言えば、天上とキョウゴの実力はほぼ互角、なんなら天上が僅かに上回る可能性すらあるわ。けれど、天上にあるのは純粋な殺人・戦闘のスキルだけ。対するキョウゴのあのデタラメな「元素創造」は、インフラの生産や都市建設といった一般の民生用途に極めて広範囲に応用できる。だからこそ、ギルドの総合的な実用性評価においては、キョウゴの方が圧倒的に高く見積もられるというわけね。
「C級以上はただでさえ少ない。そこから実戦に使えない者を差し引き、戦える僅かな者の中からさらに参戰を拒む者を引けば、もうまともな人数は残りません」セントはさらに言葉を続けた。
「……それじゃあ、あなたの話通りなら、ギルドなんて実質ただの烏合の衆じゃない?」
「これこそが、彼らが現れるまでギルド自身すら気づいていなかった盲点なのです。ギルドは常に『自由平等』の旗印を掲げ、ハヤブサたちに自由な活動の権利を与えてきました。ですがその反面、いざ大問題に直面した時、ギルドにはハヤブサたちを縛る強制力など一切ない。たとえ彰化支部が潰されようと、ハヤブサたちはその土地を捨て、別の地域へ行って生計を立てればいいだけですから」
「そんなの変よ。ずっと暮らしてきた場所を追い出されるっていうのに、少しは抵抗しようと思わないの?」
「ユエ様、台湾がかつて『天火』の災厄に見舞われて以来、故郷を追われずに済んだ人間がどれほどいるとお思いですか?」
「あ……」
「それこそが真の問題なのです。いま多くの人々が身を置いている場所は、とうに本来の故郷ではありません。土地への愛着もそれほど深くはない。だから、また別の場所へ移り住むことになっても、大した抵抗感はないのです。特に、自活できるだけのスキルを持つギルドのメンバーなら、他の地域の支部に移動したところで、やるべき仕事の本質は基本的には同じですからね。現に嘉義も彰化から来たハヤブサは少しだけ存在する」
「待って。そう聞くと、その連中の『組織』は彰化とは無関係に見えるけれど?どうしてあなたたちは、ずっと『彰化』に侵略されているって言い方をするの?」
「その点については、私たちもずっと困惑しているのです。彼らが率いている部隊は、間違いなく彰化の正規軍です。雲林と彰化はもともと絶えず紛争を抱えており、互いの軍の特徴はある程度把握していますから。ですが、ちょうど半年前、彰化側の本来の指揮官たちが突如として総入れ替えされた。代わりに据えられたのが、例の規格外に強い連中だったのです。そこから戦力バランスは一気に崩した」
「まさか……彰化全体が、その組織に浸食されているってこと?」
「天上様も同じ疑いを抱いています。彰化にも本来はギルドが存在していましたし、彼らが実権を握ってからの暴挙は、以前の彰化の動向とは明らかに一線を画していますから。ですが確たる証拠はなく、彼らの内部で何が起きているのかは、私たちには知る由もありません」
ユエはその時、突如として俯き、開いていた漫画をパタンと閉じた。そして目を瞑った。
「ユエ様、どうされました?どこかお身体の調子でも悪いのですか?」
その様子を見たセントが、心配そうに尋ねる。
「……セント、この話、明日じゃダメかしら?」
ユエは目を閉じたまま、心なしか声を落として言った。
「ユエ様、私たちにはもう時間が……」
「明日よ。明日、あたしはここを発つわ。明日また、あたしを迎えに来て」
「――ということは、引き受けていただけるのですか?」
ユエは深く溜息を吐き、肯定の意を示すように小さく頷いた。
「それは良かった!」
「あ、そうだ。悪いけれど、この後ゾゾとユユを連れて、少しその辺をぶらぶらさせておいてくれない? 何か適当に用事でも作ってさ。あたし、少し一人になりたいの」
ゾゾとユユの二人といえば、今頃は隣の部屋で医療チームの連中とカードゲームに興じているはずだ。今日は何のゲームをしているのかしら。とにかくここ数日の二人は、暇さえあればトランプを引っ張り出すか、麻雀に付き合わされている。もともとそんな娯楽には一切触れたことのない純粋な子供たちだったのに、今や完全に中毒寸前、この砦の大人たちに毒されかけているわ。もちろん、ユエと一緒に漫画を読む時間も大切にしているけれどね。
「分かりました」
セントはそう答えると、すぐに立ち上がり、出口へと歩みを進めた。
「待って、セント。教えてくれないかしら、あいつら……なんて名前なの?」
「名前ですか?組織の名前は不明です、彼らは公式に名乗ったことはありませんから。ですが──奴らの構成員は皆、自らを『ナイトオウル』と呼称しています」
ナイトオウル──すなわち、夜行性のフクロウ。
なるほどね。ギルドと敵対する存在であるなら、そのコードネームは実に的を射ているわ。なぜならフクロウは、大空を往くハヤブサを夜陰に乗じて脅かすことのできる、数少ない天敵の猛禽類なのだから。
セントが病室を後にし、ついにユエは一人になった。ようやく、心置きなく彼女と会話ができるわ。
〈それじゃあ、そろそろ説明を訊かせてもらえるかしら?〉
「説明って、何をよ?」
〈どうして参戦要請を受け入れたのか、っていう話よ〉
ユエはその言葉を聞くと、読んでいた漫画をベッドサイドのチェストの上に置き、そのままゆっくりと横になって布団を頭まで被った。
「……イーちゃん、あたしたちには、最初から他に選択肢なんて残されていなかったのよ」
〈どうしてよ?〉
「さっきのセントの話、ちゃんと聞いていたでしょう?」
〈当然聞いていたわよ。でも、仮に彼らがギルドを完全に解体したとしても、わたしたちはまた別の場所へ逃げればいいだけじゃない。さっきあなた自身もそう啖呵を切っていたでしょう?〉
「イーちゃん、あたし時々あなたのことが本当に不思議に思えるわ。あたしを率いて戦う時はあんなに完璧で優秀なのに、どうしてこういう時はそんなにポンコツになっちゃうのかしら」
〈またわたしをバカって言ったわね!?〉
「考えてもみてよ。あたしたちが任務を果たすにしても、冰人を探しに行くにしても──どうしても『お金』が必要でしょう?」
〈そんなの当たり前じゃない、前にもわたしが口酸っぱく指摘したことよ〉
「じゃあ、あたしたちが前に出した結論も覚えているわよね?地道に日雇いのアルバイトなんかをしてお金を貯めるなんて、絶対に不可能だってこと」
〈覚えているわよ。そんな効率の悪いやり方じゃ、時間と労力の大半をただの生活費稼ぎに摩耗させるだけだもの。非現実的すぎるわ。だからこそ、あなたは手っ取り早くギルドへ加入しようとしたんでしょう?〉
「そうよ。ギルドに属するのが一番手っ取り早く大金を稼げる手段だから。でも、天上があたしたちの加入を阻んでいる。この状況じゃ、仮にあたしたちが地道にアルバイトを始めようとしたところで、あの男が大人しく見逃してくれるはずがないわ」
〈だったら……逃げるしかないわね……〉
「あなたが前に、あたしに何て言ったか覚えている?」
〈無一文の状態で逃げたところで、現在のこの荒廃した台湾の環境下では、ただの自殺と変わらない……〉
「その通りよ。だからあたし、本当は一切手を貸さずに、嘉義が陥落するのを高みの見物してやろうって本気で思っていたの。あたしたちには無関係なことだからって。でも、さっきセントの話を聞いて思い知らされたわ。あたしたちには最初から逃げ道なんてない。天上の言う通りにするしかないのよ」
〈そうね……陥落してしまえば、この地のギルドそのものが消滅してしまうものね〉
「実は、もう一つだけ道はあるのよ。天上にすべてを白狀しちゃうの。あたしたちの本来の任務も、あなたの存在も、全部ね」
〈はぁ!?なんでそんな……〉
「戦いたくもない、お金を稼じてここを離れることもできない。なら、唯一ここを抜け出して目的を果たす方法は、誰かに『パトロン』になってもらうしかないでしょう?でも、あたしたちが素性も目的も明かさないままで、天上や春姉、あるいは他の誰かが、理由もなく大金を恵んでくれると思う?それどころか、彼らの資金を使ってこの地を去ることを許してくれるはずがないわ」
〈それは……あんたの言う通りね。でも、まさか本当に天上に全てを打ち明けるつもりじゃないでしょうね?彼が資金を出してくれるかどうか以前に、そもそもそんな荒唐無稽な話を信用するかどうかも怪しいわよ〉
「天上なら信じると思うわ。あいつ、最初からあたしのことを外から紛れ込んできた人間だって疑って止まないもの」
〈冗談じゃないわ、前にも言ったはずよ。第三者にわたしたちの情報を握られるのはリスクが高すぎる。どう利用されるか分かったもんじゃないわ。その人物が絶対にわたしたちを裏切らないと確信できて、なおかつ明確な協力者になってくれる保証がない限りはね。あたしたちはまだ、天上という男の本性を何も知らないのよ?そもそも信頼に足る相手じゃないわ〉
「あなたがそう言うと思ったわ。だったら──こうなった以上、あたしたちがあの男の言葉に従って大人しく参戦する以外に、一体どんな選択肢が残されているっていうのよ?それに、こうして戦うことで、少なくとも天上や春姉を守ることには繋がるわ。理由はともかく、彼らは少なくとも、あたしに対して友好的だもの。彰化のあの連中が、あたしたちに対してどんな態度を取るかなんて分かったものじゃない、そこに賭けるのはリスクが高すぎる。」
〈それは……そうだけど……〉
「そもそもあたしたちは今まで生きていられるのは、天上と春姉のおかげだもの、死なされては困るわ。それに、うまくいけば、天上や春姉に恩を売ることもできて、あたしたちの将来の活動に好条件を敷くこともできる。同時に、ギルドの存在を守ることもできる。すべては、将来の可能性を少しでも多く残しておくための布石よ」
なんてこと。ユエのこの論理的な分析を聞かされれば、雲林と嘉義を護り抜き、彰化の軍勢を撃退することこそが、本当にわたしたちの残された「唯一の選択肢」だと思い知らされるわね。
はぁ……。決まってしまったものは仕方がないわ。こうなったら、わたしも持てるすべての演算能力を注ぎ込んで、ユエをこの戦争の勝利へと導くしかないじゃない。どうせわたしは、戦争の機能しか残されていない「ポンコツ」だもの。




